6章 2話 メラニー
教室に戻ると、リズとオリヴィアが俺を待ってくれていた。
リズが心配そうに駆け寄ってきた。
「大丈夫でしたか?」
「大丈夫だったよ。帰ろう」
廊下の方が、異様に騒がしい。
クラスメートたちも何事だと、気にし始める。
まだ教室に残っていた藤堂が、眉をひそめた。
「おかしいわね。木場くんはここにいるし、不知火さんは来てないのに」
どういう意味だ。
不知火はともかく、俺に失礼だろ。
騒ぎに構わず、教室を出ようとすると、リズたちの様子がおかしいことに気づいた。
リズが硬い声音で、
「私たちと同じサキュバスが、近くにいます」
廊下の騒ぎが迫り、遂にこの教室にやって来た。
一人の少女が教室に入ってくる。
計算してカットされた短めの髪に、冷然とした瞳と、理知的に見えるメガネが印象的だ。
クールビューティという言葉が似合う少女で、服装もブラウスにタイトスカートという隙きのなさだ。
廊下の騒ぎは、彼女の美貌に惹かれた男たちが殺到したのが原因だろう。
「お久しぶりですね、リズ様。それとオリヴィア」
二人とは、知り合いらしい。
リズは眉宇に緊張を浮かべている。
オリヴィアが気の進まなそうに、
「久しぶりだな。メラニー」
「知り合いみたいだな」
俺が尋ねると、リズは少し答えづらそうにしてから、
「彼女はメラニー・メイザース。王城の中でも私の父である国王の支持派で、私たちとは協力関係にある派閥に所属しています」
味方だと言う割には、表情が暗い。
俺たちと同い年くらいに見えるが、偉い立場なのか?
メラニーは殺到する野次馬たちを眺め、
「ここではゆっくり話ができませんね。どこか静かな場所をご存知でしょうか」
リズは口を閉ざしたままだ。
代わりにオリヴィアが答える。
「だったら屋上がいいだろう」
「そうですか」
リズたちは屋上へ行くようだ。
俺は先に帰るべきかと考えていると、メラニーが声をかけてきた。
「あなたが木場 恭平さんですね?」
「そうですけど」
「ご同行願えますか」
リズの味方というなら、危険なことにはならないか。
俺たちは、屋上に移動した。
校内の喧騒から遠いし、人も来ない。
野次馬を排除し、屋上には完全に俺たち四人だけだ。
メラニーがリズを見据え、
「単刀直入にお聞きしますが、首尾はいかがですか」
リズは体をびくっと震わせた。
「えっと、恭平くんの家で一緒に暮らすようになってからは、以前より、その、何と言いましょうか、男の人とも上手く喋れるようになっている気がしないでもないような……」
しどろもどろのリズを見かねたオリヴィアが、助け舟を出す。
「恭平と同居するようになって、リズ様の男性恐怖症は改善に向かいつつある。少しずつだが、級友の男たちとも会話できるようになってきている」
メラニーの鋭い瞳が、さらに鋭利になる。
「では、通過儀礼はもうお済みになられたのですか? 一向にご報告がありませんが」
オリヴィアは口を噤んだ。
「私が何故、わざわざ発破をかけにきたのか。我々国王支持派は現状に強い危機感を抱いています。反体制派はいよいよ本格的に、国王の失脚を目論んでいます。リズ様不在の間、内政における勢力図は着実に変化してきました。国王はリズ様の男性恐怖症に対して、極めて寛容な態度ですが、我々はどうなるのです? 今まで国王を支えてきた者たちは立場を失い、路頭に迷うことになるでしょう。リズ様は本当に王族としての自覚がおありなのですか」
淡々と話すメラニーに、オリヴィアが語気を荒らげる。
「失礼だぞ! 口を慎め」
「そう言わざるをえないほど、状況は逼迫しているということです。それに、もしも政権が交代すれば、リズ様は王女ではなくなる」
「それ以上言ったら、容赦しない……!」
歯噛みして怒るオリヴィアをよそに、メラニーはあくまで冷静だ。
「勘違いしないでいただけますか。あくまで期待を寄せているのです。リズ様には早急に通過儀礼を完了し、一人前のサキュバスになっていただきたいと考えています。リズ様はどうお考えなのでしょうか。それを聞かせてほしいのです」
メラニーの視線がリズを射抜く。
リズはおもむろに唇を動かした。
「私は立派なサキュバスになります。応援してくださる皆さんのために、頑張ります」
「それでは今すぐ、ここで木場 恭平と粘膜接触してください」
「ふぇ?」
リズが素っ頓狂な声を上げた。
「ですから、覚悟がおありということですので、通過儀礼を今、済ませてください」
「さすがに今すぐここで、というのは」
慌てふためくリズに、メラニーは不思議そうに眉をひそめる。
「どうしてですか? 先程の発言と矛盾していますよね。覚悟がおありで、今すぐここで通過儀礼を行うことできるのにも関わらず、なぜなさらないのですか?」
冷淡な理詰めを、オリヴィアが止めた。
「あまり無茶を言うな」
「どこか無茶なのですか」
「これまで長年に渡って苦しめられてきた男性恐怖症が、そんな一瞬で克服できるわけがないだろう。逆に言えば、できるならもうとっくになさっている」
「では、いつになったら改善されるのですか。こちらの世界に来て久しいですが、いつまでそんな悠長なことを言うつもりなのです?」
オリヴィアとメラニーが睨み合うと、リズが口を開いた。
「もう少しだけ猶予をください。心の準備がしたいんです」
「もう少しとは、具体的にどれくらいの期間ですか」
メラニーが尋ねると、リズは俺の方へ向き直り、
「恭平くん、今週末、私とデートしてください。キューピッドランドで」
あの遊園地は……。
そうか、リズは知らないのか。
リズはメラニーに言う。
「そこで通過儀礼を済ませます」
「分かりました。リズ様のそのお言葉を信じます」
メラニーが承諾したことで、話が進んでいく。
リズの決意に水を差すようで、キューピッドランドのジンクスのことを言い出せない。
メラニーはオリヴィアを見て、
「オリヴィアはもう王城に戻ってください。帰還命令が出ています」
「どういうことだ?」
「あなたがそばにいてリズ様を甘やかすせいで、ここまで通過儀礼が遅れているのではないかという声が上がっているからです」
リズが珍しく、声を大にして反論する。
「オリヴィアのおかげで、私はこっちの世界でも頑張れたの!」
「事実はどうであれ、そういった意見がある以上、現状のままというわけにはいかないでしょう。これはもう決定したことです。国王も了承されています」
「そんな……」
「護衛はどうするんだ」
オリヴィアが食い下がると、メラニーはきっぱりと言い切る。
「心配無用です。私を含め、もうすでに多くのエージェントがこちらに来ています。むしろ今までより安全性は確保されるでしょう。では、話は以上ですので、私はこれで」
そして、そう言い残し、屋上を後にした。
最終章で、敵役の新キャラ出すのは、自分でも本当にナンセンスだと思う。




