8-あ、イヤコレハソノ……
――再び 学校の裏山
「睦!」
「お……おう!」
思わず跳ね起きる。
目の前には彰人。
どうやら俺より先に目覚めたか。頭とか打ってなかった様だな。
「ン? ああ、スマンな」
「おう、大丈夫だったか? にしても……なんで俺たちこんな場所で倒れてたんだ? 学校の裏山だろ? ここ……」
「……ン?」
いきなり妙なことを言い出した。
……記憶喪失? やっぱり打ちどころが悪かったか?
「いや、その……」
何と説明していいのやら。
「朝、ジョギングに出たところまでは覚えてるんだが……なぜこんな場所に睦と居るのかが分からん。しかも、二人してぶっ倒れてるとか」
「うん?」
もしかして、ダルマ関連の記憶がすっぽり抜け落ちてる?
「……それ以外のことは? 例えば昨夜とか?」
「昨夜? ふむ、朝まで普通に寝てただけだが。……いや、途中で何か騒がしくて目が覚めた様な、覚めてない様な……?」
「む? そうか……」
昨晩助けてくれたことも覚えてないのか。きっとあの神主が気を利かせてくれたんだな、多分。なら、とりあえず整合性取っておくか。
「あー、それな。俺も今日、ちょっとばかし朝練するつもりで家を出たんだ」
「へぇ……珍しいな」
「聞いとけ。で、裏山の入り口あたりでお前に会ってな。一緒に走るかってことになったんだ。で、多少負荷がかかった方がいいとか言ってこっちの道を走ることにしたんだろ?」
「……そうだっけか?」
「おう。そうだったんだぜ」
自信満々に言い切ってやる。ペテンにかけてるよーだがしかたあるまい。
「で、この辺りまで来たときに何かに蹴つまずいた記憶があるんだ。……あれかな?」
正直ここはかなり苦しいがな。
だが出来る限り平然とした顔で、チラとすぐそばにある窪みに目をやる。これは、彰人が化物の足を踏み砕いた時のものだろう。
「お……おう。そうか。じゃあ、俺は?」
「いやー、ワカラン。もしかしたら俺がコケたのに気ィ取られて木にでもぶつかったんじゃねーの?」
「そんな、バカな。しかし……」
何やら考え込んでいる。
アイツが木に叩きつけられたのは事実だしな。それに、目覚めた場所も木のすぐそばだろう。
「う……む。そう考えるしか、ないか」
納得してはいないが、何とか自分の中で結論づけた様だ。
かなり不自然だが、『化物と戦った』とかいうのよりよっぽど信じられるだろう。……多分。
「にしても、もうこんな時間か」
彰人の言。
気がつけば、ずいぶん日が高い。
スマホで時間を確認し……って、8時過ぎてやがる! 一時間近く寝てたか!
……そういや昨晩はあんまり寝れんかったからか?
水希のヤツ、心配してるだろうな。早く帰ってやらんと。
おっと、そういえば……今日は部活は無理だな。伝えておかないと。
とりあえずメッセンジャーで、今日の練習は休むと野嶋に連絡した。
これでよし。
木刀を拾うと、ポケットの中のお守りとお札を確認。
……全部あるな。よしよし。
おっと、そういえば。あのぼろ布と骨片は……ないな。
どこにいったのかとかは、正直考えたくない。
「じゃあ、帰るか」
「おう」
そして俺たちは歩き始めた。
――寮
やれやれ。たった二時間そこらの外出だったが、丸一日家を開けてた様な気すらするな。
……疲れた。水希を元に戻したら一眠りしようか。
いや、ダルマを戻すのが先か。
……ともかく、早く部屋に戻らねばな。
俺たちはエレベーターを使って四階まで上がる。
そこに俺たちそれぞれの部屋があるのだ。
エレベーターを降り、しばし歩くと自室の前だ。
「じゃあな」
「ああ」
彰人は自分の部屋に入っていく。
俺も部屋に帰るか。
ポケットから鍵を取り出し……
おっと、お札も一緒に出てきちまった。
とりあえず、これで目的を果たせたか。
思わずお札を眺め、感慨にふける。
コレがあれば、きっと水希も元の姿に……
と、その時。
「おおっ⁉︎」
お札が淡い光と化した。そしてそれは、ドアの中へと吸い込まれていく。
「えっ、何だ⁉︎」
何が起きてるんだ⁉︎
いや……まさか、これは!
俺は慌てて鍵を回した。
ええい、じれったい! ……開いた。
ドアを開けて玄関に……
と、俺目掛けて飛び込んでくる“何か”。
「マコちゃん!」
「ぐおっ⁉︎」
不意打ちの胴タックルを喰らい、一瞬息が止まる。
い、一体何が⁉︎
「マコちゃん! 私……私……!」
俺の胸で泣きじゃくる、小柄な少女。
水希、か。
言いたいことは色々あるが、とりあえず今は頭を撫でてやる。
「へへっ……何とか戻れた様だな」
「マコちゃん……ありがとう。それにゴメンね」
「いや、気にするな。それに……ってオイ」
一糸まとわぬ姿の彼女。
あー、そりゃそうだよな。服残ってたモンなー。それに、元の姿に戻ったのはたった今だろうし。
「え? 何? どしたの? まさか、まだダルマっぽいとか?」
「いやダルマぽいって何だよ。つかはよ……」
と、そこまで言ったところで背後に気配を感じた。
「お〜ま〜え〜ら……」
「お、おう……」
「……え?」
彰人だ。こめかみがヒクついてやがる。
「あ、イヤコレハソノ……」
「そういうコトは、部屋の中でやれ!」
「うぐはっ⁉︎」
「きゃあっ⁉︎」
アイツめ、俺たちを蹴り飛ばしよった。
そして荒々しく閉まるドア。
な、何しやがる……。
「ねえ、何があったの〜。今、はd」
「気のせいだよ」
「え? でもあのおねe……」
「本当だって。俺にはそんなの見えなかったし」
「そう……かな? ……そうかも」
「そうだよ。いい子だから、部屋に戻ってね」
「はーい」
おっと、外で声がするな。子供の声だ。ちょっとばかし見られてたっぽいが、彰人がごまかしてくれたか。
あっ、危ねぇ……。下手すりゃ寮追い出される羽目になったかもしれんか。
「痛った〜。何なのよもう〜〜」
俺の頭上で呻く声。
いかん、のしかかったままだ。
慌てて身を起こし……
「おっと、大丈夫か? 水希……」
「うん。ちょっと腰を打ったけd……ってあたし⁉︎」
「あ……」
そして、水希のアレやらコレやらとご対面、である。
「〜〜!」
「ふげっ⁉︎」
硬直した俺の顎先に、水希の蹴りがきれいに入った。
暗転。
ドウシテコウナル……。
――正午やや前
俺は水希とともに、ダルマを持って裏山へ向かった。
ダルマを祠に戻さなければならないしね。
まー、こんな時間になっちまったのは、水希の一撃で俺が昏倒しちまったってのがあるが。
本日二度目である。
俺たちは他の生徒に見つからないように、裏山へと向かった。
朝方通った道は時々運動部が走ってたりする。なのでほとんど使われていない、獣道のような小径を歩く。
サボりだから、部の連中に見つかるのは避けねばならんしな。
足場が悪くて歩くのが大変だ。古い街道らしいが、昔の人はよくこんな場所歩いたな。
おっと、遠くで声が聞こえるな。
目をこらすと、木々の間からかすかに白いユニフォーム姿の一団が見えた。アレは野球部か?
俺たちは大木の陰に身を隠した。
そしてしばらく待つと、彼らの姿は遠くへと消えた。
「行ったか。よし、急ごう」
彼らが行ったのを確認すると、俺と水希は足を速めた。
そして数分後、俺は祠にたどり着いた。
何とはなしに周囲を窺う。
……が、もはやあの骨の怪物の気配すらない。というか、まるであれが夢か何かだったかの様だ。
しかし、地面に残された足跡や何やらは、俺と彰人があの怪物と戦った痕跡だ。
……まぁ、いいさ。この一件はこれで終わりだ。
水希に頼んで扉を開けてもらい、俺は祠に入った。
そして台座の上にダルマを据える。
と、ダルマの顔が、わずかに笑みを浮かべた様にも見えた。
「……よし」
そしてダルマに一礼して祠を出、扉を閉める。
「これで一件落着だね。あ、そうだ。どっかでご飯食べようよ。あたしが奢るからさ」
「おう。でも、その前に、だ」
俺は祠に向き直ると、手を合わせる。
水希も慌てて俺に従う。
そして顔を上げると、二人で連れ立って裏山を降り始めた。