第一七話 エルフとドラゴニュートと色々います。
エルフは妖精ですが人間としての概念が付与され人間寄りへと変質した存在です。年代をえるごとに妖精から人間系亜人としての色を強めています。
デブガリ戦記
第一七話 エルフとドラゴニュートと色々います。
ボゾン女王が働いている。
面紗からの目は妖艶なのだろうが、仕事が多いというよりもあちこちで被害……とは言えないがアルラウネの大繁殖に、あの! あのボゾン女王も気を揉んでいた。
…………ように見える。
老人とドラゴニュートとアルラウネ、それが今の小クロマキアなのだ。ドラゴニュートが頑張らなきゃ! とボゾンはおだてられている。
「死んでしまうのだわ」とボゾンが愚痴をこぼしたので、
「メリタさまは今日もアルラウネと交渉しています。フェオドラさまは他の領土のアルラウネ退治の元締めをやっています。マルグリッドさまは小クロマキアの団結を企画しています」
なにがあったのか。
メリタ姫はまるで自分を試そうと色々な場所で体当たり、不器用に試行錯誤している。
騎士フェオドラはトロルの肩に乗って各地の声にと見捨てられた開拓村の救援に忙しい。
マルグリッド姫は変わらずぽんやりとしているがボゾン女王のクロマキアのためにドラゴニュートなり色々忙しく走っている。
「わかっておるわ!」とボゾンはなぜか怒った。
「うぅ〜、所詮は妾なのに……妾だけが何をやっているのかわからない年増などと言われてたまるものか!」
私は、最近ではボゾン女王の側にいることが多い。
「ガラ!」
「なんでしょうか」
口利きのお願いだった。
書類やお願いを持ってあちこち回る。
主人は、クロマキアを亡国から復活させた。少なくとも小クロマキアという正当な後継として、女王とその娘三人を置いている。王家が処刑されたなかでは、確認されている唯一の正当な証だ。
クロマキア王国は蘇ったと言える。
実体は奴隷が植民している町程度でしかないが、幸か不幸か──存分に不幸な遭遇であるものの──アルラウネ種族を含めば人口のほぼ全てを占めるこの歩く緑の存在は、貧乏な小クロマキアに金貨をもたらしている。
小クロマキア以外では大いなる不幸だが……。
勇者エーデルワイスには仔細を報告した。もし勇者が出陣すればそれは大いに役立つだろう。
帝国はどうでもいい。滅びたクロマキア王国も同じだ──だが勇者国が滅ぼされるのは困る。
「アルラウネを止める手段を考えないと……」
「おや」と声を掛けてきたのは主人の友人であるスネアだ。来ていたのか。
「これは……スネアさま」
私は、あまりスネアが好きではない。ドブガエルも好きではないが、あれは特殊で、側にいないと私の存在が揺るがされる。
スネアは違う。
「聞きましたよ、戦争をしてたらしいではないですか。やれやれ、世界は平和が一番というのに」
くくっ、と平和だと言っていた口でスネアは笑っていた。まさか本気で平和など望んでいない。この男はたぶん、平和はたしかに好きなのだろうが、それは『平和を壊す瞬間が楽しくて仕方がない』からなのだと思う。
「ガラは今、ボゾン女王に付いているのでしたか? 不思議ですねぇ。わたくし、てっきりアルパインは貴女が大好きで一緒にいられるなら手放さないと思っていたのですがねぇ。くくっ」
嫌味な男だ。
「ついに、なびかない女を諦めて、新しい恋を始められたのでしょうかな。例えば、ドラゴニュートの第二王女、アルパインと『秘密を共有して』親睦を深められているようで。フェオドラと言いましたかな。彼女もまんざらではないようで。
アルパインはあの醜悪な見た目でしょう? 貴重な相思相愛にこそ、エネルギーを入れて均衡を保てるとは思うので応援いたしましょう」
スネアは足早、過ぎ去っていく背中で、
「奴隷に恋をするものではありませんしねぇ。わたくしは自由恋愛派ですので」
奴隷の身の私は頭を下げて見送った。
「……」
昔と──言ってることが違う。
「大丈夫、お前は僕の所有物になった。もう決してお前が一人になることはない。少なくとも一人はお前の手を握り続けるから……二人ぼっちだ」
エルフは妖精の血が入っている。
妖精は龍脈が意識を写しとって生まれる精霊と近縁だ。その心は誰かのもので、きっと空っぽであることが普通なのだ。
私の心に宿ったのは、まわりのエルフたちとは少し違った。それはどんどん空っぽを満たすほど大きくなって、私になったんだ。
だから、私は里を焼いた。
私の心がもう私だったから。
物見で詰めている幼馴染を、交代だと言って砦を登って後ろから首を斬った。その子は私が危険人物だと処分に真っ先に賛成していた。砦で寝ている人間を一人ずつ、口を押さえて殺し、最後は目覚めた子を上から押さえつけて、何度も顔を殴った。痙攣して……動かなくなった。
夜陰で一人ずつ、切り裂いた。
全員をだ。
皆が私の処分に賛成していた。
自警団のフェンサーが気がついて、鎧を着る時間もなかった彼女と斬り合って、斬り捨てた。昔からその貧相な乳房が嫌いだった。
みんな大嫌いだった。
死んじゃえと。
殺して、奪って、生きて……拾われて人間にされた。
そして勇者エーデルワイスの眩しさを知った。近づき過ぎれば焼かれるとわかってなお、眩しさの根源へと飛び込みたい衝動があった。美しく、強く、誰にも好かれる存在なのだ。
私もその一部になりたかった。
「……あっ」
そうか。
私から……。
手を見る。
ずっと差し伸ばされていた手を、私の手は握っていない。
「……」
身の程をわきまえていれば、あるいはもしかしたら、幸福を望めたのだろうか。高く望まなければあったのだろうか。
少なくとも取り返しはつかないだろう。
私は『正義の味方』でありたい。
主人は『悪とされた者の味方』を選んでいる。
合わないのだ。
だから、“そう思う”ようにした。
「おぉ、ガラの嬢ちゃんではないか」
傷だらけなだけでなく足もない老人が斧を引きずりながら挨拶をしてくる。
主人が連れてきた、なにに使えるのかわからない奴隷の老人たちの誰か。使い捨てかと思えば妙に居場所が用意されている。
私には、そんな場所があるのだろうか?
主人は最近、放置している。
今までは必要とされてきた。
今は必要とされずにボゾンに押し付けている。
私は主人の中ではもう捨てたものなのだろうか?
…………。
「嬢ちゃん?」
「いえ、少し考えていました」
「アルパインか?」
「……まあ、はい。最近は会っていないので」
「そうか。なんでもゾンビ狩りをしているとかで出張ってるとは、腕を切り飛ばされて出戻ってきたジジイに聞いたな」
「ゾンビ狩りですか?」
「あぁ。花冠戦争? とやらがあったろ。あれでまた、死者やらゴーレムが龍脈の攪拌してな。死者溜まりがあちこちにできたからと、マルグリッド姫が手を引いて連れ出したきりだ」
「マルグリッド姫が……」
前はフェオドラ、次はマルグリッド……。
老人は暇していたらしい。
暇でなくてもおしゃべりだ。
彼もまたそうだった。
「クロマキアなんて外国に骨を埋めるというのもなんだかなぁな話だが、老人ばかりで固めた死に穴に捨てられるよりはまあ多少くらいは良い死にかただろうな。
ガラの嬢にはまだまだ考えもつかないだろうが、俺は少なくとも、日に日に動かなくなる体を虐めて出来ることをやってる」
「……心配されるような迷いはありませんよ」
「そうか? アルパインの坊ちゃんはあれで男だな。女心がわかってない」
「と、言いますと?」
「自分のやってきたことを自分以上に見ていると考えてる。女は男のやってきたことよりも、その男と一緒にいたいのにな。うちの婆さんはさっさと出て稼いでこいとケツを蹴ってたが」
「……」
「迷うだけ損、派手に死んでこようってな」
がはは、と老人はまた斧を引きずっていく。
わからない、な……やっぱり私には。
疑心、それは決して抱くものではなく、それは資格さえない我儘なものだとエルフは気がついていません。