第三〇話 アルラウネの揺り籠。
デブガリ戦記
第三〇話 アルラウネの揺り籠。
奇妙な感覚だ。
エレベーターの糸に張り付いて遥か地の底へと降下していく。だと言うのに焼き尽くす熱も、身を潰す圧も何もない。
ボゾン女王が言っていた。
夢が崩れているのだろうと。
法則が乱れているのかもだ。
「勇者エーデルワイスの部隊がいるはずだ」
あまりにも早い着地。
底までの距離さえも変わっている。
気持ちとしては冥界が浮上している感じだ。世界が滅ぶのだからそうなのだろうか、そうは変わらないだろう。
「青い燐光……」
「地底とはとても思えん。これも龍脈の活性化が原因なのだろうか?」
ランタンも必要がない、青か緑の燐光が岩肌から満ちていた。火の粉のように舞い、しかし熱も感触もないおかしな感じだ。
「戦いの跡です」とガラが言った。
広いとは言えない坑道だ。だが少なくとも象が何頭も横並びで肩を擦らなくとも通れる程度の空間を獣とそれ以外の残骸が折り重なるように埋め尽くしている。
「勇者エーデルワイスらの龍脈破壊チームだ」
人類最高戦力の慣れ果てだ。
大いなる自殺のために龍脈爆破を決行したものたちは獣と遭遇したらしい。あるいは彼らがいたから地上への噴出を防げたのか、彼らが来たから獣が発生したのかはわからない。
少なくとも僕がまだ生きているということは龍脈爆破に失敗したのだ。
壮絶な死闘だったのだ。
鼻を擦るような白兵戦で血道を開いたのだ。
僕とガラはいるはずのない生存者を探しながら龍脈の更に奥底へと下っていった……。
「ボゾン女王」
獣どもが最後の隔壁を突き破ろうと、そしてそれは今にも砕けそうに悲鳴をあげておる。
「ボゾン女王」
「寺院に繋がる全ての通路に障害物と『捨て駒』がいた。それらを突破してくることはわかっておったことであろう?」
「しかしこのような死が来るとは思わなかった」
「妾もじゃよ」
生きる形を知ればおのずと死に方も決まる。
これが妾だったのか?
答えは遠くない死を目前にしてなおわからぬ。
「まったく……マントルで食っちゃ寝しておいて決戦兵器の魔物にでもならぬか、アルラウネの女王よ」
枯れ死している小さなアルラウネは答えてはくれぬ。答えはすでに求めぬ。
ドラゴニュートのなかに娘らを感じる。独りという気はない。これは幸運なことなのだろう。
補修材が砕けかけた隔壁に溶接される。少しでも長く、そして遂には獣どもも諦めるのではないかという希望を繋いでいる。
妾も望んではいるが……。
「怖いよ」と誰かが言う。死にたくはないと。それもまた望むべくもなしな話であろう。下がるに下がれぬ場所まで下がった。
寺院のなかで、クロマキアの聖龍の彫像、巨大なそれが見下げてくる。クロマキアであり繁栄の龍脈をあらわしたもの。
この場所で、龍脈より出でた化け物どもに喰われるとは皮肉な話であろうか?
大統合を恐れた。
妾という存在がどこかに消えてしまうことを。
ドラゴニュート、大いなるドラゴンへと帰ることが義務付けられたドラゴンではない人間寄りのなにか。
妾とはなにか。
数々のドラゴニュートが書き連ねる。
龍へと帰るのではなく龍脈から洗浄されることでドラゴニュートの多様性を保つこと、それにより失われる自分という存在への恐怖、何人ものドラゴニュートの同じ存在……。
妾は、不思議だ。
もはや誰も残ってはおらぬ。
私たちは、妾でしかなかった。
満足と言わねばなるまい。
最後の壁が破壊された。
砕け散った破片とおぞましい獣が押し寄せてくる。ドラゴンの炎も、マスカットの斉射も、槍衾も払い肉へと食らいついてきた。