3.(2)
駅に着いた音羽は、改札の前に立って発車標を見上げていた。ちょうど電車は行ったばかりのようで、次発は二十分後となっている。
このままホームでぼんやり待とうかとも思ったが、どうにも落ち着かない。どうしようかと周囲を見渡すと、駅と直結している商業施設のシャッターが開き始めたところだった。
そういえば、ここへ来るのもずいぶん久しぶりな気がする。もしかすると新しい店が出来ているかもしれない。
思いながら音羽は吸い込まれるように商業施設の中へと入った。
まだ開店したばかりの施設内には客の姿は少ない。音羽は適当に歩きながら冬物が並んだ店先を眺めた。しかし心惹かれるものは見当たらない。
最近は雑誌やテレビも見ていないから、流行がよくわからないのだ。ぼんやりと視線を巡らせていると、ふと小さな雑貨店があることに気づいた。
「こんな店あったっけ」
記憶にはない。店内は狭く、棚が迷路のように並べられている。そこには指輪やイヤリング、ピアスなどアクセサリーが綺麗に飾られていた。
音羽は自然と店内へ足を踏み入れ、そして一つのペンダントに視線を止める。それはシルバーのプレートに小さな赤い石がはめ込まれたものだった。その隣にはお揃いで青い石バージョンもある。
「へえ、かわいい」
――赤い石は理亜に似合いそう。
思いながら手作りのPOPに目を向けると『限定品』の文字。値段は音羽には少し高い。けれど、買えないほどの金額でもなかった。
お揃いで買ったら理亜はつけてくれるだろうか。
じっとペンダントを見つめて考える。そしてスマホに視線を向けた。電車が来るまで、あと十分。
音羽は二つのペンダントを手にして、レジへと向かった。
理亜から指定されたカフェは駅の改札近くにある、広い店舗だった。待ち合わせによく使われる場所なのだろう。音羽は店内のテーブル席を一つ確保し、珈琲を飲みながら店の前を通り過ぎる人々を眺めていた。
まだ待ち合わせの時間には一時間ほどある。理亜は少し時間にルーズなところがあるので時間通りには来ないだろう。
彼女が来たときはどんな顔で迎えようか。どんな話をしよう。
そして、どんな話をしてくれるのだろう。
音羽はマグカップに両手を添えながら小さく息を吐く。
彼女の話を聞いて、自分には一体何ができるのだろう。
助ける。その想いは変わらない。
しかし、人を殺してしまったという彼女のために無力な自分ができることは何だ。
マグカップの中の黒い液体を見つめながら考える。考えれば考えるほど自分には何ができるのかわからなくなってくる。
――やめよう。
音羽は添えられていたミルクをマグカップに大量に流し込み、マドラーで混ぜる。
――まだ何も聞いてないんだから、考えても仕方ない。
グルグルと回る珈琲を見つめながら思う。
今はただ、自分は彼女を助けることだけを思っていればいいのだ。
そのとき、ガタンと机が揺れてトレイが置かれた。驚いて顔を上げると、黒いキャップを目深に被った少女がドカッと向かいの椅子に腰を下ろした。音羽は目を丸くして彼女を見る。そして微笑んだ。
「その恰好、なに? 理亜」
「なんだ、驚かそうとしたのに」
「驚いたよ。でも、さすがにすぐわかるって。理亜だもん」
音羽が言うと、彼女はキャップのツバを少し上げて「そっか」と笑みを浮かべた。そしてトレイに乗せられたサンドイッチを音羽に差し出す。
「これ、音羽のね。まだ食べてないでしょ? お昼」
「いいの?」
「うん。わたしのは今あっためてもらってるから。ホットサンド。あ、もしかしてそっちのが良かった?」
音羽はサンドイッチを手前に引き寄せながら「ううん。こっちがいい」と答える。理亜は「だよね」と、まるでわかっていたかのように笑って頷いた。
「それにしても、理亜が時間よりも早く来るなんて珍しいね」
「わたしも成長したんだよ」
店員が運んできたホットサンドを熱そうに手に持ちながら理亜は言う。
「ふうん。そうなの?」
音羽が笑うと、彼女は「んー、ていうか」と照れたような笑みを浮かべた。
「音羽はきっと時間よりも早く来てると思ったんだよね、だから待ち合わせの時間より早く来たら、その分音羽とも早く会えるよなぁって。そんなこと考えてたら早く着いてた」
「……そっか」
なんとなく恥ずかしくなってしまう。音羽は俯き、サンドイッチを頬張った。モグモグと食べながら理亜を見る。
彼女はホットサンドにかぶりつきながら店の外を睨むようにして見つめていた。さっきまでと違う、険しい表情。
「理亜……?」
思わず名を呼ぶと彼女はハッとしたように音羽に視線を戻して「なに?」と微笑んだ。しかし、その笑顔はどこかぎこちない。
音羽はそんな彼女を見つめながら「……今って、この街に住んでるの?」と聞く。理亜は頷く。
「でもどうやって……?」
生活費はどうしているのだろう。いや、それよりも住む場所だ。
年齢的に働けないことはないかもしれない。しかし誰にも知られず一人で生活していくことなど不可能に近い。
理亜を見つめながら答えを待っていると、彼女は「コレ食べたら移動するから」と笑った。
「……どこへ?」
「今、わたしが住んでるところ。そこで全部話すからさ」
彼女は静かな口調で言った。その顔に浮かぶ微笑みに、もうぎこちなさはない。音羽は「わかった」と頷いてサンドイッチをもう一口食べる。
それから食事が終わるまで理亜は一言も喋ることなく、ただ険しい表情で店の外を見つめていた。