イケメンに朝まで離してもらえません(1)
セックスレスの定義は、健康なカップルが一ヶ月以上セックスをしないこと、らしい。
であれば、私と夫は間違いなくセックスレス夫婦だろう。何しろ二年もセックスがない。夫に拒否されている。
結婚して二年半、子供はいない。
セックスしていないのだからできるはずもない。
夫は仕事で疲れていると言っていたので、仕方ないと諦めていた。
だけど。
今日発覚した事実。
夫は二年前から職場の部下の女性と不倫していたのだ。
もちろん肉体関係あり。
全てが馬鹿馬鹿しくなった私は家から飛び出して。
ちょうど曲がってきた車のヘッドライトで目がくらんで。
そこから先の記憶はない。
「玉蘭様、玉蘭様」
誰かが耳元で呼びかけている。
切羽詰まったような声だ。だけど低くてよく響いて甘やかで、とても耳に心地良い。
「玉蘭様」
横たわったまま重いまぶたを開くと、垂れ下がったきれいな布や飾りが見えた。
お姫様のような天蓋付きの寝台。
ここはどこだっけと顔を横に向けると、目の前に俳優みたいなイケメンがいた。
「えっ、顔近っ」
私がつぶやくと、イケメンは慌てて体を引いた。
「申し訳ございません。つい身を乗り出してしまいました」
そう言って謝るイケメンの顔の造形の良さに、私は目が釘付けになった。
形の良い目元、すっと高い鼻筋、口角の上がった口元、すっきりとした眉毛、完璧なラインを描く輪郭。
さらさらの黒髪もとてもきれいだ。
テレビで見るトップレベルの俳優と比べても彼の方がイケメンに思えてしまうほどの造形美。
「あー、なるほど、こりゃ夢だな。いい夢だからよく覚えておこっと」
私はイケメンの顔をもっとよく見ようと、寝台に肘をついて体を起こした。
「起きあがっても大丈夫なのですか?」
イケメンが心配そうに眉を寄せて私の顔をのぞきこんだ。
心配そうな顔も美しい。
私がじっと彼の顔を観察していると、イケメンは少し安心したように微笑んで、そして私にキスをした。
温かく柔らかい彼の唇が私の唇に触れる。
彼の舌は私の唇を割り、私の口内に侵入した。
ディープキスなんて、セックスレスになってから夫ともしていなかったので久々だ。
しかもイケメンはキスも上手で、彼に舌を絡められて、私は頭がふわふわとしてきた。
夢ってすごい。
こんな気持ちいい夢なら毎日見たい。
「申し訳ありません。お体に障ってしまいますね。この続きはまた」
イケメンは微笑んで唇を離した。
いやいや、続きはまたとか言われても、こんないい夢もう見られないかもしれないし。
このまま続きもしてもらってかまわないんですが。
私は焦って彼の腕をつかもうとして、そしてバランスを崩して寝台から転げ落ちた。
「うっ」
床に腰と膝を打ちつけてしまいめちゃくちゃ痛い。
「玉蘭様っ」
イケメンが慌てて私を抱き上げてくれる。
「お怪我はございませんか」
「ん、大丈夫」
返事をしてから、私はやっと違和感に気づいた。
あまりにもリアルすぎる。
キスも痛みも、彼の腕の感触も体温も、何もかもがあまりにもリアルだ。
「あれ?もしかしてこれって夢じゃない?いやでも、こんなイケメンが現実にいるわけないし、夢だよね?」
そう言ってイケメンの頬に手を伸ばす。
すべすべした肌と、ほんの少しひげの剃り残した感触。
「んー、しかしリアルだわ」
私がイケメンのほっぺたを撫でまわしていると、イケメンが怪訝な顔で言った。
「玉蘭様、あの、三日もお眠りのままでしたのでまさかとは思いますが、私の名前は……もちろんお分かりでらっしゃいますよね?」
「え?知らないよ?初めて見たから。すごく顔きれいだね。誰なのかな?全然記憶にないけど、テレビか雑誌で見た俳優さんの顔が潜在意識に刷り込まれていて夢に出てきたとかなのかなあ」
私が言うと、イケメンは目に見えて青ざめた。
そして、背後に控えていたらしい女官達に言った。
「御医を呼べ!玉蘭様が、陛下がお目覚めになられたがご様子がおかしい!」
「陛下?って誰?」
私が言うと、イケメンはショックを受けた顔をして私をじっと見た。
美形な人にそんな顔をされるとこちらが悪いことをしているような気持ちになる。
イケメンは私を抱きかかえたまま、私をぎゅっと抱きしめた。
そして私の耳元でささやいた。
「玉蘭様はこの国にただ一人の尊いお方、皇帝陛下であらせられます」