第三話 お姫さま一本釣り……いや多くない?
山賊は仲間ではないけど奴隷商人とは懇意です。
デブガリ戦記
第三話 お姫さま一本釣り……いや多くない?
「くっ……殺せぇ!」
「なにこれ?」
「アルパイン卿! これらを献上いたしますので何卒! 何卒!」
クロマキアの第二聖都に入る前に、山賊みたいな連中から女を貰った。旧クロマキア王国の女王にお姫さまら脱出組一行でまるっと。
山賊に狩られるとは不運な……。
ともあれ首実験だ。
「離せ下郎ぉー!」
「威勢が良いな。楽しみだ」
「体を穢されようとも誇り高きクロマキア近衛騎士団団長として、女としてお前に屈するとは思うな!」
物知りガラを呼び寄せた。
「貴様はガラか!?」と威勢が良い女が叫ぶ。
ガラは美人のエルフだからか顔が広いのだ。
以前、こんなことがあった。
ある村で奴隷を買ったとき、英雄を目指す男の幼馴染の女がいて、『英雄候補の勇者』と一悶着あったのだ。
ガラは村から凄まじい憎悪を受けていた。
エルフの英雄が、人間の勇者を滅ぼそうとしていると。
未熟な勇者未満を相手に僕のやる気がむくむくすると麗しいガラは「何卒、何卒……アルパインさまのお手は……」と懇願する戦闘狂だ。
僕も勇者になれる素体を叩き潰して感触を覚えたかったが、ガラも同じようなことをしてきたのだろう。
「……第二王女、フェオドラさまです。第一王女メリタさま、第三王女マルグリットさま。そして──」
王女三姉妹が揃っている。お得だな。
綺麗な黒髪に緑の瞳だ。奴隷として仕込めば観賞用として高級な奴隷に磨けるだろう。奴隷にしても売る為に旧クロマキアまで来たわけではないから売らないけど。
ガラは王女以外の女も知っていて名前をあげた。本当に物知りだ。こちらは割愛して……ガラが最後の『人物』に向き合う。
僕がもっとも『強さを感じる』女性に対してガラは、
「──ボンヌ女王です」
後手に縛られ、猿轡を嵌められ、眼帯で目を完全に奪われている、先程から獣のように唸っている女性が、ボンヌ女王らしい。
僕には人間のような形をした獣に見える。
というよりドラゴニュートに見える。
青い鱗の肌、長い顎と鼻、太い尻尾、鉤爪の鋭い手足……人間ではない。
竜人/ドラゴニュート。
人型をしたドラゴンだ。ブレスを吐くし空を飛ぶし、小さなドラゴンとしてドラゴンの普通種よりは身近だが獣人の枠組みにいるのでドラゴンかは論争が激しい。
僕は人間種だと思ってる。
だいたい言葉が通じれば人間種だ。
アラクネ、ラミア、ドライアド、そしてドラゴニュートなのだから違和感はまるでない。
亜人牧場で繁殖させてるし。
「姫さまがたはハーフドラゴニュートなのです」とガラは言った。
「クロマキアて進んでるな」と僕は思った。
ボゾンさまの拘束を外させた。せめて目と口からだけでもだ。
僕がデミヒューマン地位向上運動と親愛なる伴侶としての啓蒙活動したら稀代の変態奴隷商人とか言われ、ワイバーンや怪物たちの性奴隷に関しての問い合わせしかこなくなったことがある。
変態なのである、デミヒューマンと交わるのは。
「まあ……はい……」とガラは言葉を濁した。
僕はクロマキアの女王を初めて見た。
戦場からの便りではドラゴンのような女王が! そんな比喩が飛び交っていたがどうも『そのまま』らしい。
「式典ではベールで隠されていてよくわからなかったからな」
ボンヌ女王の名前くらいである、知っていたのは。
流れる黒髪、青い鱗、立派な鱗は美しかった。クロマキア王はドラゴンの血があるのだろう。彼女、ボンヌ女王は美竜だ。美しかった。歯を剥き出しに凄まじい威圧をしながらも静かだ。
「で?」
取り敢えずは貢物をくれた山賊と交渉だ。
「望みを申せ」
「太陽のように輝く、アルパイン卿には、ぜ、ぜひ我らの安寧の誓いをと……」
「金か?」
「いえ! いえ! ただ、そう、なにもしないと……」
「ふむ」
山賊が冷や汗を流しながらの交渉にしては、小さなお願いだ。悪党であれば皆殺しにして女だけ分捕るところだろうが……。
「具体的になにをやって欲しくない」
「それは……」と山賊は濁した。
「言え」
少し苛立ち魔力が漏れた。風が怖がって逃げたせいで交渉をしていた山賊の首が半ばまで切り裂かれてしまう。血が噴き出した。
「ずみばせん! ずみばせん!」
千切れかけた首を片腕で押さえて止血するが、山賊は酷く暴れる。
「ガラ、お喋りができなくなる前に呪具を出せ」
「略奪をやめるよう口利きしてください! 貴族連中がいつも国境越えで俺らの町を襲うんだ! 戦争も負けて前も後ろも敵だらけで自警団の重装歩兵だけじゃどうにもならねぇから!」と他の山賊が流れるように叫んだ。
「なんだそんなことか」
貴族の特権も良いが、略奪は敵国限定だ。
共食いみたいな真似をやらないよう、裏口で口利きは容易い。歯向かうようなら挿げ替えを喜ぶ輩もいるだろう。そうだ、スネアにも噛ませよう。詳しいからな。
「ガラ、伝承竜を出せ。スネアにだ」
僕はサラサラと紙に文字を書き込み。
「魔導鉛筆とは便利な世の中だ。気軽に何処へでも命令やお願いを送れる。旧クロマキアからスネアのいる宮殿まで……僕の手が届く」
ガラは沈黙を貫き、山賊は首の血を流しすぎたせいだろう。顔色があまりにも悪い。
一応、奴隷になるか意見を訊く。
「奴隷になるか、帝国の種を産むか選べ。自害でも良い」
「奴隷!?」と第一王女メリタ。
「ふざけるな!」と第二王女フェオドラ。
「……ゲスめ……」と第三王女マルグリッド。
女官やメイドや女騎士連中も例外ではない。
「しかし、『全員が奴隷になるか、全員が死ぬか、全員が帝国の手に落ちる』三択しかないぞ?」
歯軋りが聞こえてきた。
奴隷てそんなに屈辱なのかな? 僕、母が奴隷だし乳兄弟姉妹も奴隷なんだけど……。筆下ろしにと完全な好意で奴隷に襲われたし。いや、これは悪い点だな。
「選べる権利はもはや我らにはありません」と口を開いたのはボンヌ女王だ。
女王は先程までの威圧を消して、しょげている? 諦めた達観の眼差しで僕を見つめてきた。綺麗な瞳だ。
「奴隷に身をやつしましょう、『最悪の奴隷商人』と悪名高きアルパイン殿。しかしこの身、我が姉妹たちは必ずや我が夫であるクロマイン王とその一派が買い戻すこと忘れぬことです」
キッ、とボンヌの青と緑の竜の目が睨んできた。
「そう願いたいものですな。しかし希望というものは美しいですなぁ。絶望のなかでも輝ける、輝かせてしまう毒なのですから。えぇ、僕はその日をいつまでも待ちましょう。来るその日まで、ね」
希望て凄い。
「くっ……母上が言うのなら……」
三人の姫も奴隷に折れ、その他が意見を言えるわけもない。
クロマキアの王家、女たちを救出した。
僕は今、一国を救ったも同然の善行を積んだ。
これにはガラも惚れ直すだろう。
勇者や英雄と同じ偉業だ。
僕はガラに白い歯を見せ微笑んだ。
にちゃぁ……。
ボンヌは、人間ではない。
娘たちは……メリタ、フェオドラ、マルグリッドは人間だ。少なくともボンヌはそう考えているし、『単為生殖』とはいえ彼女が人間になれないのとは違い、娘たちは『人間化』で正体を偽ることができる。
滅びゆくドラゴン種の存続のため、ボンヌはその身の全てを捧げ続けなければならない。人間のなかに竜の継承を組み込むのがボンヌの使命だ。
娘たちは人間でなければならない。
王宮から共に逃げてきた『姉妹たち』もドラゴニュートだ。力があり、半端な騎士などブレスで焼き、そのプレートアーマーさえも容易く引き裂く……。
「奴隷……」
耳にした言葉に、ギシリと竜歯が軋む。
だが轡と眼帯を外されて見た、あのおぞましい醜いドブガエルの男の粘りつく笑みを見た。
ボゾンは確信した。
アルパインは、ドラゴニュートを竜のまま穢す外道の男だと。
(三人の娘を産んだ体でさえ震えた。生娘の娘らではさらに……)
ボゾンは、アルパインの毒牙を塞きとめる為に、鱗と爪をアルパインの為に捧げようと覚悟した。
竜の血筋の守護、その血の役目は移った。
ボゾンは虫らがそうするように、その肉体を持って娘らの糧となり、盾となり、滅びる覚悟ができていた。
──その夜。
ドラゴニュートの女が馬車の中へと忍びこむ。
ドラゴニュートでクロマキアの女王ボゾンの悲壮な覚悟は……きっと蹂躙されました。