いざ魔王討伐へ!
その昔、闇の魔王を討ち果たした勇者が興した国、ゼニゲーバ王国。大陸屈指の大国であるその国にある日激震が走った。
姉妹国ソクホロブ王国が魔王の軍勢に攻められ滅ぼされたのだ。その情報を命を賭してもたらした勇敢な兵士は、任を全うすると満足そうにその場に倒れ伏し絶命した。
威厳に満ちた初老の国王は玉座から立ち上がると、隣に座る自らの息子に高らかに言い放つ。
「聞いての通りだ。お前も勇者の血を引きし者。直ちに支度を整え魔王討伐の旅に出るのだ! 階下に旅の役に立つアイテムを入れた宝箱を用意しておく。頼んだぞ我が息子よ!」
「かしこまりました! 父上、吉報をお待ちください!」
息子は単純な男であった。右を向けと言われれば右を向き、一周回ってわん! と言われればその通りにするような男。
意気揚々と玉座の間を後にし、国王はその姿を見送り頷くと、側に侍る近衛兵に向かい告げた。
「その勇敢な兵士の亡骸を手厚く葬ってやってくれ。儂は自室へ戻る」
「はっ!」
自室へ引き上げる国王とすれ違いざま、近衛兵は何か耳打ちをされ「は? は、ははっ!」と追加の指示を承った。
◇◆◇◆
「え?」
階下に降りた勇者ことゼニゲーバ王国の王子ペセタは目を丸くして隣に立つ兵士の顔を見る。見られた兵士は気不味そうに顔を逸した。
ペセタは改めて父が言っていたものと思われる宝箱を覗き込む。うん、やはり見間違いじゃない。
「少なくない?」
「わ、私に言われましても……」
「いや、率直な感想を聞かせて? 言いにくいなら俺の質問に答えて? これで魔王倒せる?」
「無理かと……」
「だよねぇ! 棍棒に旅人の服に50Gって舐めてんの!? いや村人だって自分の息子をこんな貧相な装備で死地に向かわせないよ?」
「で、ですから私に言われましても……」
今にも泣き出しそうな顔で兵士は同じ言葉を繰り返す。泣きだしたいのは俺だっつの。
「もういい。無理、行かない。てか預けてたお年玉ですらこの百倍はあったし」
文句の一つでもつけないと気がすまないペセタは即刻玉座の間に引き返したが、そこに父王の姿はない。
「父は?」
「自室へ戻られました」
「ふうん、で? お前はこの仏様の前で何を考え込んでるわけ?」
「はっ、それが……」
近衛兵は言いにくそうに口をもごつかせながら答えた。
「ぬわにぃ!? 手厚く葬れ、ただし国庫からは1Gも使うなだとぉ!?」
「はい……。そうなのです」
ペセタは呆れた。
だが、妙に納得できた。魔王討伐を言い渡した実の息子にさえトータルで150Gほどしか与えない銭ゲバが、例え大役を果たしたとはいえ死人に金を落とすはずがない。
我が父ながら情けなくなるペセタ。
「呆れた父だ」
「王子、いかがいたしましょう?」
困り果てた視線を投げかける近衛兵に、ペセタは懐からずしりと重たい袋を手渡した。
「500Gくらいは入っていると思うから、それでこの勇敢な仏様を懇ろに葬ってやってよ。あとこの50Gもいらないや」
ペセタは思い出したように餞別の50Gも渡す。受け取った近衛兵は感謝を述べつつも心配そうにペセタを見やった。
「王子はどうなさるのですか?」
「魔王討伐には行くよ。でも、何も要らない。ていうか、貰っても仕方ないようなガラクタばかりだしね!」
悲壮な覚悟を漂わせる背中に近衛兵は躊躇いつつも声を掛けた。
「あ、あの王子!」
「何だ? やっぱり受け取れませんとか言うなよ」
「い、いえ。その王が最後に伝えろと言ったことが……」
父が……。呆れた父だが、やはり息子である自分を死地に向かわせるのに少なからず罪悪感や自責の念があったのか。と、ペセタはやさぐれた心が僅かに綻ぶのを感じた。
「父がなんと?」
「う、う、うっ」
「う?」
「馬は一頭も出せない。歩いて行かれよ、と」
「あの糞オヤジッ!!」