世界を救う為に戦っているのに……
ゼニゲーバ王国近郊でコツコツお金を貯め、経験を積んでいったペセタは長い時間を費やしようやく冒険者として一端と呼ばれるレベルまで成長することができた。
しかしペセタにとって衝撃的な事実も判明した。それはある老賢者に会った時のこと。
「確かにお主は勇者の血を継いでおる。その潜在能力は歴代の勇者と比べてもピカイチじゃ。だが、お主の場合は勇者の魔力を扱う部分を全く継承しとらん。つまり如何に強くなろうとお主は魔法は使えん」
それはあまりに衝撃的な事実だった。勇者といえば一流の剣技に強力な攻撃魔法、更には仲間を癒やす回復魔法と、何でも一人でこなせる万能職業のはず。それがどうだ? 蓋を開けてみれば剣を振るう以外能の無いゴリマッチョときた。
「じゃあ体力回復するにはお金払って宿屋に泊まるか神父様にお願いするしかないじゃん!」
とペセタは誰に当てたともわからぬ文句を吐いたのだった。
ある日、街道を歩いていると向かいから行商人がやってくるのが見えた。馬車には多くの積荷が乗せられている。
「商売に精が出るな。何を扱っているんだ?」
「へい。あっしはよろず屋でさぁ。武器に防具に道具何でも扱ってますぜ」
「ほう! そいつはありがたい! 実は薬草を使い切ってしまったのだ。十束程頂けるか?」
「へい。ありがとうごぜえやす。ところで旦那。お使いの剣、随分刃こぼれしてるんじゃないですか?」
商人に指摘され、剣刃をかざしてみると確かに。所々欠けているのが目に付く。
「見たところそれは鉄の剣ですねえ。あっしの扱う鋼の剣を買いませんか?」
「鋼の剣か……でも高いのだろう?」
「まあ、通常2000Gはくだらない品ですが、旦那の鉄の剣をそうですねぇ……200Gで下取りさせて頂きましょう。旦那の手持ちはいくらありやすか?」
「む、薬草を購入して残り1300Gといったところか」
「なら下取りの200Gと合わせて1500Gでお譲りいたしやすぜ」
流石は生粋の商売人。売り込む姿勢が実に積極的だ。だが、お買い得なのは事実であり、鋼の剣を手に入れればこの先の戦いもだいぶ楽になるだろう。
「わかった! 売ってくれ」
「毎度ありぃ! へっへ、そいじゃあっしはこれにて」
「うむ。道中気を付けてな」
「へっへ……旦那も」
その後夕暮れ時が近付き、森を抜け近くの村へ向かおうとしたペセタの前にダークベアーと呼ばれる熊の魔物が現れた。
「やっと魔物のお出ましか。鋼の剣の錆にしてくれる!」
勇んでダークベアーに躍りかかったペセタだったが、鋼の剣を鞘から一閃させてあまりの驚愕に目を見張った。
「どえぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
なんと、鋼の剣は鍔から先は木でできたナマクラだったのだ!
馬鹿な! 購入した時は確かに鋼の剣だったのに!
隙だらけとなったペセタにダークベアーの殴り掛かり攻撃が炸裂する。
「ごふっ!」
吹き飛ばされたペセタはそのまま渓谷に落ち、下を流れる川へと落ちてしまったのだった。
◇◆◇◆
「ぐっ、う。何で、こんな」
何とか川から這い上がったペセタだったが、体にも心にも大きなダメージを負っていた。
商人に騙されたのだ。どの瞬間にすり替えたのかわからないが、あの商人は詐欺師だったのだ。迂闊だった。確かに喋り方は悪人のソレであり怪しい気がしないでもなかったが。
そうだ! 薬草がある。
ペセタは思い出し、商人から購入した薬草を取り出した。よく噛み飲み込んだがおかしい。あの体が熱くなって癒やされていく感覚がこない。
まさか、この薬草も偽物か!
くそっ! 徹底してやがる。俺はカモにされたってわけだ。ちくしょう……なけなしの金だったのに。
ペセタは悔しさに唇を噛み締めたが、そんな事をしても意味はない、無駄にダメージを負うだけだ。一刻も早く村なり町に辿り着かなければ。
ペセタが村を見つけたのは既に夜が白みだした明け方であった。怪我と空腹、そして疲労がずっしりとのしかかり、村に着いた時ペセタは立って歩く事ができないほど衰弱していた。
なんとか村にある小さな宿屋に向かったペセタは。
「す、すまぬ。床を一つ借りたい。それから、薬草と何か食べ物を」
「こいつぁ大変だぁ! いらっしゃいませ、旅の方。60Gになりますが、泊まられますか?」
「手持ちがないんだ。回復したら必ず払う。何なら倍にして返すから、頼む。休ませてくれ」
「さようなら、旅の方。一昨日来やがれ!」
ペセタは無理やり起こされると村の外に無造作に放り出されたのだった。
「どうして……俺は、世界を救う為に、魔王を……」
そして、ペセタは意識を失った。