クズじゃなくて勇者に
殺気立つ村人たちを掻き分け一歩進み出たのは、司祭服を纏った中年の神父であった。
「やっと現れましたか。ずいぶん長いこと探しましたよ。中々見つからなくてほとほと困っておりましたが、ようやく。ようやくっ」
穏やかな表情を浮かべていた神父だったが。
「退治することができるわっ! このクソスライムがぁ!」
突然目を剥き、聖職者とは思えぬ暴言を吐き散らした。
「さあ! そのスライムを叩き殺しなさい!」
「ちょっと待て!」
神父の命令を制止するペセタに明らかな敵意を向ける神父と村人たち。パイヤンはペセタの後ろに隠れてプルプル、ブルブル震えている。
「このスライムはシルフィの怪我を癒した善良な魔物だ。殺す必要はない」
「何だべ? こいつ?」
「あっ! こいつ昨日の明け方死にそうになって村に入ってきたやつだで!」
その台詞を聞き、ペセタはこの村人たちが自分を見殺しにしようとしたあの村の住人だと知る。
「ああ、そうだ。俺も意識を失っていたところをこのパイヤンに助けてもらったんだ」
「なるほど。さあ! 殺しなさい!」
「待て待て待て! 話を聞いていなかったのか?」
「聞いていましたよ。聞いた上で殺すのです」
「バカな! 俺やシルフィの命を救ってくれたパイヤンを殺す必要がどこにある!?」
中年の神父は面倒臭そうにため息を吐いた。
「商売あがったりなんだよ……」
ボソッと呟かれた言葉をペセタは聞き逃した。
「何?」
「だから! その魔物みてぇに誰彼構わず傷を治しちまうようなやつがいると、こっちは商売にならねえんだよ!」
激高する神父はやはり聖職者とは思えぬ、荒々しい口調で喚き散らす。
こ、これで神父? 神に仕える聖職者の潔白さなど微塵もない、小金にうるさく意地汚い、ただの醜い大人ではないか!
「さぁ、わかったのならどきなさい! どかないのならあなたも神に仕える私を愚弄する者として排除します!」
「シルフィの怪我を治してくれたことは!? こんな場所に少女一人、あのまま怪我をして動けなかったら魔物の餌食になった可能性もあるんだぞ!?」
「そうなったらそうなったまでです」
「なに?」
ペセタは耳を疑った。今この神父はシルフィが魔物に殺されても構わないと、確かにそう肯定した。周りの村人たちも一様に頷いている。
ペセタの中で赤く色付いた感情が湧き上がる。
「ふざけるな! 子供が殺されても構わないなんてことが、あっていいわけあるか!」
「身寄りもない乞食同然の厄介者が住まわせてやっている住人たちの役に立って死ねるのです。名誉なことではありませんか。それにシルフィは見事に餌としての役割を果たし、その憎き魔物を誘き寄せました」
まさか……。ペセタを支配していた熱い怒りの感情が急速に冷えていく。それはあまりに悍ましい想像。
「シルフィに怪我を負わせ、動けないようにした上で放置したのか?」
神父はにっこりと微笑んだ。
「たとえ死んでも、シルフィの清らかな自己犠牲の魂は神の元へ召されましょう。なぁ? シルフィ」
「はい。私の命は神父様の為に……」
屈託のないにこりとした笑顔でシルフィは答える。それはまるで、笑う事を強要され、従う以外の選択肢を持っていない人形のようだった。
涙が止めどなく溢れる。こんな小さな女の子が、こんな酷い目に合わされて洗脳され、たった一人の味方すらいないなんて。
ゆらりと立ち上がるペセタ。
「ぐっ、ふう、うぅっ、クズが……」
「全く、何を泣いているのか……構いません。そいつまとめて始末なさい!」
神父の命令を受け一斉にペセタに襲い掛かる村人たち。丸腰のペセタに棍棒や竹の槍が迫る。
「何様のつもりだァァァ!!」
ペセタの怒りの百烈拳が村人たちをメッタメタに打ち据える。
「ぎゃふん!」
「ぺぎゃあ!」
「あべし!」
などなど。
体から蒸気のように立ち昇る闘気を発散させ、ペセタはクズ神父をギロリと睨んだ。
あまりの強さに神父は恐れ慄き、足をがくがくと震わせている。逃げたくても逃げられない状況のようだ。
「た、たしゅ、助け……」
「うらぁぁぁぁ!」
「ひでぶ!」
ペセタの怒りの鉄拳が神父の顔面を捉え吹き飛ばした。木に衝突して落下した神父は気絶し、他の村人たちも全員がのびている。
肩で荒い呼吸を繰り返すペセタは振り返ることなくパイヤンに言い放った。
「パイヤン……お前がなりたい人間ってやつはこんなもんなんだぞ?」
「そうだね……。こいつらはクズだね。人間がこんなクズだったなんてがっかりだな」
そうさ、人間なんてこんなものさ。救う価値なんてあるのかすらわからない。
ペセタは人間のあまりの身勝手を嫌悪し、自らもそんな醜い人間である事に絶望した。
「だけどね、僕がなりたいのは強くて優しい勇者のような人間さ。今まではただ漠然と人間になりたいって思ってたんだけど、今日考えが変わったよ。僕はペセタのような人間になりたい」
ペセタは涙と鼻水とよだれでぐしゃぐしゃの顔をパイヤンとシルフィに向けた。
プルプルしてばかりのパイヤンだけど、その顔はスライム特有のにやけ顔じゃなくて、優しく微笑んでいるようだ。
シルフィも控え目ながら優しい笑顔をペセタに向けている。それはきっと強制なんかされていない、彼女本来の笑顔なのだろう。
「ペセタは僕やシルフィにとって誰よりも格好良い勇者だ。一緒について行ってもいいかな?」
「私も……ペセタさんと一緒に……いたい」
「ふっ、ぐっ、うぅ、お前らぁぁ……うわぁーん!!」
ペセタは子供のように声を限りに泣き叫んだのだった。