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2章 4話 エージェント

「転入なんて、一体どういうことなんだ?」

「これもリズ様が男に慣れるためだ」


 オリヴィアが簡単に答え、リズがその後を継ぐ。


「恭平くんの家に居候することだけに、甘んじるわけにはいきません。自分から何か行動を起こさないと」


 リズは男に慣れるために、こっちの世界での生活を始めたのだから、男と関わる機会は決して無駄ではない。

 だが、さすがに南条には警戒心を露わにしていた。

 夢魔の魅了が効かない俺だから、同居しているわけで、いきなり南条みたいな男はハードルが高いのだろう。


「どうやって編入手続きしたんだ? 二人は、本来はこっちの世界にいないはずの存在だろ。御影先生は同居のことを知ってたけど、それ以外は何も聞かされていないって」


 オリヴィアが淡々とした口調で、


「ここの校長を魅了の能力で籠絡したのだ。事務手続きに必要なものは、すべて偽造した」


 そんな工作してたのか。


「でも、大丈夫なのかよ。学校なんて、半分が若い男なんだぞ。この前みたいなことになるんじゃないのか」


 初めて出会ったとき、大勢の男たちに追われていたのを思い出す。


「あれは本当に事故みたいなものです。それに徐々にですが、こちらの世界に慣れるでしょうし」


 リズが言うと、オリヴィアの表情が険しくなり、


「もし何かあっても、私が命をかけてお守りする」


 目が本気だ。

 南条に余計なことはするなと、念を押しておこう。


「事情は分かった。とりあえず、一緒に生活していることは内緒にしよう。高校生は浮ついた話が何より好きなんだ。空腹の猛獣に生肉ぶら下げるようなもんだ。面倒なことになるに決まってる」


 熱弁すると、リズは素直に首肯した。


「そうですか。分かりました。ところで、あの、」


 恥ずかしそうに頬を染めるリズ。

 上目遣いで、俺を見つめ、


「どうですか? 制服、似合ってますか?」

「えっと、すごく似合ってるよ」


 黒を基調としたブレザーの制服は、初めからリズのためにデザインされたのではないかと錯覚するほど違和感なく、よく似合っている。

 ダメだと思っていても、リボンを押し上げる胸元に、視線が奪われる。


 オリヴィアが誇らしげに腕組みした。


「当たり前だ。リズ様に似合わない衣装などない」


 別にこいつの手柄じゃないけどな。


 オリヴィアもなかなか似合っている。

 スカートからすらりと伸びる足が眩しい。


 オリヴィアが半眼で睨みつけてくる。


「じろじろ見るな、気持ちの悪い。叩き切るぞ、気持ちの悪い」


 二回言った! 気持ち悪いって。


 教室からクラスメートたちが、次の移動教室のために、大挙して出てくる。

 リズが慌てて教室へ戻っていくと、オリヴィアが俺に声をかけてきた。


「おい、バカ野郎。違った、木場」

「今、バカ野郎って言ったか?」

「しまった。貴様がいないところで、バカ野郎と呼んでいることがばれてしまった」


 露悪的に天を仰ぐオリヴィア。

 いちいち、俺を小馬鹿にしないと気が済まないらしい。


「何もないなら、もう行くぞ。次の授業に遅れちまう」

「初めて会った日のことだが、」

「うちのガラス戸を真二つにしたことを謝ってくれるのか? それとも俺を真二つにするって脅迫したことを謝ってくれるのか?」

「真面目な話だ」


 オリヴィアの声に真剣さが滲んだ。黙って耳を傾ける。


「先程、貴様も少し触れていたが、リズ様が男たちに追われていただろう」

「リズのサキュバスの力が暴走したんだよな」

「いや、実は原因は別にある。ここだけの話、王城から何人ものエージェントが我々と共にこちらの世界に来ていて、水面下でリズ様の護衛をしている。不測の事態が起きた場合、私だけではリズ様をお守りすることは難しいからな。しかし、そのエージェントたちがことごとく返り討ちになっている」


 よく考えれば、王女の護衛が一人だけでは心もとないのは当然か。


「そして、彼らの調査で、何者かが作為的にあの騒ぎを起こしたということが分かった。魔道具に、夢魔の香水というものがある。魅了の効力があり、本来は力の弱い同胞のために使用されるものなのだが、それを悪用されたようだ。数少ない情報によると、敵は二人組で、素性は分からないが、なかなか優秀な手合いのようだ。我々がこちらの世界へ来た日以来、大きな動きを見せていないが、そろそろ仕掛けてくるかもしれん。我々と行動を共にしているお前にも、接触してくる恐れがある」

「はあ? 襲われるってことか?」

「敵がどの程度こちらの情報を持っているか分からないが、やつらの目的が通過儀礼の阻止であるならば、お前を襲撃したり、人質にしたりすることは充分考えられる」


 勘弁してくれよ。

 物騒な話なんて聞きたくない。

 何よりリズは大丈夫なんだろうか。


「城に帰ったほうがいいんじゃないか。要するに、誰かがリズを狙ってるってことだろ」


 オリヴィアは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「通過儀礼は非常に重大で、複雑な問題だ。私の一存で決められることではない」


 廊下の向こうで、リズが俺たちを呼んでいる。

 返事をした後、オリヴィアが心なしか小声で、


「このことはリズ様には秘匿してくれ」

「教えておいた方が、心構えができていいんじゃないのか?」

「リズ様に余計な不安を与えたくない。それに、何かあれば私がお前の命に代えても、リズ様をお守りする」

「そうか。……ん? 今何て言った?」

「とにかく気を付けておけ」


 オリヴィアはそう言い残し、リズの方へ向かっていく。


 気を付けろ、って言われてもなぁ。

 本格的に剣呑な様相を呈してきた。

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