第一五話 木の葉と恋は似ているのです。
ドブガエルはなぜドブガエルと呼ばれるか、醜悪で嫌悪とはどういうことか。奴隷商人でさえそれを正面から向き合うことは難しい怪物です。
デブガリ戦記
第一五話 木の葉と恋は似ているのです。
はらはらと落ちる。
虫に食べられた葉っぱが風に流された。
空はどんよりといつものように曇っていて、僕は奴隷を引き連れる奴隷商人以外の何者でもないのだと自覚した。
正義が守る大切なものにいないなら、世間から消されるべき存在でしかないなら、きっとそれが悪党で、落ちた葉っぱと同じように朽ち果てることこそが望まれているのだろう。
クロマキアに緑を。
それが僕に答えを問い掛けてくれる。
「老人たちよ」
奴隷として追い出された、捨てられた老人、仕入れた奴隷どもを見下ろす。
誰もが僕の醜悪な見た目に眉を顰めていた。
「非生産的で社会から捨てられた老人よ」
捨てられるべき社会のお荷物、必要とされない排除される存在……人間の終わりは、人間に捨てられるとの証明が目の前にいた。
「いや──勇者国の美しい社会福祉から捨てられた奴隷ども!」
僕は、はっきりと言った。
「お前たちは捨てられた。売られたのだ。奴隷として我が商会に死に場所が決まった。ならば与えてやることを約束しよう。お前たちが死ぬその日、貴様らは我が商会の一部として死ね。老い先の短い奴隷ども、僕がお前たちに新しい居場所をくれてやる。
今日、貴様らは何を失ったかを嘆く日ではない。貴様らの貧弱な思考と肉体に残されたものなのだ。最後のその瞬間、安らぎを否定して死に場所を求めろ。そうすれば僕は、お前たちにくれてやろう。決して捨てられたのではない、お前たちを必要としている場所をだ」
老い先短いとはいえ老人も人間なのだから人間として死なせるべきだろうと、人間を剥奪しない死に場所ができたことで説いた。
クロマキアが人間力を飲み込む魔の領域になっておるいじょうは、用意できるあらゆる頭数が必要になってしまった。
「……アルパイン」と騎士フェオドラが言う。
言いたいことはわかっていた。
「外道か。老人をあの環境に送るというのは」
「……わからない。だが、モヤモヤする。騎士ならば任務のなかで死にたい。でも老人は仕方がないから選ばされたみたいな……そんな気がする」
「では同じことをガラに聞いてみろ」
「ガラ殿にですか?」
僕は頷いた。
「私見ですが──」とガラは前置きして、
「──拾われるだけ幸運だと思います」
言ったのはそれだけだった。
「メリタはどう思う? 老人を引きずり出して利用するというのは非人道的だろうか。あるいは良心に触れるべき行為であり、悪なのか」
ガラとフェオドラだけではない、ドラゴニュート三姉妹で第一王女のメリタも一緒だ。
「メリタ?」
メリタは別のものに集中をとられている。あるいはそれはメリタだけではなく、ガラとフェオドラもそうだろう。大なり小なりの問題だ。
「……」
「あまり見るな。敵意はそなたらではない。美人であるしな。集中するのはこの僕だ。奴隷商人が麗しい美女を汚い金で買っている! 可哀想だ! そんな風に、この都では誰もが思う。正しさは実行されるという考えがある」
「はい」とメリタは顔を隠すように石畳を見つめた。
メリタじゃ都行きということで面紗……ヴェールで顔を隠している。背中や前からでも、ボゾンのクローンなのだから姉妹同じの見た目なのに、『わかりやすい』ものである。
「面紗をすると妖艶だな、メリタ」
「好きではありません」とメリタは否定する。
口元を隠した目が、はっきりと背中を睨むのを感じる。小さな怒りが灯り、声に載せてぶつけてきた。
僕は小さく笑ってしまった。
「ボゾンの姉妹と変わらぬからか。しかしお前らは、少なくとも小クロマキアのドラゴニュートとはみな同じ姿であり区別など、見た目でどれほどつく」
「……」
「メリタは、今あるものにこだわりすぎだな」
「どういうことですか、アルパイン殿」
「あまり多くを語るものでもあるまい? ただ……誰もがもがきのなかで自分を作り出すのだろうな。元からあるものでもあるまい、自分という存在は」
僕自身も、もっと良い環境で育てば、もっと善良として受け入れられる存在となり得たのだろうか。ならば僕自身を生んだのはきっと、その他大勢の正義であり、正義が作るのはいつだって敵である悪なのだ。
初めからきっと、無理な話だったのだ。
「おっと」
僕に飛んできたのは上の階から狙撃してきた陶器の破片だ。掌の分厚い皮と肉も裂く敵意だ。
勇者国でも奴隷商人と奴隷と醜さは嫌われる。あるいは白亜の都に相応しい正義がそうさせるのだが、他の都とて違いはない。正しさから外れるとは悪なのだ。
「嫌われているからな。ガラ、騎士フェオドラとメリタ姫を連れて先に帰れ。奴隷も全員を一人も見捨てずにな。いつもやっているように」
「わかりました」とガラだ。ドラゴニュートの姉妹の手を引いて奴隷たちを連れて行く。正しい行動だから迷いがないのだと思いたい。
僕の言葉に迷わない彼女ではない。
「……」
鋭い敵意が肌を刺す。
敵意だけを浴びて生きてきた。
僕はどうしてこんなに醜くあるのだろうか。醜悪という大罪は、直視に耐えられるものではないではないか。
騎馬が駆け長い棍棒が──。
「ふぅ……」
全身が痛む。
強くなければ生き残れない。
あるいは生かして貰えぬものだろう。
醜悪なのだから捨て去りたいものだ。
「醜いな」と迎えのドラゴンに言われた。
いつぞやの、空戦を挑んできて鹵獲された老ドラゴンだ。
「悪いな。乗るのは僕だけだ」
「いつも切り刻まれ打ち据えられる。お前にある何がそう駆り立てるのやら」
「ほうっておけ。僕がドブガエルなのは産まれつきだ」
「ドブガエルとやらでエルフを口説くのだから、男とは悲しい生き物だろう」
「失礼だぞドラゴン」
ドラゴンが腹の櫓を石畳に着けてくれた。
「いつも悪いな」
「甘噛みで乗せてやることもできる」
「それはやめてくれ。ガラたちは先に飛んだのか?」
「小娘連中が乗せていった。私は昼寝をしていたので置いていかれた」
素直ではないドラゴンが鼻を鳴らした。
もっとも大きなドラゴンなのだから、寧ろ残っていては駄目だろとは言わなかった。心配されているからだ。
「唸るな」と僕は小さく言った。
マスカットを手にした『普通の』子供や大人、夫人がたが物陰からこちらをうかがっている。
ドラゴンには、手出しができないようだ。
自分らが一方的に叩けるならばともかく、ドラゴン相手には勝ちが重い。ドブガエルをぶっ殺す為の危険には高いものだ。
「行こう。帰れと願われている」
長い首がもう一度、櫓の中にいる僕を確認すると、老ドラゴンは巨大な翼を広げた。
足と翼の両方で地上から飛び立ち、羽ばたくたびに高度を増しながら風を捕まえた。
「あまり物事を言わないが──」
老ドラゴンは風のなかで、
「──求め過ぎる恋は破滅するものだ。お互いの熱に差があるほど中間を見つけられなくなる」
「恋のドラゴンか?」
「長年の忠告だ。無関心に片想い、これが実ったとしても燃えるべきものはあまりにも少なく、成した側にはあまりにも多過ぎる。
均衡だ、アルパイン。全てが万里、均衡にのっとってなされるほうが安定する」
「……言いたいことはわかるがな」
ガラは、僕には無関心なのである。
僕だけが熱くなっている。
無駄なことなのだろう。
「人間は無駄を楽しむものだ」
叶わないだろう。
薄々と感じていることだ。
知っていてなお……哀れに見えるだろうか?
だが全ての恋が実るわけではない。
失恋することもまた確かに恋なのである。
「望みを曲げられるのならば」
「今日は少し口数が多いぞドラゴン」
何もできなかった。
フェオドラは『騎士』という彼女だけの個性を許された。それを認められた。アルパインと騎士を共有した。
騎士でなければならないのだ。
でなければフェオドラというドラゴニュートは、ボゾンの娘のなかで区別のできない何かでしかなくなってしまうのだ。だからこそ、それを盗もうとするメリタと争っている最中なのだ。
騎士とは、盾を持ち、鎧を着ている。
それは臆病だからではなく、自分以外を守るべき他者の為なのだと、フェオドラの知る絵本の騎士だ。
「騎士フェオドラ」とガラが言った。
「主人は平気です。ドラゴンが残っていますし、何度も『任せてきた』ことですので」
フェオドラは耳を疑った。
「……ガラ殿、私は失望した。自分に、そしてガラ殿にもだ」
ガラは疑問を浮かべている。
「主人を見捨てることがあって良いとは思わない」
「なぜですか?」
「ッ──もういい!」
あまりにも、ガラは純粋に訊いてきた。フェオドラには衝撃的だった。ガラがまるでまったく理解できない生物だと判明してしまったようなものだ。
フェオドラは同じドラゴニュートであり姉のメリタには絶対に口をきかなかった。
アルパインの買った奴隷を見た。
老人である。
亜人である。
あるいは両方である。
健全な理想の文明社会では捨てられて然るべき非生産的な存在である。だがアルパインは奴隷商会として仕入れた。
本来は不要だ。
しかし拾いあげた。
居場所を作っている。
居場所を与えている。
救い守っているのだ。
そして自己犠牲にただ一人で踏みとどまることを躊躇わなかった。
(まるで……私が目を瞑った騎士だ)
フェオドラの目にはメリタは元より、戸惑いするガラも入ってはいなかった。
最初に答えを持った揺らぐドラゴニュート、迷いのなかで新しい道を考え初めたドラゴニュート、そして何もわからないエルフ……。




