5-じょ、冗談じゃねぇよ!
――しばしのち
『マコちゃん……もう大丈夫だから』
水希の声。
「……そうか」
俺はダルマを離し座布団の上に置いてやる。
『ありがとう。少し落ち着いた。でも……さっき撫でてたの、お尻だよ』
「げっ……スマン。そこまで気が回らんかった」
『いいよ。マコちゃんなら。そ、その……』
「……え?」
『な、何でもない! 何でもないから! 忘れて!』
「ん〜〜、そう言われると余計に気になるな〜」
とりあえず軽くからかってやる。
たまにはこういうのも良いな。
……とかやってたらだんだん声が小さくなり、ついには黙ってしまった。
止め時だな。また泣かれても困る。調査を続けよう。
――夜
とりあえず12時を回ったので、一旦調査は終わりだ。
一応の目処はたったしな。そして、あの事件のあらましも……
水希の取材メモがあったのも大きい。
地元の怪談と、それにまつわる背景なんかもまとめられていた。
その中に、ダルマの件がある。
これは他の件に比べてかなり詳細に書いてあった。
聞いてみたところ、彼女の家の物置に、この事件に関する新聞や雑誌の切り抜きなどが残っていたらしい。彼女はそれを見つけて興味を持ち、今回の犯k……もとい取材を行ったそうだ。
その結果がこのザマである。もうちょい慎重にやれよ……。
つか、このメモも早く出してくれたらここまで苦労して調べることは無かったんだがな。
まー、明らかに他人に見せられん内容も幾つかあったからだろうが。
……あとでその辺の事について問い詰めねばならん。
それはともかくとして、だ。
オカルト絡みの話は除いて、ほぼあのサイトと同じ様な事件が起きていた様だ。
しかし、ただ一つ、あのサイトに載ってた話と大きな相違点があった。
実は、ただ一人逃げ延びていたヤツがいたらしい。
だが、その男は……
……。
あとは、明日。現地調査だ。
とりあえず、部活は休みだな。朝、連絡入れておこう。
「俺はそろそろ寝る。水希はどうする?」
振り返って声をかける。
『え? ね、寝るって……』
「いや、もう日付が変わる頃だしさ。あとは明日だ」
『そ……そっか』
少々当惑した様な声。
ああ、そうか。
「ところでその身体、眠気とか感じるのか?」
『え? 今は感じないけど……』
う……む。そういった欲求は存在しないのか。とはいえコイツをこのまま放置して、俺だけ寝ちまうわけにもいかんよな。
「一応は横になっておいた方がいいだろ? とりあえず、何か……」
替えの布団でも出すか?
……にしても、布団で寝るダルマとかシュールすぎる。
『あ……あの』
水希はおずおずとした声を上げる。
『マコちゃんが良ければ、だけどさ』
「ん?」
『い、一緒に寝てくれないかな〜って』
「え? オイ」
いきなりナニを言い出すか。
……でも、ダルマか。なら、問題ない? いやいや……。
『だ、だってさ……もし戻れなかったりとか、このまま意識が消えちゃったりとか、その……一人になっちゃうと……』
「分かったよ」
余程不安なんだろう。とてもあの水希とは思えん声だ。
まぁ、今はコイツを大事にしてやろう。からかってやるのは無事元に戻ってからで良い。
そう。
正直俺も、コイツがこんなんじゃ調子狂っちまうしね。
俺はそっとダルマを抱え上げた。
そして電灯を消し、ベッドに入る。
「じゃあ、おやすみ」
『おやみ、マコちゃん』
そして気がつけば、俺は深い眠りに落ちていた。
――どことも知れぬ場所
ここは一体?
夜の闇の中、熱と光が舞い狂う。
燃えている、のか?
しかし、一体ここはどこなんだ?
周囲を見回す。
燃えてるのは木造の建物だ。
その造りからして……神社⁉︎
神社……え〜っと、何か重要なコトがあった様な……
ダメだ。思い出せん。
とりあえず、どこかに避難せねば。
踵を返そうとし……
「?」
何かの“声”が聞こえた気がした。
ン? なんだ?
振り返ると、炎の中に“何か”のシルエットが浮かび上がる。
“それ”は天を仰ぎ哄笑している様だ。
人? いや……これは⁉︎
「……!」
“それ”は俺を見、ニヤリと笑った。
『ソコニイタカ』
地の底から響くような“声”
直後、俺の身体を“何か”が掴んだ。
――俺の部屋
「……!」
俺はあまりの苦しさに目を覚ました。
クソッ……重い! 俺の上に誰か乗ってやがる!
はね退け……ダメだ、身体が動かん! 今まで金縛りっぽい体験はした事があるが……これは違うな。今までのは夢とかなんだろうが……今回のはガチだ。
このままじゃヤバい! が、どうすれば……
「!」
首元の布団がめくれた。
俺ではない。じゃあ、誰が?
布団が退けられたことで開いた視線の先。
そこには、鬼の形相のダルマの姿があった。
コイツは……水希⁉︎
「…………!」
叫ぼうとしたが、声が出ない。
にしても、どうなってるんだ?
水希はダルマに意識が宿ってるだけで、動くことはできなかった。しかしコイツは俺の上に乗ってやがる。
しかも、この重さだ。人一人、とまでは言わんが、それでもかなりの重さだ。とても張子のダルマの重さじゃない。
!
と、視界の隅に動くものがあった。
手、だと⁉︎
それは、人の腕だった。華奢な水希のものではない、男の腕。手と下腕、上腕、そして肩。その先は……無い。それが一対、ダルマの両脇に浮いていた。
そしてそれが俺の首もとめがけて伸びてくる。
なっ……
そしてその手は俺の首にかかり、締め上げた。
「ンぐっ!」
思わず漏れる呻き声。
生命の危機に瀕したせいか、身体が動くようになった。火事場のナントヤラかもしれん。
俺もヤツの腕を掴み返してやる。が、万力のような力だ。
クソッ! 意識が……
このまま死んでたまるかよ!
「ぐっ……があっ!」
とにかく足掻いてみる。
と、暴れたせいで布団がずり落ちた。そして脚が自由になる。
イチかバチか……
「……っの、ヤロウ!」
脚を振り上げ、ダルマの後頭部(?)にオーバーヘッドキックを入れてやる。
『グゥ……』
ダルマはベッドのヘッドボードに叩きつけられ、呻いた。そしてわずかに腕の力が緩む。
しかし、今の“声”は一体? 水希のものと、それにかぶさるような男の“声”。
まさか、殺された神主の怨念か⁉︎
先刻見た夢。あれはまさしく……
(クソッ! 神主を殺した連中はもう全部死んだだろうがよ! 最後まで逃げ延びたヤツも死んだ! 勝手に事故で死んじまったよ!)
『……!』
ん? わずかに腕の力が緩んだ。
今だ!
「ぬおぉっ!」
気合いで腕をはねのける。
『グフォッ⁉︎』
よし、上手く行った。
すぐさま手を伸ばし、ベッドとその脇にある机との間に立てかけたままの竹刀入れに手を伸ばした。
しかし、手首を掴まれる。
「チッ!」
振りほどこうとする。が、やはり凄まじい力だ。
そして、左手に痛みが走る。
「ぐああっ!」
ヤツは俺の腕をねじり、引き抜こうとしてやがる。
左腕の次は、右腕か? そして最後には胴体だけの俺が残されるのか……
じょ、冗談じゃねぇよ! 死んでたまるか!
必死であがく。だが、ヤツの力はすさまじく……
その時、窓を叩く音が俺の耳を打った。
何だ? 新手か? コイツだけで手一杯なのにまだ来るのかよ……
もういい。好きにしてくれ。
「……!」
外にいるヤツが何か叫んだ。聞いたことのある声だ。これは……
「睦!」
彰人か! でも、何故?
と、まばゆい光が部屋に差し込んだ。
「……!」
懐中電灯か?
一瞬目の前が何も見えなくなった。
『……違う』
さっきの“声”。
同時に、腕が離される。俺にのしかかる気配も消えた。
「身体が……」
俺は身を起こした。先刻までの圧迫感は無い。まるで今まで事が夢であったかのようだ。
しかし、腕の痛みは先刻の光景が夢で無いことを思い出させる。
「彰人、か。助かったぜ」
カーテンを開ける。と、ベランダに立ち、こちらに懐中電灯の光を向けている彼の姿があった。
俺は窓を開けた。
「何があったんだ? うめき声がこっちまで聞こえてきたぞ」
彰人は俺を見、尋ねる。
そんなにデカい声出してたか。必死だったから気付かなんだ。
「いや……俺にもよく分からん。妙な夢見たらしいんだが、やたらと息苦しかった事しか覚えてない」
「……そうか」
「もし、困ったことがあれば言ってくれよ」
心配げな声。
やはり、持つべきものは友達か。
しかし、だからこそ今回の件に巻き込むわけにはいかん。
「大丈夫だ。今回は迷惑をかけてすまなかった」
「いや、気にするな。……じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
去り際、彰人はチラと俺の背後を見た。
そこには、あのダルマが床上に転がっていた。