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第六話 この毒は薬だから毒じゃない。

スネアの牙──親友スネアが手配した砦がアルパインと王家の奴隷たちを迎えました。ドラゴニュートは人間程度と侮って機をうかがってブレスを溜めていてさえいたようですが……。

デブガリ戦記


第六話 この毒は薬だから毒じゃない。




 スネアの牙。


 そんな風に呼ばれるのは、スネア商会お抱えの探偵が建築業の達人集団で、一夜の為だけに砦を築き上げるからだ。なんでこんなものが必要なのかと言えば、商会同士のいざこざで町攻めをするときにほにゃほにゃ、とはスネア談。


「おやおやおや〜、無事にクロマキアのお姫さまがたを奴隷に仕入れることができたようではないですかぁ、我が友アルパイン!」


 外から見れば城のようなスネアの牙、その門からスネア本人が現れた。たぶん暇なのだろう。


 こっそり耳打ちで、


「……クロマキアの王族が隣国にいるというのは、ね?」


「不便をかけた」


「いえいえ、お互い『世界平和の同士』ではないですか」とスネアは細目にいつもの笑顔をさらに耳まで伸ばして笑顔だ。


 護衛が増えたので紹介した。


「クロマキアの第二王女、フェオドラ姫だ」


 エルフのガラ、それと帝国から逃避行中のドラゴニュートのフェオドラ姫が後ろに控えている。どちらも強い乙女だ。


 女の子は強い……やはり強過ぎる。


 フェオドラ姫はスネアの護衛であるトロルと視線を交わしては火花を散らしている。自分よりも背が高いのが許せないのか、ドラゴニュート化してトロルを見下すのだ。


 子供っぽい。微妙な身長差だ。


 トロルは大きい。ドラゴニュートのドラゴンはほんの少しだけ大きい。……背伸びすればだが。


 トロルは無機質な目で歴戦の護衛、不動である。


「さて、世界平和について話そうか」


 と僕が言えばガラが机と椅子、それと天幕をすでに用意しているので腰掛けた。


 スネアも優雅に座る。


「クロマキア王国が滅びました。国王とその兄弟らが公開処刑です。私もこの目で見てきました」とスネアが切り出した。


 亡国の王とは、親族まで処刑するのがならい。


 とはいえ少し気になることがあった。


「女たちはこちらにいるぞ。国を滅ぼす、そしてその国の女の血筋で新しい『正当な王』を産む計画もなく帝国は国王を処刑したのか?」


 帝国は何を焦っている。


 これではただ滅ぼし、反抗の芽だけを残している。弾圧で抑えるにも金貨が必要だろう。取りこぼした連中が扇動する争いは何年も続く。


「そうなんですよねぇ、不思議ですねぇ」とスネアがもったいぶった。


「帝国か。今は四頭政治だから、首都と皇帝も四……いや首都は五あるのか。クロマキアを滅ぼしたのは東方副帝の軍と……」


「おや、色々知っていますね、流石はアルパイン殿だ、お耳に入るのが早い早い」


「クロマキア復興において交渉相手を知らないなどと言っては間抜けであろう?」


「ふふふ、王女たちの具合がよろしかったのか、入れ込んでおられる」


「良い女だ。離したくはないな」


「クロマキア領が不安定だと航路も不安定。クロマキアの海軍が消えたことで海賊衆への対策も金貨がかかります。クロマキアでも帝国でも支配されてるほうがお安くあるのですがねぇ」


 スネアは愚痴をこぼした。


 クロマキアは半島であり有数の軍港を保有する大海軍国家──だったのだ。


 大ゴーレムが櫂を漕ぐガレーの衝角戦術は無敵の精強さを誇り、快速の海賊船さえ容易く追いつき沈め、最新の戦列艦でさえことごとく沈めてきたのだ。


 だが……クロマキア王国は半島国家であり海軍国家であり、陸軍国家と国境を接していた。


 クロマキアは最強の海軍を持って驕っていても、最強の海軍が陸軍と戦える機会はあまりにも少なかったのだろう。


 クロマキアは事実、滅びた。


「そうだ、山賊に手助けを受けてな。頼みを聞いている。話は?」


「アルパイン、調べたらそれ山賊ではなく都市同盟の自衛兵みたいですよ? 貴族のほうにお触れを出したので大丈夫でしょう。『ちょっとだけ釘を深く』しました」


「安心だな」


「えぇ、安心してください」


 山賊かと思った。


「スネア、お前には気苦労をかけるからな。何か『お願い』はあるか?」


 瞬間──。


 風の精が怯えた。


 星の精たちとの戦争でもあるまいに、精霊たちが怯えているのだ。ドラゴンが牙を向けているわけではない、星が感覚的に悪意を噴出したわけでもない。


 スネアだ。


 しかし彼は、『いつもとまったく変わらない笑顔』を貼りつけたままだ。胡散臭いいつものだが『何も変わらない』ように見えた。


「はぁ……アルパイン、私たちは親友ですよねぇ?」


「うむ、間違いなく、まったくその通りだぞスネア」


「同じ存在としてお互いがいるだけで上手く利用しているのですよ。貴方は私にお願いをして土壌を整える、私の整えた土壌で貴方が踊りならされる。それが理になりましょう」


 ところで、とスネアは空気を入れ替えた。


「美人のエルフさまは口説き落とせましたか?」


「まったく進展なしだ。ガラは強情でな。なかなか求婚まで持ち込めない」


「おやおや!」とスネアはおどけた。


 心底腹のたつ顔だ。


「では、クロマキア王国をもし復興した暁には『恋い焦がれる勇者さまと比較してもアルパインが優っている』と証明できるわけですか! これは私どもも是非に協力のしがいがありますねぇ」


 ぽんっ、スネアが笑顔で膝を叩いたが笑っているのはいつものことだ。だが、何だかんだで『親友』の手助けはありがたい。もし僕だけだったなら、奴隷商会なんてあっという間に吹き飛ばされていた。持つべきものは強い親友だ。


「クロマキア復興計画ですが、何か予定は……もちろんアルパインにはあるのでしょうが、少しお聞かせいただけませんかねぇ」


 今後の予定がありますので、とスネアは言う。


「大したことではない。小クロマキアとして再編する。貴族の土地競りに奴隷商会も参入して、統治者に彼女らだ」


「帝国ですよ、大丈夫なのですか?」


「上手くやるしかあるまいて」


 土地の競売だ。


 まさか帝国が旧クロマキアの全てを戦功の土地にするとは思えない。飛び地の整理にも競売に出品する土地は必ずある。それを奴隷商会で買い取って、ささやかな小クロマキアとして後援する……小さな国家運営も良いだろう。


(商会の会議に俎上する必要性はあるが……そこはなんとか口説く他ないだろう)


 怖がりな風の精が背中を押されて戻ってくるのを感じた。穏やかな大気だ。いつも、そよかぜのように穏やかであれば良いのにと思う。


 世界はとても荒々しい。


 いつだって僕の肌はぴりりとひりつく。


 土の中に染みた血の記憶はいつまでも呪詛を吐くし、雨と流すそれらには悲しみだけが循環する。深い無我のなかでは生きられない、自我のなかで生まれた意識が暴走するように満ちている。


 文明の罪だ。


 対帝国クロマキア戦線はともかく、


「ドラゴニュートは大丈夫か? スネアの配下でこっそり食べるものがいては困る。人間とか食べてるだろ」


「……アルパインがどう考えているかともかく、うちの人肉食いは人工肉ですからねぇ。ましてや人間か怪しいものしかいないならば食欲もわかないでしょう。かろうじて、ガラくらいならばとは思いますがねぇ」


「おいおい、ここに『美味い人肉が大量にとれるのがいる』のだぞ?」


 僕は自嘲気味にでっぷりした、たるんだ肉を揺すった。


「ご冗談を。もっとも食べ難いですよ」


「バレたか。実は以前、吸血鬼の令嬢に引っ掛かって牙を折ってしまったことがある」


「……アルパイン、貴方たしかアウラウネに吸精されたさい栄養過多で枯らしかけた話とかありませんでしたか?」


「…………そういうこともあったな」


 僕の体は呪われているのではなかろうか。


 園芸で育てている樹は祝福の塊と言っていたが、祝福された果てにドブガエルというのは一周して呪いだと思うのだ。


「クロマキアの土地を帝国から買うために動こう」


「港湾を押さえてくれると、海の利権が美味しいのですがねぇ。親友割引です」


「帝国が直轄領にするだろうな。精々辺境を広く開拓して殖民だ」


「ですねぇ……」とスネアは笑い、


「投資しますよ。安定して橋頭堡があれば大海も大地も安定する。帝国への道はクロマキアを通りますので。半分でも治安が良ければ手間暇が楽です」


「いやうちの奴隷商会だけで充分だ。あまり参入されては困るしな」


「明け透けな拒否、わかりやすいようで……ふふふ、悪い男ですよ」


 心外だ。


 スネアとの話し合いが終わって、彼はその足で帰ってしまった。暇ではなく忙しかったのかもしれない。


 時間を割かせてしまったか……。


 スネアの牙は、僕らが『目的』を達成するまで人員と一緒に貸し出しだ。それまで寝食を過ごせるよう手配が行き届いていた。ありがたい話である。


「ちょっとした宴だな」


「スネアさま、アルパインさまに絶対に失礼するな言った。だから一族連れてきた。今その意味わかった」


「何がわかったかはわからないが、トロルランドの賢い諸兄らには感謝だな」


「至極」


 何が、至極なのか抜けてるぞトロル殿。


 冷や汗を流している。


 どこかの奴隷商会ではもしかしたらトロルは、生きたまま食べられるような出荷なのかもだ。うちではそんな食用は扱っていない。だが、一族が纏まって食用に狩られる罠を疑っているのだろう。


 隣のトロルの冷や汗が浮かぶ。


「そう恐れてくれるな。うちの奴隷商会はこれでも綺麗にしてきている」


「……うちの部族でもっとも美しい乙女を献上する。少し背が高い人間と変わらないような、人間基準での美しさだ。これで引いてくれ、アルパイン殿」


「貰えるものは貰うが……贈り物の返事は?」


「絶対にいらん。いや、何もしないでくれ」


 山賊と同じようなことを言われてしまった。


 アルパインとトロルが話しているのをガラは酒を嗜みながら観察していた。どちらもモンスターでお似合いだと思った。ドブガエルとトロルだ。花嫁など迎えるらしいがさぞお似合いだろう、とガラは不機嫌に“さかずき”をあおる。


「ガラ殿」とフェオドラが話しかけた。


 フェオドラは自分が人間ではないとトロルに主張するように尻尾だけ竜化している。その尻尾は今、激しく左右に忙しなく暴れていた。尻尾で掃除をしているのだろう。


「なんだ、騎士フェオドラ」


「私をどうして騎士フェオドラと呼ぶのだ?」


「さぁね」とガラは適当に返してもう一杯あおった。本当は、アルパインに言われたからだ。フェオドラには騎士をつけてそのように扱えと。


 ガラは自分の思う騎士を考えると屑の集まりだったので、フェオドラから『聞いた絵本』を参考にしている。


(本当になんでだろ)


 奴隷商会の奴隷ではない。


 ガラはただ一人の、アルパインの奴隷だ。


 辱めを受けてきた。


 屈辱の地位だ。


 だが今は、『唯一の場所』ではなくなった。


 ドラゴニュートのフェオドラが並んでいる。それだけではなく恐らくは、ボゾン女王もだ。ドラゴニュートの二人が加わって、


(急に『その他大勢』になった気がする……!)


 ガラの内心は複雑だった。


 エルフはドラゴニュートに負けない!

ガラ、自称は性奴隷のエルフ……アルパインに数々の辱めを受けてきたがいざそれが揺らぐとそれはそれで不安を覚える複雑なエルフ心……“それ”の求められる生活が長過ぎたのです。一方でフェオドラ姫は奴隷よりも騎士であることが強いそうです。

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