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第二三話 地下より這い寄る獣どもよ。

デブガリ戦記


第二三話 地下より這い寄る獣どもよ。




 人殺しに才能があれば暗殺者になれたろう。


 いや、楽しみすぎるから駄目だ、そんなもの。


 ただ、不思議とフィルターされた都合の良い感情が脳を過ぎる。勝利、達成などの満足感と興奮がある一方で痛覚や過剰な恐怖と力みは上限や処理される。


 ガラガラガラガラッ!


 古式な馬車の足が石畳を回る音、獣の呻き、剣戟で飛ぶ衝撃……。


 カリダードの誘いに乗って馬車に乗れば、不幸が起きる。そういえば昔もそんなことがあった。森に誘われて僕を捨てたのだこの女は。


 それは遠い日だが、獣が馬車に取り付いたのは今日だ。


「カリダード!」


 傭兵が悲鳴をあげながら馬車の外へと軽々しく放り投げられた。鎧を着ていたまま石畳に叩きつけられたそれは兜ごと潰れて、立ち上がろうとした矢先に何匹もの獣に引き摺られるように解体されていくさまを背中で見てしまった。


 獲物にありつけなかった獣が来る。


 よだれを垂らしながら鋼の体毛を震わせて。


「おぉ!」


 僕は手綱から手を離し、キッチンで調達した肉切り包丁で獣を切る。


 人型獣は脳天から胸までが割れた。肉の収縮を強引に引き千切りながら抜く。後ろの同種に、肉切り包丁を投げれば胸を貫通し馬車を通り過ぎて、建物の壁に食い込む。


「うっわ、えぐ」


「お前が言うなカリダード!」と彼女はマスカットを棍棒のように振るい獣の首を砕いた。マスカットも砕けた。頭が揺さぶられ急激な圧力は熱となって獣の脳を包む液体に気泡を作ったのだろう。ふらふらと膝を屈した獣はカリダードの貫くような蹴りで馬車から落とされた。


 傭兵ギルドの長に呼ばれたからと向かえば、馬車を獣に襲撃されるとはついてない!


「ガラがいないから不安だと言っていたのが不安だったのだ。なにが話をしながら時間を潰そうなどと」


「御者が拐われてるんだ、しっかり守ってくれ」


「言ってくれる」


 馬車を半分になった馬で引いている。獣に襲われていなくなったのは今僕が座る場所にいた傭兵ギルドの御者も同様だ。


「本当はエーデルワイス殿からのお悩み相談だった。それを死ぬ前に告白しとく」とカリダードが言っている矢先に、真横に獣が粘つく唾液の顎門を開いていた。


 肉切り包丁はない。


 血にまみれたリボルバーを手に銃口を獣の口に捻じ込み頭を吹き飛ばす。獣の後頭部が弾けとんだ。


「あちっ!?」


 獣は落ちて馬車の車輪に潰されたが、獣の口に入れたリボルバーの銃口が溶けた。硫酸の体液なのか。


「おぉ? ここかな」


 カリダードが馬車の床を槍で突き刺せば獣の悲鳴、なにかが落ちてやはり車輪が轢き潰した。


「張り付いてた獣は全部殺したみたいだな。止めてくれ、アルパイン」


「傭兵ギルドの長と奴隷商会の頭がなんで並んで先頭で戦うんだ」


「うちのみんな死んじゃったんだから仕方がないんじゃないかな。町に散らばったよ。そこそこ残ってればいいけど」


 馬車を止めれば夜警隊が完全武装で駆けつけた。カリダードが仕留めた獣の死体に槍を刺して生死を確認している。


 獣──そう呼んでいる怪物が、モラスクの日向に日陰に跋扈しているのだ。貴族の作った玩具が逃げたとの市民の怒りもあるが、ことはもう少し複雑で『無尽蔵に増えている』ということだ。


「肉切り包丁が消えたぞ」


「どこぞの壁に刺さってるさ。探しに行くか?」


「今夜は疲れた。ガラと寝る」


「危ないから傭兵は詰めさせてもらおうかな。つまり私だ。最強だからな」


「獣ども、堂々と襲ってきたぞ。いつの時代の都だ。狼の時代でもあるまいに」


「今のモラスクは、昼と夜の境界がないんだよ」とシレッとカリダードは言った。


「怖すぎる」


「そう、だから傭兵も夜警も貴族の騎士も獣狩りをやっている。なのにどこからでもあらわれる。昼間でもみんな引きこもりだよ。生きて帰れるかわからないからね。曲がり角一本で瞬間、ハラワタぶちまけもあるのさ」


 暮らしたくないのだが。


 小クロマキアのほうが安全だぞ。


 クロマキアで連合してる小クロマキア以外と日々紛争だが……。


「うちの屋敷で休め。傭兵ギルドの要塞だ。早々に獣も入らない。迎えのガラを呼ぶまではお前を一人では返せないし、私のこの腕のザマだ。二本あれば喜んで送るがな」


 カリダードは半壊した義手を見せた。


「モラスクで何が起きているんだ? 以前、伯爵だかの家に行ったとき、改造されている人間にあった。関係があるのか? 貴族の間で頻発している。人間狩りだ」


「純血の人間じゃないんだよ。血の分離……話はもう少し傭兵ギルドに入ってる。錯乱する貴族が多い。貴族ても古くは勇者だ。龍脈酔いで発狂とも──」


「──龍脈酔い?」


「そうだアルパイン。勇者は龍脈から力を引き出せるから強大な力を発揮できる。同時に、知らないことを知る楽しみもある。過ぎれば悲惨な末路だ。記憶が押し潰されてしまう。だがより賢くと使いすぎる貴族は絶えない。傭兵ギルドはそういうのとも色々あるんだ」


「龍脈からの汚染ね。ゾンビと大差ない」


 傭兵ギルドは要塞だ。


 モラスクの一角で、コンクリートと土嚢で法爆に耐えられるし、傭兵とは名ばかりの連中と連発砲に葡萄弾の詰まった大砲が睨んでいる。外だけでもだ。


 カリダードに案内されたのは、そんな要塞でもさらに深淵だった。


 クロマキア産の赤ワインと葡萄ジュース、グラスが二つだ。


「不運だな。三人失った」


「謝らないぞ、カリダード」


「いらないさ。そういうこともある」


 カリダードは椅子にどっかと腰掛けた。


「暗殺未遂に獣の襲撃、君は何か呪われているのかな」


「呪われているであろうな」と僕は自分の顔をさすりながら赤ワインと葡萄ジュースを同時に飲んだ。


 カリダードは驚かなかった。


「クロマキアでなにかやったのか、アルパイン」


「……なにも」


 アルラウネが異常繁殖した。異常なのだ。たしかに強靭な植物だが、異常なのだ。だがたぶん何もなかった。


「アラーニェが騒いでいたね。アルパインさまに再び世界を変える種子をお贈りしたと」


 アラーニェのやつら本当になにをやってるんだ。


「彼女らは龍脈守だ。龍脈の地底世界をよく知っている。何か知ってアルパインに寄越していると考えている」


「結果、緑禍が発生した」


「あるいは起こさせたか、だ」


「……」


 ふふっ、とカリダードは笑う。


 僕と友好的な数少ない人間や近い存在は変なのしかいないものであるな。


「シルク織りの職人が抗議した力織り機の導入にアラーニェから参加したというのも面白いは話だ。パンチカードで複雑な紋を織る……面白い工場だった。子供をもう少し楽にしようとしたら工場と鉱山に行って、慌てて奴隷買い戻しで再教育……行き当たりばったりだが縁があったかな?」


「傭兵ギルドの世話になったのは“それ”だったか」


「アラーニェほど人間は聞き分けが良くない。お前を叩き殺そうと暴動だ。うちのお行儀の良い連中と、あぁ、スネアのところの探偵兵が参加したかな」


「市街戦になった。あれは……失敗だった」


「ヤクザものにカルテルが合わさった労働組合との戦争だ。長引いたな。労働者はクスリで働けていたから犯罪組織は客の安全を守りにでてくる。うちも予想外だ」


 酷い事件になった。


「重い世間話であるな」


「なら『抱きながら』聞くか?」


「ご冗談を」


「流すならお前をエーデルワイスに売る」


 嫌な名前を聞いて眉をしかめた。


 ガラの思い人だ。


「なぜあれが出てくる」


 アラーニェの話が気になるな。今度、話す機会を作ろう。しかし龍脈関連か……クロマキアの戦争では無駄に帝国が龍脈を爆破している。エネルギーが減るぶん損だろうに。それだけではない。龍脈は繋がっているのだ。国際批判も……。


 いや、聞いたことがない。


「真の勇者は龍脈から力を汲めるのだったな」


「伝説ではだがな。実際少しは今でもできる」


「クロマキアの龍脈爆破は帝国や勇者国にも波及するのに、国際批判したされたとは耳に入ってない」


「不思議だな」とカリダードには流された。


 もしかしたら、帝国のクロマキア王国攻撃は周辺各国に周知されていたのかもしれない。大きな陰謀を感じる。


 もしこの陰謀に勝利した日には、ガラも……。


 考えるのは疲れるものだ。


「なにも考えずに、戦いの奴隷になりたかった。考えるのは本当は嫌いなのだ」


「傭兵に向いてる。そして人間の本質だ。高度な思考を獲得しながらもそれを放棄したがる」


 考えるのは嫌いでも必要性があった。


「気晴らしに獣狩りでもやるか。奴らはいくらでもいる。戦争を起こしてもいい」とカリダードは嘯く。


「そうか。起こすときは頼むよ。例えばクロマキア海軍とか」


「素晴らしいな。王国の人形式櫂軍艦は秘密の基地に半数が消えたときくしな」


 カリダードは宙に指を回しながら、


「わくわくするだろう?」


 否定はできなかった。


 獣どもの咆哮を聞いた。


「少しドラゴニュートに似ている」


「クロマキアの一派か」


 彼女たちも龍脈の影響で危機だ。


 意識が減っていくと聞いた。


「カリダード、龍脈が精神への影響に──」


 いない。


「アルパインさまは、カリダードさまと……」


 帰ってきた、聞いた、私は奴隷商会にあるだけの刃物を剥ぎ取り、石畳のモラスクを走る。


 モラスクは危険だ。


 かつてない場所へ変貌した。


 不釣り合いな鉄格子のはまる家屋を過ぎる。


 勘だ。


 主人が狙われた。


 主人の場所はすぐにわかる。


 ずっと臭いで追跡してきた。


 嗅ぎ慣れた主人は簡単だ。


「心配させるものだよ」


 昔、ぼんやりと言われたことを覚えている。「……守ってくれるか?」と言われて答えなかった。しかしエルフは約束を守るのだ。


 扱われたなら、そのくらいは守りたい。


 まったく人気のない大通りを獣が二匹。


 鉄格子の窓の奥で人間が慌てて震えている。早く逃げろと声を出さずに身振りだ。


 獣がこちらに気がついた。


 四足で走ってくる。


 そして飛びかかってきた。


 私も走る。


 急速に距離が縮まり、獣は間合いの調整に足を緩めた。私は、踏み込んだ。走る勢いのまま足を開き体勢をより低くしながら獣の腹を槍で切り裂く。ぼたぼたとハラワタをこぼす獣は無視だ。もう一匹を抜いた短剣で両目を一閃で切り裂き首を足で蹴りつつ石畳で叩き割った。ハラワタをこぼしながら走る獣は追いつけない。


 どこですか?


 ドブガエルなど嫌いだ。


 だが失うわけには……。


 獣がさらに一匹曲がり角、人間を食べている。


 槍を投げればその獣の頭を貫通し縫い付けた。砕けた肉片が壁に染みする。もがく獣が槍を抜く前に斧で太い首を切り落とす。


 夜景の笛の音を聞いた。


 マスカットの斉射を聞いた。


 モラスクのどこかで交戦しているんだ。


 獣を切り刻み、数十と殺しに殺し臭いを追って傭兵ギルドの鉄扉を蹴り上げて会った主人は呑気に赤ワインと葡萄ジュースを飲むという昔と変わらない奇行をしていた。


 昔と違って笑わされているわけではないので槍を床に突き刺した。

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