僕は安心した。
「なるほど、つまりお前は記憶喪失になって別世界からこっちに来てしまったと」
クレハ、僕の前に座る赤毛の少年がそう言った、というか僕に現状をまとめた。
「多分...そうだと思う。だから不死身とか初めて知ったしそんなもの前の世界では多分なかったと思う!」
「......にわかに信じられない。」
こちらの若干恥ずかしがり屋で白髪の魔女っ子、もとい美咲はそれに対して自由な感想を述べる。
「ボクもミサキに同意見だよなぁ。記憶を無くしてこっちの世界の常識を失ってるだけじゃない?目を覚ました場所の近くには大きな木もあったんだろ。そこから落ちて記憶がぐちゃぁ〜、みたいな感じでさ。」
「むぅ」
一理ありまくる。
自分に置かれた状況を僕は証明する方法を持ち合わせてはいない。
「でも多分、魔法とかスキルとか、そんなメルヘルなものはなかったと思うんだ、多分だけど...」
実際最初には制服を着てたんだ。多分この世界にくる前は学校に通っていたはず。この二人の服装を見る感じそう言った服を着る文化はなさそうだし(片方は半裸だし)
「てか何でクレハは半r」
「ん〜。ま、こういう案件はあいつに聞くのが早いよなぁ。」
クレハが言葉を遮り何か提案する。
「...あいつ?」
「......あっ。トモアキ...たしかにあれなら...」
「トモアキ...?」
「ボクたちの幼馴染だよ!めちゃくちゃ頭良くて16でもう軍師だ。」
軍師。めちゃくちゃ聞き慣れないけど要はすごい人なんだろう。
「ついでにミサキの初恋相手だ」
「〜〜〜〜〜〜!!」
クレハの言葉にミサキが顔を真っ赤にする。なるほど、この3人達と随分仲が良い人みたいだ、幼馴染っていうくらいだし随分前からの関係なんだろう。
「それはもう10年前の話!今は違う!」
ミサキが珍しくすらすらと喋る。
「え、今はって...いるの?」
「い、......いないけど...っ!!」
顔を真っ赤にしたミサキが魔法で近くの花瓶などを投げ飛ばしクレハの顔面に当たって倒れる。結構な速度だったけどあれ死ぬんじゃないかなぁ...
「いこっ......えっと...記憶無し男」
「そんな変な名前にするの⁉︎」
「だって...呼ぶとき不便。」
確かに。せめて名前くらいは思い出したいものだ。
「アキなら記憶を思い出す方法とか知ってるかもしれないしね〜。とりあえず行こうよ」
倒れてたクレハが起きがって告げる。
「えっと、大丈夫?」
「鍛えてるからね!」
顔面を鍛える方法があるのか。いやないだろ。
「おや、僕が聞きたかったのは二人とも僕の都合に合わせて大丈夫かなって。結構迷惑かけてる気がするし...」
よく見ると僕が着ている服も見慣れないものだ。多分クレハのものなんだろうけど、随分お世話になってしまっている。
これ以上この二人に世話になって大丈夫だろうか。
「気にすんなって!困ってるやつを放って置いたりはしないさ」
「......思い出したら服。...可愛いの買ってもらうから」
変わった二人と思っていたがやっぱり根はとても良い人みたいだ。僕が突然記憶をなくしたという男と遭遇してもきっとここまで面倒を見たりしないだろう。
だから、この二人には感謝の意味を込めて伝える。
「...ありがとう」
きっとこの恩は忘れない。そう決意して。
「いいさ!アキは多分また図書館だろ。着くまでにお前のいいあだ名でも考えようぜ」
「じゃあ、ホワイティ...」
「え、僕が?何でホワイティ?」
「肌が白いから...?」
「いいんじゃない!面白いし!!」
...恩義はあってもあだ名を比定するくらいの権利はあるよね!
しばらくの間歩いていると大きな石煉瓦造りの建物に着く。これは...。
「......お、お城...?」
「そ!ここの2階が図書館。」
「え、そんな凄いとこ出入りしていいの⁉︎門番の人とか僕のことガン見してるけど。」
「......わたしたちと一緒なら、だいじょぶ」
ミサキが優しく微笑んでくれる。こんなとこの自由に入れるなんてもしかして二人は結構身分の高い方達なのだろうか?今から敬語でも遅くないかなぁ...
門を潜り階段を上る。しばらく歩くと硝子の貼った扉が見え、そこで二人が立ち止まる。
「...ここが図書室。」
「ここが...」
お城全体が暗い感じになっているがここは特に影に覆われて寒い。なんとなく緊張感すら与えてくる雰囲気だ。
と、トモアキって人が怖い人だったらどうしよう...いきなりぶん殴ってくるタイプとか。ぶっちゃけ異世界ならいてもおかしくない気がする!
ガタガタと震えだす僕をよそにクレハが勢いよく扉を開ける。
「よーーーっす!アキ、遊ぼうぜーっ!」
目的が変わってるんですが。
「おぉ、クレハとミサキか。...そっちは...」
アキと呼ばれる人が僕を見て尋ねる。多分正しいコミュニケーションの流れなら僕はここで自分の名前などを名乗るのが常識的なんだろう。しかしできない僕の代わりにミサキが紹介してくれる。
「......この人は、ホワイト太郎...」
「また変な名前に⁉︎」
初対面の人相手だと信じちゃいそうなのでやめて!
「えっと、じつはしかかくじかかくでどうにかなんない?」
「...なるほど。記憶喪失か、災難だったな...」
それで伝わるのかと驚く僕にトモアキは近づきそっと肩に手を置いて気遣う。
短髪で身長は高め、顔はかなり雄々しいというかモテそうなタイプだ、そしてこの二人の幼なじみ。きっと信用してもいい人なんだと思うけど...
「とりあえず殴ったら元に戻るんじゃね?」
「なんてことを!!」
だいぶ大雑把な人みたいだ。こんなガタイのいい人に殴られたら絶対ひとたまりもない!
「ま、アキが言うなら試す価値はあるんじゃない?」「白の介はどうせ死なないし...」
僕に背後で二人が適当なことを言う。
「...死なない?」
トモアキはどうやらそこに興味を持ったらしい。
「そう言うパッシブスキルを持ってるみたいなんだよね〜。ミサキの魔法をつい数時間前にくらって今はその通りピンピンしてる」
「ミサキの魔法をか。...そいつは凄いな......」
まじまじと観察される。はずかしいからやめてほしい。
「...わたしの魔法を食らって生きてられるのは.....そいつが二人目。」
「めちゃくちゃ強キャラ感ある説明やめてください!痛いのは苦手なので!」
あまり過剰評価されて本当に殴られると泣いてしまいそうなので先に釘をさす。既に涙目だし。
「いや、実際かなり凄いだろ。ミサキはこんな変な格好をしているがこれでもこの国最強の魔法使いだ。」
「えっ...」
やっぱり変な格好なの。と苦い顔をするミサキ。
「ついでにこっちの半裸は遊撃隊長だしな」
トモアキがクレハを指して話す。どうやら偶然にも僕が出会った二人は凄いひとたちみたいだ。なるほど、それで私達と一緒にいればだいじょぶ、か。にしても軍師、遊撃隊長。おまけに最強の魔法使い...凄いエリート幼馴染3人組だ。
「それで、真面目に彼の記憶をどうにかする方法はないの?」
「いやさっきのは結構真面目に言ったんだが」
「痛い方法以外がいいんですが!!」
でも天然らしい。
「じゃあミサキパンチならどうだ?」
「岩どころか豆腐すら砕けるか怪しい最高のパンチだね」
「と...豆腐は砕ける!」
多分、と凍えで付け足して美咲が訂正する。
「ま、実際記憶喪失ってのは何の衝撃で思い出すかわからない症状だ。正直殴って本当に思い出すかもしれないし100回死んだって思い出せないかもしれない。
ただ大抵は時間が経つにつれて少しづつ記憶を取り戻したりするみたいだけどな」
「...つまりトモアキにも、解決策は思いつかない.....?」
「そういうことだな」
「.........そっか」
ミサキが心配そうに僕を見つめながら頷く。どうやら僕はしばらく記憶を取り戻すことも、元の世界へ帰ることもできないらしい。
「...せめて、名前だけでも、何とかならないの?」
ミサキがトモアキへ尋ねる。よかった、本気でホワイティやら記憶無し男にする気ではなかったみたいだ。
なんて、僕がどうでもいい事で悩んでいた時、
「ましろだ。」
「えっ?」
「名前、思い出せないんだろ?なら俺がつける。今日からしばらくはお前はましろだ」
「.....ましろ!」
トモアキの提案にミサキも納得したように復唱する
「いいじゃんましろ!なんかぴったりって感じがするしさ。神明解放までの間はそれでいいんじゃ無い?」
クレハもそれに乗る。
いや僕別に名前を隠してるつもりはないんですが、聖杯戦争とかもしてないし...
「ましろ、僕の名前...」
ただ、なんとなく自分でも違和感は感じなかった。もしかしたら本当に元の名前もこの名前だったのかもしれない、そう考えると自分のなくした一部を少しでも思い出せたような気がしてほんの少し安心した。
つまり、心の奥で僕はやはり不安だったのだ。誰も頼れるひとがいなくて、知ってる場所もなくて、だから––––
「これからよろしくね、ましろ!」
「...よ、よろしく、ましろ......」
「ま、困ったことがあったら俺に聞け。いつでもぶん殴ってやる」
「そ、それは絶対お願いしない!」
こうやって僕を呼んでくれる人がここに3人もできたことに、とても嬉しく思えたんだ。