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第二〇話 勇者国の奴隷商会は肩身狭い職です。

好きでもない場所に呼ばれても行く話です。

デブガリ戦記


第二〇話 勇者国の奴隷商会は肩身狭い職です。




 アルパイン卿──。


 宮廷のパーティに招待されている。


 勇者国で僕がパーティに誘われるということは大抵よろしくないことの前触れだ。奴隷としての契約が抑制するので、奴隷である人間ばかりの小クロマキアでは忘れがちだが……僕はドブガエル、醜悪さで人類の過半を敵にできる異能持ちなのだ。


 奴隷商会の人間でなければ、僕の目と脳と腹が受け入れる情報があまりにも無さすぎる。


 僕が世界を意味ある形で受け入れられるのが奴隷商会という地位だったのだ。


 ただそれは……勇者国では倫理的に反する。


 違法というわけではないが……。


「……絢爛きらびやかとはまことこのことか」


 勇者国の貴族が集まっている。ほとんどが知っている顔だ。向こう側もまた知っているだろう。ドブガエルであるしな。


 スネアを探したくなる。


 だが、今は隣のガラに集中しよう。


 ドレスで着飾った長身のガラは、胸を強調するよう勝負し、背中を大きく開いては後ろからの注目にも耐えられる魅力で彩っている。


 それが男を相手にする備えであり、それが『僕相手ではないことは明白』なのである。


 ガラは会場で、勇者を探していた。


 クロマキアを復興したが駄目か。


 ため息を心の中でだけ吹く。


 心の中くらいは自由なのだ。


 心の中で勇者エーデルワイスを刻んでいる。


 ドブガエルらしく肉でも食べるか。ガラに声はかけつらい。僕はあと、どれほどの言葉ならガラに投げられるのだろうか? クロマキアの件は自信に繋がる何かを得られると思ったが実際はそうではなかった。


「……」


 ガラは勇者を探している。


 勇者には、憧れるものなのだろう。


「ガラ、僕はいいから好きに行け。それと少ないが男の貴族がいる。気をつけろ。男の貴族というのは女に困らない。かなり明け透けに連れて行くぞ。わかっているとは思うがな」


「はい! それでは我が主人、また後で」


 僕は笑顔で手を振り送り出す。


 良い人間とは、都合の良い人間であるな。


 メイドと目があい、まるで怪物と会ったかのように怯えて逃げていった。嘲笑の姿ならばあるいはまだマシなのかもしれん。


「綺麗なメイドだな」


 可憐な女性だ。


 そう思えば、少し気が紛れた。


 今夜のパーティの主催は、勇者国では王よりも力を持っている勇者の一人エーデルワイスの催しだ。邪悪を打ち払い、何に正義を示すべきか確認するパーティであることが多い。


 つまりは、何を滅ぼすか明言する場所だ。


「……」


 僕は、はっきりとエーデルワイスが嫌いだ。


 だがエーデルワイスからはわからない。


 少なくともまだ、僕陣営に撃滅オーダーが出たことはなかった。他の勇者からは過去に一度、『発令されていた』らしいが……奴隷商会に勇者が乗り込んできて勇者国が内乱するようなことはなかった。


 噂では、エーデルワイスが『偽勇者』を討ったのと重なる──何を考えているのか、わからないのだ。


 ガラは駄目か。


 完全にエーデルワイスに熱だ。


 高熱で死ななければ良いのだが。


 スネアもこう言っている。


「わたくし、商品に恋愛するよりも自由恋愛派ですので」とかなんとかそのような感じの言葉である。


 僕が目をやれば、メイドも貴族も目を逸らした。まるで視界には何もいないようにだ。見えない檻のなかの怪物にでもなったような、惨めを感じるからパーティは嫌いなのである。


 帝国のオークションのときは、“ろくでなし”がいたから気にはならなかったが……勇者国には少なくとも表向き綺麗な貴族だけが残っているからな。奴隷商会を公言する人間が逆になぜまだ生きているのやら。


 違法奴隷を流している貴族もいるし……。


『特別な消耗』に対応した奴隷を流通させている商人がいる。裏は貴族だ。うちの奴隷商会を通っていない違法奴隷は特殊な用途向けで『人気がある』が……条件のある娼館などの性奴隷はともかく、それでさえ特殊な客層用の奴隷を納めたくはない僕には目障りだ。


 あるいは、僕が嫌うことが生み出したか?


「げっ」


 金髪のお嬢さまが手を振っている。僕も笑顔で応対した。美少女だ。慎ましい旨に赤いドレス、自信家の切れ長の目に長い睫毛……なによりも美し過ぎると思える翡翠色の瞳だ。


 傭兵ギルドの長である。


 その右腕は、かつて魔物との戦いで失って鋼の義手だ。重いが……彼女は軽々と扱って「殴り殺すのに具合が良い」そうだ。


 魔物が世界樹だったものなので頭があがらぬ。


 こっちに来るのか!


「おはようだな、アルパイン卿」


「うぬ。久方振りだろうか、カリダード」


 鉄腕で抱き締められた。


 僕は身長はともかく横幅は異様にある自覚がある。それが軽々と背中にへを回され完璧な抱擁になっていることに冷や汗だ。ついでに力が強過ぎて脂肪か皮が張ちきれそうであった。


 傭兵ギルドの長カリダード。


 慈愛のカリダード。


 優しいは優しいのだろう。彼女から優しさを抜けば、その怪力はたやすく人間を、人間でなくても破壊するのだ。ドラゴンを歯だけで喉を噛み千切る戦士なんてカリダード以外には神話の存在しかしらないほどだ。


「やはり頑丈だな」とカリダードはのんびりとした低い声で、僕の体をペタペタ触る。


 普通の人間なら死んでいたようなことは、まさかやってはいないだろうな?


「世界は君をドブガエルだの醜悪だの言うが、このカリダードは好きだぞ。明白な好意を向けよう。頑丈は素晴らしいな、アルパイン卿」


 鉄腕ではない側の腕で頰を張られる。


 バチン、巨大な音と衝撃波、弛んで波打つ頰の皮……それ普通の人間相手だと半分死ぬのだがと思ったが口には出さなかった。


 パーティにいる人間がギョッとしている。


 僕だって驚きだがカリダードなのだ。


 抱擁で背骨を鎧ごとへし折るし、握手で腕を引き抜くような、気さくなボディランゲージ大好き少女は油断すると死ぬ。


「そうだ! うちの傭兵ギルドは大きくなったんだ。まだこのカリダードを君ほど受け入れてくれる猛者はいないが、まあそのうち現れるだろうと確信しているのだよ」


「そうですか、よかったですね」


「なんだ寂しくはないのかアルパイン卿。クロマキアでは派手に暴れているそうではないか。傭兵ギルドにも金貨を落として貰いたいものだな。ゾンビはつまらないが、会戦となれば別の話だ。どうして花冠戦争に呼ばなかった?」


「次があれば依頼しますよ」


 依頼するならボゾンさまだろう。


 一応は、カリダードの名前を出している。


「カリダードさま」と彼女のお付きが耳打ち。


「ん。すまんな、ギルドの顔繋ぎに戻らねば。客人を待たせてる」


「えぇ、お気になさらず。会えて嬉しかったです。久し振りになのでね」


「こ、こちらもなのだよ」


 傭兵ギルドも忙しいようだ。戦争以外で傭兵を食べさせる『お行儀の良い傭兵』の維持など大変なのだろうことがうかがえる。


 カリダードの背中は首まで隠されていた。


「カリダードさま、機嫌がよろしいようで」


「うん。私はとても気分が良い。古い友人とまた会えた。生きていてあのだからね」


 ドブガエルと呼ばれている男がいた。


 奴隷商会の男だ。


 奴隷を仕入れて売る。


 人間を扱う卑しい職業だ。他人の生き血、魂や肉体さえも商品に変えた邪悪な人間らが奴隷商人である。


 ただ、カリダードはそう嫌悪感はない。


 あドブガエル、アルパイン卿の新式奴隷は気に入っているし評価もしているのだ。


 そういうことにしている。


 本当は、もっとシンプルな理由だ。


「我が国をもっとも最近で滅ぼしかけた男、ですか」


「世界樹が魔物化したからね」


「大丈夫なのですか?」


「彼はまだ生きてる。それが証拠だね」


「勇者エーデルワイスが擁護しているとは本当だったのですか。ただの噂だと」


「でなければクロマキアで国を興した段階で勇者が出陣しているさ」


 ドブガエルの話題が、すれ違いざまカリダードの耳に入る。


「なぜ、あれがこの場所にいる!」


「化け物の分際で人間気取りが……」


「やつは白亜と純潔の都を穢す存在だというのに何故、勇者さまがたはあんなものを生かす!」


「然りだな。存在が穢れている」


「今日、処分すべきではないか? ガラとかいうエルフの出来損ないもいない」


「逸れ同士の馴れ合いで『同族』を奴隷に国々を滅ぼす不義理で邪悪……よし、声をかけよう。あれは嫌われている。すぐに集まるぞ!」


「アルラウネの緑禍での補償のもつれでよいな。要求して、やつは拒否する、口論の末の略式決闘として今日、あれを国より浄化する」


 勝てると思っているのか?


 当世でもっとも愛された怪物だというのに。


「カリダードさま」


「何もしなくていい」


「……はい、母上」


 カリダードはにこやかに社交辞令に加わった。

勇者国の貴族とは、つまり勇者であるはずなのです。

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