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6.(5)

「あいつ、面白いな」


 クックッと笑って瑠衣が言う。そんな彼女を横目で見ながら音羽は「年上をからかうのはよくないよ」とため息を吐いた。


「いやだってさ、あいつ必死なんだもん。もしかして音羽のこと好きなんじゃないの?」

「まさか」


 音羽は苦笑する。そして視線を自分の腕に向けた。彼女に掴まれたその場所は、もうすっかり痛みも消えている。しかし彼女の手の温もりだけは残っているような気がする。


「――優しい人なんだよ、下村さんは」

「ふうん? ただのお節介じゃないの?」

「そういうところもあるかもね」


 音羽は笑った。しかし、それだけでないことはわかっている。だって、彼女はずっと音羽のことを心配してくれていたのだから。

 理亜がいなくなって音羽が学校で1人浮いていたときも、彼女だけは話しかけてくれていた。あの頃のことはよく覚えていないが、彼女の心配そうな顔だけは覚えている。

 そういえば一度、差し入れも持ってきてくれていたような気がする。この前のように、温かなスープを。

 あのとき自分はちゃんと礼を言ったのだろうか。

 少し考えてみたが記憶にはない。だが、おそらくは礼どころか食べてもいなかっただろう。それほどまでにあの頃の音羽は他人を拒絶していたから。

 それでも彼女は今日までずっと音羽を気に掛けてくれている。音羽の記憶にあるのと同じ、あの心配そうな顔で。そして最近は悲しそうな顔も見るようになった。


「……わたしが、良くないんだ」


 自分の腕を握りながら音羽は口の中で呟く。彼女が傷つくのは、きっと音羽に関わるからだ。そして音羽が中途半端に彼女の優しさに甘えてしまうから。


「ん、何か言った?」


 聞こえなかったのだろう。瑠衣が首を傾げる。音羽は首を横に振って「それより、どうだった?」と瑠衣へ視線を向けた。


「おばさんに聞いた? 警察にどう話したのか」

「あー、まあ、うん」


 煮えきらない返事をしながら瑠衣はベッドに背をつけてため息を吐く。


「なんて言ってた?」

「――言い出せなかったって」


 ぼんやりと宙を見つめながら瑠衣は答えた。


「そう……」

「何か、怖がってる感じだったんだ。違法なことはしてないって言ってたけど、本当かな」

「さあ。わたしたちにはわからないよ」

「だよな」


 瑠衣は呟くと、ベッドに寄りかかりながら天井を仰いで目を閉じた。疲れている様子だ。音羽も彼女と同じようにベッドに寄りかかって天井を見つめ「――さっきね」と口を開いた。


「うん」

「理亜から電話があった」

「え!」


 瑠衣は身体を起こすと音羽を覗き込む。


「なんて?」

「……もう、何もしなくていいって」

「は?」


 眉を寄せて瑠衣は首を傾げる。音羽は天井を見つめたまま、理亜から告げられた言葉をそのまま瑠衣に伝えた。それを聞いた瑠衣はしばらくぼんやりと口を開けていたが、やがて「なんだよ、それ」と低く声を漏らした。


「なんだよ……。なんなんだよ、いまさら! ふざけんなよ! だって俺たち決めたじゃん。理亜を助けるって。それを理亜も望んでるって。だから俺は……」


 俺は、と瑠衣は繰り返しながらガックリと項垂れた。音羽はゆっくり身体を起こすと、そっと彼女の身体を抱きしめる。


「――また、ダメだった?」


 腕の中で瑠衣が呟く。


「また俺、力になれなかった?」


 消え入りそうな声だった。音羽は彼女の背中をポンポンと叩いてやる。右肩が冷たい。そこは、瑠衣の顔が押し当てられているところだった。

 静かな部屋にすすり泣く声が響く。

 抱きしめた細い身体は微かに震えていた。

 音羽はポンポンと背中を叩いてやる。できるだけ優しく。何度も、何度も。彼女の心が少しでも落ち着くように。

 ふいに廊下が騒がしくなってきた。どうやら生徒たちが戻って来たようだ。

 ドアの向こうを通り過ぎていく楽しそうな笑い声が、瑠衣のすすり泣く声を掻き消していった。

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