それでもお日様になりたい
芥川文也──彼は、令和の文豪と呼ばれている。
デビュー当初からヒットを飛ばし、一躍小説界に名を馳せ、その後も100万部を売る作品を連発したりと、超がつく売れっ子作家でありながら、日本一の速筆とも言われている。ほぼ毎月、彼の新刊が本屋に並ぶほどだ。
彼がまだ、芥川文也でなかった頃。
弱冠16歳の少年であった彼は、両親を亡くした。不幸な事故だった。後ろからくる暴走車の、追突を受けたのだ。彼はその車に同乗していなかったため無事だったが、一端の高校生でしかない彼は、両親に頼り切っていた生活をしていた彼は、それに深い悲しみを抱いた。
ましてや、その日両親が出かけていた理由が、自分の誕生日プレゼントを買いに行っていたというのだから、尚更だ。
事故から二週間。ようやく周りが落ち着いてきた頃、そしてちょうど自分の誕生日になったその日。彼は車の中に積まれていた、唯一無傷で済んだらしい、ラッピングされた箱を開けた。
中に入っていたのは、かねてより文也が欲しがっていた、小型のノートパソコンだった。
文也はこれを漏らして泣いた。何時間も、何十時間もひたすらに、泣き続けた。
その末に、文也はその気持ちのぶつけ先を見つけた。
小説だ。
ひたすらに、今の自分の気持ちを書き綴った。下手な文章で、ゴミのようなストーリーで。でもそこにあるのは、確かな熱意とダイヤモンドの原石だった。
書くことで気持ちを晴らすことを覚えた文也は、どんどんと執筆に溺れていった。
ある日、新人賞に投稿した。これを仕事にできればいいと思ったからだ。
20歳の冬、その結果が帰ってきた。なんとか勉強を頑張って、有名大学に行っていたのだが、本を出した瞬間にそんなものは辞めた。少なくとも、今の文也には必要なかったからだ。
そして、瞬く間に売れた。以来、彼はこの世界に生き続けている。生ける伝説として──
そんな文也は、取材で訪れた廃屋にて、ある少女を見かけた。
少女が纏う空気に、一瞬気圧されたが、すぐにその正体を知った。
世界を憎む力。自分の不幸を呪う気持ち。全てを敵だと思う心。
その全てが、あの頃の文也と同じだった。いや、気持ちの強さだけならば、文也よりも強いかもしれない。
背筋が震え上がった。それほどに、圧倒的な空気。
だからこそ、安心して託すことができた。
両親からの、最後のプレゼントを。
彼女なら、きっとこの世界を変える小説が、書けると信じて。
文也が家に来てから数ヶ月。
言葉は自分が小説を書く意味について、考えていた。
ただ、行きたいだけならば、この世界でなくてもいい。一応高校は出ているのだし、適当な企業に就職すればいい。
しかしそれは嫌だった。今のこの仕事以外に、小説家という職業以外に、自分がやりたいと思う仕事は、どこにもなかったからだ。いくら探しても、ピンとこないものばかり。
結局、言葉は再び筆を取るしかなかった。いや、別にこの数ヶ月も筆を置いていたわけではないのだが。
カタカタとパソコンを叩く。リズムが気持ちいい。一行一行増えていく文字数に、高揚感を覚える。そのままハイなテンションで、不眠不休で20時間。一冊分の小説が書き上がった。
だがこの作品は、今までと同じだと思う。自分が書く意味のない、ゴミみたいな小説だと、そんな意識が流れ込んでくる。
ゴミ箱のマークをクリックする。全没だ。誰に何を言われたわけでもないが、これを世に出すのは、文也の言う通り読者に失礼だと思った。
言葉は頭を抱える。
どうすればいいのかがわからない。今までの書き方ではダメだと言われたら。売れるためには、誰かに刺さるためには、どう小説を書けばいいのか。
言葉は冷蔵庫から、チューハイを取り出した。
カタカタと、パソコンを叩く音だけが響いている。
最後に「。」を打ちこんだ瞬間、言葉は冷たいフローリングに倒れ込んだ。
気がつけば息が切れている。どうやら、長らく呼吸らしい呼吸をしていなかったらしい。
この小説を書き始めたのは10時間ほど前。言葉としては最速で一冊書き上げたことになる。
そして、最速であると同時に、最高の小説だとも、思った。
自分がうちに秘めたもの。その全てを、正直にさらけ出した作品だ。いじめにあった少女が叫ぶシーン。これもかつて、言葉が思っていたことだった。
今までよりもより一層、マスターベーションに近づいた作品。だが、言葉にとっては紛れもなく、最高の作品だと言える。
きっと、こういうことなのだと思う。小説を書くと言うのは。自分をありのままに見せ、それを文章で脚色していく。それだけで良かったのだろう。
この感覚を掴んだのは、ついさっき、この作品を書き始める前のことだ。数ヶ月間自分と向き合ってきたからこそ、掴めたのだと思う。
「はは……」
あまりの気持ちの良さに、笑いが溢れた。
「あははは……」
同時に、涙も。
出版もまだなのに、充実した満足感がある。
まだ何も始まっていない。言葉の物語は、これからだ。それでも、今だけはこの余韻に浸っていたかった。
「重版、10版目です」
言葉の最高傑作は、爆売れだった。発売日から売り切れが続出し、大きな重版を繰り返して、発売から2ヶ月で7万部にまで上り詰めた。なんど重版しても売り切れが続き、まだまだその勢いは止まりそうにないが。
もしかしたら、デビュー作の売り上げを超えるかもしれない。そんな淡い期待も、現実に見えてくるレベルだ。
文也からも祝いのメールが届き、言葉はちょっと調子に乗っていた。
その調子に合わせるように筆も乗り、一作、また一作と小説が書き上がっていく。一度軌道に乗ったためか、どれもいい作品に仕上がったように思う。
しかし、まだ文也は超えられそうにない。文也の小説を初めて読んだ時のような、心の底から震えられる作品は書けていない。それだけが、心残りだった。
どれだけ売れても、自分には届かない目標が、虚しく目に映った。
言葉が小説界での人気を取り戻してから数年。
言葉の作品の総部数が、500万部に達した。
もはや、小説家としては何も言うことがない。これだけ売れれば、生きていく分には困らないのだから。
でも、やはり胸には虚しさがあった。
自分は、誰かの人生を変えられるような小説が書けたのだろうか。
そんな話は一度も聞かない。それがないことには、言葉の心は落ち着かなかった。
まだ自分は文也のレベルには届いていないという証拠だから。まだ、そんな小説家になれていないという証拠だから。
誰かを照らしたくて書いた小説が、誰にも刺さらなかった時ほど悲しいものはない。
だから、今日もまた言葉はパソコンを開いた。そしてキーボードを叩いていく。
いつか、これが誰かのお日様になれると信じて……。
僕の誕生日記念に書き始めた作品ということで書き始めた、完全に自己満足の作品が完結いたしました。当初の予定よりからは少し遅れてしまいましたが、何とかここまでたどり着くことができて安心しています。
次回作は11月10日に投稿予定です。次は甘々?なラブコメ予定です。
それでは、またどこかでお会いしましょう。
令和元年 10月26日 令和の文豪になる予定の小説家 時無紅音




