これからどうする?
月日は流れ、ペセタたち三人は今も共にいる。現在三人はある部屋で昔話に興じていた。
「ふふ、そんなこともあったね」
「ああ、パイヤンを連れているというだけで多くの街や村は入ることを拒んだからな。中には魔物の手先と難癖をつけて武力行使してくる街もあったよな」
「二人には申し訳なかったよ。だけどペセタもシルフィもそんな僕を邪魔者扱いする事はただの一度もなかったよね」
パイヤンはにこりと微笑んだ。その笑顔は二人に対する感謝で溢れている。
「当たり前でしょ? 命の恩人のあなたを邪魔者にだなんて、するわけないわ」
亜麻色のふわりと長い髪の毛に色白の清らかな肌。顔の中で一際映える大きな瞳、高く形の良い鼻にふくよかな唇。
虐待を受けていた少女シルフィは美しい娘に成長していた。
「だが、パイヤン。お前も人が悪いぞ。突然人間になっていたことは致し方ない。だが、大事な事を言う機会はいくらでもあったろう?」
「えへへ、そんな重要なことかなぁ? それにペセタだって聞かなかっただろう?」
「それはだってお前、まさかのまさかだろう!?」
それは数年前の衝撃的な出来事。いつものようにペセタはパイヤンを抱き枕にして眠っていた。これが何とも気持ちいいのだ。深く沈みこむ柔らかな感触に程よい弾力が生み出す安心感。正に至福の時。一日の疲れを癒やすのにそれはもう欠かせない存在になっていた。
その日、ペセタは夢を見た。セクシーなお姉さんがペセタに向かって「どう? あたしといいことしない?」と妖艶な笑みを浮かべ誘ってくる夢だ。
「します、します!」
と一瞬すら迷う事なく夢の中ではっちゃけた。それはもうはっちゃけた。途中から夢だと気付いたが、夢だしいっか! と尚更はっちゃけた。
「あの……ペセタさん……」
シルフィの遠慮がちに呼ぶ声に気が付き、目を覚した時の驚愕といったらそれはもう凄まじい。
あろうことか現実に戻っても夢の中に現れた美女に抱きつき、両手は豊満な胸の膨らみを揉みしだいていたのだ!
「どわあぁぁぁぁぁ!?」
◇◆◇◆
「あの時のシルフィの俺を見る目。あれは今でも忘れられないトラウマだよ」
「私そんな変な顔してました?」
「ああ、あれは絶対零度の視線というやつだな」
「そうそう! 僕が人間になれた時だね! 起きて気が付いた時は本当に嬉しかったなぁ」
「ばっか! 俺は手放しで喜べなかったよ! 人間になった姿が想像の遥か場外を行き過ぎなんだよ!」
十歳くらいの呆けた顔の男の子。きっとそんな姿になるんだろうと思っていたのに、金髪ロングヘアーのボンキュッボンのお姉さまが目の前に突然現れたらそれがパイヤンだと誰が想像できるだろう?
弟のように可愛がっていた俺の感情は行き場をなくし、それと同時に俺の毎日の至福の時間は奪われたのだ。
「女の子だったからって何か変わるわけでもないだろ? 僕とペセタの仲じゃないか」
「まぁな……弟が妹になったと思えば大したことじゃないもんな」
今でこそ慣れたが、女王様口調がこの上なく似合いそうな容姿でボクっ娘口調で話すパイヤンに、当初はもの凄い違和感を禁じ得なかった。
「だから別に抱き枕にするの続けたってよかったのに。僕もあれ好きだったのにな」
「ばっか! トラウマだって言ったろ!」
ペセタは感情を落ち着かせる為、一つ息を吐き出した。禍々しい魔神をモチーフにした壁画や、儀式のための燭台が並ぶ部屋に風の音が唸り声のように響いている。
「これからどうするんですか?」
「ああ、魔王も倒しちゃったしな」
ペセタが腰掛けている魔王が「ぷきゅう……」と鳴いた。どこで昔話に興じてるんだ、という話である。
「ペセタ容赦なかったもんね」
「『ご布施を寄越せー』って台詞を連呼するとこが嫌いだったからな。金にがめつい奴は懲り懲りだよ」
ペセタは二人を交互に見つめ口を開いた。
「旅をして気付いたんだけど、この世界には嫌な人間が多すぎる。基本的に自分勝手で他人に冷たく、手のひらを直ぐに返す。俺達が魔王を倒す勇者だーってちやほやされたのもつい最近のことだしな」
「確かにそれまでは酷い扱いだったよね。魔王を倒すために必要なのに譲ってくれなかったり、ここぞとばかりに値上げしたり」
「正直……私もあまり信用できないな。魔王を倒した私たちはもう用済みだって、切り捨てられる気がする……」
「一応、父には『魔王倒したよ』って知らせを送っておいたが……」
魔王を倒したというのに、三人の間には重苦しい空気が流れていた。