第一二話 自分を知れというのは呪いです。
小クロマキア……旧クロマキアを解体されて生まれた領土。コーン帝国から購入したのは奴隷商会の男。怪しげな活動をしていると帝国密偵の報告がある。
デブガリ戦記
第一二話 自分を知れというのは呪いです。
競り落とした旧クロマキア領を統合して封建する手続きを終えて、晴れて『小クロマキア』という領土を手に入れたわけだが前途は色々あるので奴隷商会の支店を一つ移した。
重点開発区画に設定して僕が常駐。
奴隷商会の事業は試しで任せてる。
全てではないが最終判断の一部を僕以外にも委譲している。権利と責任をきっちり分割して僕がいなくても動けるのかというのは一度試してみたかった。
我が祖国は勇者国家なのだ。
奴隷は悪、くたばれ奴隷商人というのが現代の文明的な倫理なのである。時代は流れるものなのだ。
奴隷売買の利権を今日明日で捨てろとまではないが、手を伸ばして事業の柱は色々立てた。
クロマキアのマスカット生産工場などがそうだ。戦争で接収されていた機材などをゴタゴタに乗り込んで返して貰っている。
最後は暴力が勝つ。
住民が自分たちの資産だとか抜かしたなら、私兵が街を略奪するか鉛玉の嵐だ。銃口の交渉が必要なのはどこでもそう。
話し合いだけで解決はしない。
問題はそういうことができないときだ。
そう、全ては順調なのである。
何も問題はないと信じている。
信じるから結果に裏切られて失望はそうはないし、あれなのだ、修正は効くし最悪全てをボゾン女王に押し付けて約束は果たしたのだから小クロマキアから引き上げてしまうという選択肢も損切りとしてはありえるのだ。
ボゾン女王とクロマキアの問題はそれで良いのだ。あとドラゴニュートナイトの王女もクロマキア復興の足掛かりの約束も叶えている。
問題があるとすれば、クロマキアの土地とボゾン女王で実質クロマキア王国がささやかに復活したのに、まったく僕が勇者らしく評価されないことだ。
金と奴隷で解決したことは汚いということが薄々わかっていたので、まあそれもよかろう。
ガラもまったく評価してくれないどころか、
「ガラ」
「娼館で女を買えば良いではないですか」
「……いつまでそう機嫌を悪くしている」
「私が? まさか。自惚れでは?」
帝国に勝手に行ってクロマキアの土地を買って、クロマキアへ移住するという気がつけば三転していることを、ガラに何も伝えていなかったのが爆発している。
少なくとも僕は“そう”感じていた。
むしろ好感度が減ってさえいる。
「そうだ! クロマキアに木を植えよう。ガーデニングが好きだよな、ガラは」
荒地を緑化するのだ。
人類の偉業だ。
何事も持続可能なことは大切だ……
「決めつけないでください」とガラにピシャリ言われた。そうは言っても庭で世界樹の苗を一緒に鉢から植え替えたではないか、などと『反抗』は口が裂けるまでは言えないことだ。
言ったらたぶん最後だ。
「かつての街は帝国に手酷く略奪を受け毒が染みているからな。新しい町には木材も貴重だ。だが土壁に漆喰で白い町というのもそれはそれで良いものだな」
奴隷や工場を移植している最中だ。一応は小クロマキアの首都である。一応はであるが、王族がいるのだ。
「……」
ガラは兜で顔を隠して不動だ。
勇者ならば……こんなことにはならないのだろうな。エルフもまた息を吐くように望みに応えられるのだろう。
僕には、ガラの望みがわからない。
わからないのであれば、かける言葉もない。
必要性だけが言葉を口にさせる。少なくとも僕はそうだが……ガラはどこまで飾ることが許されるのかという恐る恐るだ。必要性、それが理由で話せるが、僕だってそれしか話さないわけではないのだ。
無駄な話、意味のない話、必要性を感じない話で交わり……無駄を楽しみたいがそれをやるのはやはり勇気と保証が欲しい。喋る男は嫌われる。僕ならばもっとだ。
「……ガラが必要だと言ったらどうする」
「奴隷に拒否権はありません」とガラは斬った。
「帝国からの帰り道、ドラゴンに襲われたのは知っているな」
「軍属のドラゴンで銃士がいたとは耳に」とガラは思い出すように言って少し空気が変わった。
騎士フェオドラとスパインに続いて、櫓を血の海にしたドラゴンと着陸してまさか知らないということがあるのかという疑問もあるが……。
「帝国がドラゴニュートを狩っている。それも積極的に滅ぼそうとしているとしたらどう思う?」
「私が考えるべきことではありません」
「ガラの肌感覚として意見を訊いた」
「……わかりません。ただ、帝国はクロマキア全域でドラゴンと手を組んでドラゴニュートを探しているという噂は聞きました」
「帝国がドラゴニュートを排除するためにクロマキア王国を滅ぼした説が強くなってくるな」
そういえば、
「東副帝都にダンピールがいたぞ」
「ヴァンパイアとの混血の、ですか?」
「間違いない。人間ではなかった。夜のものだ。半分はだが」
ガラは少し考えているような間を開けたが実際の顔は兜で見えない。
「人間の混血というものがあちこちで問題になっているようです。王家や貴族の血族を重視する青い血のなかでは純血主義と呼ばれる、人間の血と亜人との分離を目指す活動があるとか」
「今の人間なんてほとんどが混血だろう。分離するなんて……」
それこそ何世代も必要だ。混ざらないように亜人は滅んでくれていればなお良い。
しかし純血主義はクロマキアとは関係がないだろう。
クロマキアのドラゴニュートは、ボゾンさまのクローンなのだ。血が混ざることなど滅多にない。精々、クロマキア王家の血筋がボゾンさまに乗っ取られたくらいだ。
いや、危険性はあるのか。
重いな。軽くはない問題だ。
「皇帝がドラゴニュートを邪悪な血筋だとか宣言したのはギルドで聞いてる。邪悪が何を意味するのかを追えばまた何かわかるか」
というわけで、
「ドラゴニュートと邪悪な血筋とやらに何かわかったら教えろ」
あぁ、違う、そうではない。
「ガラ、僕は勇者よりも強いと証明しよう」
「はぁ……」とガラに鼻で笑われた気がした。
ガラは──どうやったら振り向いてくれるのだろうか。あるいはこの体では不可能なのだろうか。兜を透かす彼女の瞳の底にはいつも勇者がいることはわかっている。
僕の国は、勇者国だ。
美麗な勇者の国であり、正しさと清廉さを良しとする。つまりは僕の真逆だ。僕に無関心であるまでを全て敵に振り切らせる醜悪な見た目、奴隷商人という『悪の職業』と二重で国家が抹殺に乗り込んでくるレベルの討伐対象だ。
トライダクナ勇者国にいづらい理由だ。
「勇者とか皆殺しにできないものかな」
「ッ!」
ガラが表情を動かすのは、僕がどれほど大切に思っているか考えた言葉ではなく、他人である勇者への憎悪をこぼしたときくらいなのだな。
勇者……エーデルワイスとか言う、男か女だ。ひたすらに強く正義と光の暴力装置、教会の手先でもあるから水と油過ぎる。
ガラには悪いが、エーデルワイスに彼女が近づき過ぎれば焼かれるのはこのエルフだろう。だが……命を縮めてでも恋い焦がれているのならば、洗濯する道も考えておくか……真に不快ではあるが……。
「……」
なぜなのだろうな。
「まあいい。当面は小クロマキアの環境作り。つまりは土と水と風を整える。戦禍があちこちで『溜まり』を作ってる。これの解決もだな。……小クロマキアの再興は秩序側の業績、ガラにも仕事を任せる」
「木でも植えますか?」
なんだ乗る気ではないか!
俄然やる気が湧いてきた。
素直ではないことには目を瞑ろう。ほら見ろなんて言わない。共同作業ができることが嬉しい。それがガラのやりたいことであるならば尚更だ。
木を植えよう。
たしかに、小クロマキアは禿山だ。
栄養も不足しているから、強い木を選定する必要性があるがなに問題はない。荒地も数百年放置すれば森にできるだけの植え方を知っている人間もいるのだ。
伝手を当たろう。
奴隷商会の繋がりだ。
「で、取り敢えずということで、手始めにうちの庭から世界樹を持ってきた」
まだ鉢替えしていない世界樹の鉢を机の上に出した。世界樹の苗木ちゃんである。
ガラが二歩は逃げた。
「危険物ですよ! スネアと植林活動とか言って国がいくつ滅びたことか!」
「あれは事故だ。それと世界樹がどうしても欲しいと言うから植林活動のついでに世界樹を植えただけだ。枯れた土地でもよく育つ。育ち過ぎるから周辺の土地がよろしくないとあらゆる生物の地獄になるが……クロマキアなんて焦土だ」
「化け物ですよ」
可愛い子なんだけどね。
「冗談だ。これはドライアド……いや、エント……アルラウネ? の筈だ」
「凄く不安なのですが」
「……一応、僕が植えよう。わからなくなってきた。アラーニェからの貢物なんだ。絹の服を織ってる人たちだ。蚕を摘み食いするがよく働いてくれてる」
ちゃんと褒めておかないとだ。
アラーニェの奴隷もいる。
蜘蛛の老婆が甘やかすのだ。
基本的に亜人の奴隷は安いのだ。
あと老人も安いから新しい人生に奴隷キャンペーンをしてる。老人と亜人が組み合わさると大量かつ安価でやってくる商品だ。
「……反省の印だけど」
蚕を摘み食いして大変なことになって、副業の火薬を使ったアラーニェ同士の銃撃戦とかあったが些細な問題だ。
「私は──」
「──ガラは僕の護衛でいつもどおり。少し秘書もあるがこっちは表向きの名前で中身はないと思え」
植木はともかくとしてだ。
買ったとはいえ『帝国の土地』なので帝国に税金が発生するのだ。書類上では徴税権まで込みだが『帝国の領土としてクロマキアの徴税代行』として土地を買っている貴族もいる。
税金を徴収できない時はどうなるか? 略奪するのである。逆にこちらから略奪部隊を送るなんてこともあるのだろうが、旧クロマキアには遠征してきた帝国軍がまだ逗留している。最前線から急造した砦の補給処まで張り付いたままだ。
目に余ることをし続ければ捻り潰される。
クロマキアの回復活動と人類生存圏の拡大のハズレクジのやりようをいろいろ考えている。
ただ、
「……どこも呪われているな」
クロマキアは怨嗟が土深くまで浸っている。
洗浄された魂の流れ、龍脈さえもだ。
龍脈と、意識を投影され擬似人格をもつ精霊も影響を受けているのか攻撃的な傾向を感じる。舌に触れる刺すような空気……。
『何が』渦巻いている?
不穏すぎて、クロマキアの突き出した半島が『ドラゴンの頭』に見えてきたのはドラゴニュートやドラゴンとよく会うからであろう。
もしドラゴンの頭に例えるなら、僕の買ったボゾン女王の小クロマキアは『ドラゴンの右目』か。
「まるでヨルムンガンツの伝説だな。神の時代に神との戦争で敗れこの星へと倒れたとかいう」
窓を見れば汚染された大地が吹き飛んだ。
雨が降っていた。
毒を含んだ雨が鱗を濡らしている。
二人のドラゴニュートがシンの姿を晒して激しく衝突していた──クロマキア第一王女メリタと第二王女フェオドラだ。
お互いの鱗を破壊するほど牙と爪が突き立つ。
「メリタが裏切るとは思わなかった」
ドラゴニュートがもう一人の腹に体当たりした。衝撃の圧力が伝播して雨さえも一瞬押し退けた。首に牙がたち、噛み付いた側は首を爪で貪られる。ドラゴニュートなのだ。見た目ほどの傷は無い、何重かある表の鱗が壊れたくらいだ。
雨が……ドラゴニュートの晒された頰から、顎先から、指先から、牙から流れていた。
「なぜ『奪う』ような真似をした!」
ドラゴニュートが咆哮する。
怒りに満ちて震えていた。
「奪う以外に何ができるの!!」
ドラゴニュートの尾が、押さえつけていたドラゴニュートの頭を横から殴りつける。特に頑丈に発達した尻尾の先端はしなり音速を超えて頭蓋骨に圧力し、力は気泡を発生させ脳が揺れた。
呻き声……。
鉤爪の足がドラゴニュートを蹴りあげる。
姉妹喧嘩が続いていた。
騎士はナメられたならぶっ殺す、という信条らしい。ただ……もう一人もわからないからこそ確かめたい、引けない。例え物真似でも同じなら成り変われ偽物でもそこにいたい……衝突した。
木がないから木を植えよう、その程度の考えで荒地を森にする計画を口にして成長が早くて栄養がなくても自力で考えて場所を選べる走る森を仕入れる男がいたようです。




