……と成りて
「あのぅ〜」
「ん? どうした魔王?」
ペセタの尻の下で控え目に挙手する魔王。「あ、すいません、へへっ」と、平身低頭で言葉を紡ぐ。
「あっしの能力を使えば人間たちの今の様子を伺い知ることができますが、どうしやすか?」
「魔王、お前そんな喋り方だったか? まあいい。是非その能力使ってくれ」
「わかりましたぜ! かあっー!!」
ペセタの尻に敷かれたまま両手を突き出した魔王は、目の前に大型のビジョンを投影した。そこにはペセタにとって懐かしい光景が広がる。旅立ち以来帰っていない故郷ゼニゲーバ王国だ。
「へぇ! 流石は魔王さん、凄いね!」
「恐れ入りやすぜ! パイヤンさん」
パイヤンの正体がパイヤスライムだと知るペセタとシルフィにとって、目の前のやり取りは何ともシュールであった。
まあそんな事はどうでもいい。映し出されたのは玉座に腰掛ける懐かしの父王とその前で跪く数人の若い男たち。
父の声が聞こえてくる。
「勇者たちよ!」
は? 勇者たち? しかもなぜか涙ぐんでいる父。
「知っての通り……我が息子ペセタは魔王を討ち取った! だが、魔王の返り血を浴びたペセタは……ふっ、ぐぅぅ、魔王と化してしまったのじゃ!」
何? 何を言ってるのこの人?
確かに魔王の返り血は浴びた。ボロクソにしてやったからたくさん浴びた。だけど汚いからってすぐ拭いたし、魔王になんてなってないぞ?
「世界を救った英雄であり我が息子でもあるが、儂は、儂は! 心を鬼にして息子追討の命令を下さねばならん!」
「あ〜、これあれっすね」
ペセタの尻の下で頬杖を付きながら眺める魔王が説明する。
「ペセタさんのカリスマ性とか求心力が自分を超えちゃうのを恐れて、いっそ悪者にしてしまえ的な悲劇の父親の自演っすね」
「とんでもねえ親父だな」
ペセタは他人事のようにツッコんだ。事実、妙に客観的に眺める自分がそこにいるのだ。
「集いし勇者たちよ! 直ちに魔王討伐へ向かうのじゃ! 旅立つにあたって餞別の品じゃが……」
ペセタは何となく予想がついた。
「息子ペセタは出発の際一切の餞別を受け取ることはなかった! 故に、そなた等もより苦難の道を進まねば魔王ペセタを倒すことなど叶わぬ! よいか、できるだけ低投資で魔王を倒すのじゃ!」
予想通りだった。とんでもない詭弁だ。
「だが倒した際には褒美は思うがままぞ!」
口約束の後払い。絶対守るはずない。
「うおおぉぉぉ!!」
いやいや、うおおぉぉぉ! じゃないだろ。倒したあとにどうせ自分も魔王に仕立て上げられるだけだと何故気付かない?
やる気に満ち満ちた勇者たちは我先にと玉座の間を去って行く。大臣と王だけとなると、大きくため息をついた父が「これでよいのじゃな? 大臣よ」と傍らで不敵な笑みを浮かべる大臣に問いかけた。
「はい。魔王を倒したペセタ様がお戻りになられれば、王位継承を望む声が国中からあがることでしょう。ペセタ様が王になる……それにあたって忘れてはならないことがあります。それはペセタ様は国王を恨んでいるということ」
は? こいつも何言ってんだ。べつにおれぁ恨んじゃいないぞ?
「た、確かに。儂はペセタを貧相な装備で魔王討伐に向かわせ、更にはお年玉を横領した。恨まれても仕方ないことをしておるのじゃ!」
後ろめたさがあるなら謝れよ。よくわからん陰謀を巡らすくらいならちゃんと俺に謝れよ。
「だがしかし! 殺されるくらいなら儂は戦う道を選ぶ! 涙を呑んで息子と戦う道を! そうじゃな!? 大臣よ!」
「ご英断です。王よ」
なんて単純なのだろう。どう考えても大臣に担がれ手のひらの上で踊らされている。城にいた頃は気付かなかったがこの親父、アホ丸出しじゃないか。あ、あの頃は俺もアホだったわ。
ややあってまた別の男や女が入ってくると「勇者たちよ!」が始まった。
「もういいや。魔王消して」
「了解しやしたぜ!」
「それにしても……」
ペセタは不思議そうに首を傾げる。
「勇者になりたいやつって意外と多いんだな。やってみて思ったけど、俺はもう御免だな」
「まあ、勇者証明書目当てでしょうね〜」
「勇者証明書? 何だそれ?」
今度は魔王が不思議そうな表情を浮かべた。首を捻じ曲げペセタを見やる。
「え? ペセタさん知らないんすか? 勇者証明書があれば民家に押し入っての略奪行為が許される法律があるっす」
「無法じゃねえか。パラレル世界の世紀末じゃねえんだぞ」
「だけど実際にあるっす。逆らったり抵抗する事は逆に犯罪になるんすよ」
「うわぁ……それ勇者じゃなくて盗賊じゃん」
パイヤンが露骨に引いている。シルフィも顔を顰めて明らかに嫌悪感を示している。
あ、その顔見るとトラウマが……。
なるほどな。とペセタは納得する。
たとえ魔王を倒したところで、この世界は平和になんかならない。本当の悪は人間たちの心の中に巣食っているのだ。
この負の連鎖は例えペセタが次なる勇者に倒されたとしても終わる事はないだろう。世界を変えるのならばもっと別の切り口から考えないといけない。
ペセタは意を決した。ペセタはパイヤンの目を真っ直ぐに見つめた。
「パイヤン、せっかく人間になれたのに不本意かもしれないけどさ」
「僕はペセタと一緒なら不本意なことなんて何もないよ」
微笑むパイヤンに頷くと、今度はシルフィの大きな瞳を真っ直ぐに見つめた。
「シルフィも、勝手言って申し訳ないけど……」
「私も……ペセタさんと一緒ならどこへでも……」
ペセタは感謝しつつ大きく頷いた。
「あっしもペセタさんにずっとついて行きやすぜ!」
「お前には何も言ってねえよ」
「ぷきゅう……」
「だけど、そう。そうだな!」
ペセタは立ち上がり二歩三歩歩き、三人に向き直る。その顔は白い歯が浮かぶ、晴れやかなものだった。
「俺、魔王になって世界救うわ!」
それはある男の始まりの物語。
お付き合い下さりありがとうございました。