2-無茶しやがって……
――そして、現在
「で、何があったんだ?」
俺は目の前の“それ”に声をかけた。
『あたしが聞きたいよ……』
“それ”――水希――の“声”には力がない。
いつも無駄にポジティブな彼女にしちゃ珍しい。よほどの衝撃なのだろう。
「とりあえず、経緯だけでも聞かせてくれ」
『うん……。先にここについたあたしは、この祠について調べてたんだよね。前にある石碑とか周りの石柱とかに彫ってある文字を。で、ついでにこの中を見てみようと思ったんだけどさ……』
「無茶しやがって……。“何か”いたらどうするんだよ」
『“何か”って……迷信でしょ? とりあえず、中の御神体とか見せてもらおうと思ったんだけど、いきなり気を失ってしまって……』
オイオイ……
彼女の叔母も俺達の学校の生徒で、新聞部だったそうな。当時はまだ現役だった旧校舎であったオカルト話を聞かされて、水希はこの学校に入学することを決意したとか。
ちなみに水希はオカルト自体は信じちゃいないが、その手の話には惹かれるらしい。しかし、なぁ……
「気がついたらその有様、ってか? “何か”ってのは別にオカルト的なモンだけじゃねぇよ。こういう所にゃ毒持った蛇や虫が潜んでる事だってあるんだぜ? それに、不審者だっているかもしれねぇ。10年ぐらい前にここらに出没したって話だろ? お前の叔母さんが言ってたじゃねぇか」
『……一応心配してくれてるんだ』
「当たり前だろ? 『いざという時の護衛』とか言ってたのは水希じゃねぇかよ。それに、だ。お前が『迷信』だとか言っても、その姿を見ちゃあな……」
『うぐっ……』
そう。その姿。まさしくそれは……
「ダルマになってたんじゃねぇ」
『う、ウルサ〜イ!』
俺の目の前に置かれた張子の置物、一抱えもある大きな赤いダルマ人形が水希の“声”で絶叫した。
――数分後
俺は水希の服を拾い集めていた。
上着、スカート、靴下、靴、そして……下着。
『ちょっと、それ見ないで! 触んないでよ!』
「いや……どーしろと。御神体代わりにここ置いとくか? このパンツ」
『ぐぬぬ……』
そして拾い集めた服を、彼女の鞄に詰めてやる。
しかしここでも、
『シワにならない様にちゃんと畳んで』
などと煩い。
なので嫌味ったらしく、まだ生暖かいプリント付きのパンツも綺麗に畳んでやった。
ちなみに彼女の“声”は直接頭にキンキンと響いてくる。耳を塞いでも意味ないので、余計イラっとするな〜。
「で、どうするんだ? これから、ここで御神体として生きてくのか?」
『え゛、ちょっと! 女の子をこんな場所に放置してくの⁉︎』
「ジョーダンだ。……とりあえず、俺の部屋に行くしかないだろうな」
彼女の両親がこんな変わり果てた姿の娘を見たら卒倒しちまう。
『お願い。でも……へ、ヘンなコトしないでね』
「誰がするか〜〜っ!」
いくらなんでも髭面のオッサン人形に欲情する趣味はない。中身はどうあれ、な。
俺は一応祠内部や外回り、石碑や石柱などをスマホのカメラに収めた。
もしかしたら、水希があんな姿になったきっかけが分かるかもしれんからな。
そして、俺と彼女の荷物をまとめた。
「じゃあ、行くぜ」
俺は彼女が宿ったダルマを台座の上から持ち上げ……
『ひゃん⁉︎』
妙な声が上がる。
「うおっ⁉︎」
俺はその声に驚き、つい手を離してしまった。
ダルマは軽い音を立てて祠の中を転がり……
『痛った〜い!』
彼女の声。
ん? もしかして、この“身体”にも感覚があるのか?
「おい、大丈夫か⁉︎」
『ちょっと〜、急に離さないでよ!』
「ああ、ごめん。だってよ、変な声あげるからさ……」
『その、お尻触るんだもん……』
へ? 尻?
確かに下の方持ったけど……って、まさかそこが尻なのか⁉︎
「じゃあさ、何処持ちゃいいんだ? そうだ。今見えたけどそのダルマって下に穴空いてるな。とりあえず、この竹刀入れの先っぽにでもさしとくか?」
『うっ……そっ、それだけは絶対にヤメテ! 我慢するから!』
「おう……分かった」
そうして俺は、肩に竹刀をかけ、両手に二人分の鞄と大きなダルマを抱えて帰路に着いた。
さて、コイツの呪いを解かねばならんが……出来るんか?
――寮
通常よりはるかに時間をかけて、俺はようやく寮へとたどり着いた。
下校時間が午後6時ちょい。そして今はもう7時を回ろうとしている。完全に夜だな。腹減ったぜ。
一応ダルマには制服の上着をかけて他人には見られないように注意はした。祠でこのダルマを見たことがある人もいるだろうからな。途中、通行人に奇異の目を向けられ、ついでにダルマを何回か落としはしたが、なんとかたどり着けた。
一応中空になってるせいで外見よりは軽いが、それでも二人分の鞄と合わせたら結構な重量だ。
……しかし、ここから部屋まで上がる必要があるか。
一つため息をつき、五階建ての寮を見上げた。
鉄筋コンクリート造りのこの寮は、南雲通商という会社の社員寮だ。俺の親父はその会社の社員なのだ。親父の仕事で両親が海外に赴任している為、今はここで一人暮らししている。
だからたとえ怪しげなダルマを持ち込んでも、咎めるものはいない。
……だといいな。
「やあ、今帰りか?」
と、背後からの声。
え? いきなりかよ。
そう思いつつ振り返ると、見知った顔がいた。
渡彰人。俺のクラスメートで、隣の部屋の住人だ。ちなみにコイツも一人暮らしだ。
「おう。彰人はまたジョギングか?」
「ああ、日課のな。……ところで、それは一体?」
「聞くな、と言いたいがな……」
「ふむ……」
とはいえ、この状態じゃバレるよな。
「その変なダルマ、どうせあの新聞部員に頼まれたんだろ?」
「……正解だぜ」
「で、その鞄もか?」
その視線の先にあるのは、水希のカバン。
「お、おう。ま、仕方ないさ。こればっかりはな」
「断わるべきところは、きっちり断われよ。いつもナアナアで流されてるだろ?」
「まっ、まーな」
『…………』
痛いトコロを突かれた件。
水希は……ガマンしたようだ。
コイツは新聞部にいい印象を持っていないんで、ちょっとヒヤヒヤする。まぁ確かに、昔イヤな事があったからな……。
「それはともかく、鞄は持ってやるよ」
「悪ぃな」
「気にするな」
そうして俺達は部屋へと向かった。