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4章 5話 勝負

キャラクターの行動原理が、とにかく理屈に基づいている。

もっと分かりやすい方がいいのかな。

 藤堂の家での生活は、あっという間に過ぎていった。

 一週間だけだから、それは当然なのかも知れないけど、藤堂に与えられたスケジュールが、より早く感じさせたというのもあるのだろう。


 朝は六時に起床し、軽くジョギングした後、登校する。

 帰宅後は授業の予復習をし、それから道場で剣道の稽古をみっちり行う。


 普段の自分の生活が、いかに怠惰なものだったか、この一週間で痛感させられた。

 しかし、慣れとは恐ろしいもので、この生活にも少し順応し始めていた。


 金曜日、学校が終わり、藤堂の家に帰る。

 いよいよ明日で最後だ。


 部屋で今日受けた授業の復習をする。

 これも最初は億劫な気持ちが強かったが、案外嫌じゃなくなってきた。

 日課として続けていくのも良いかも知れない。

 そうなれば、やらないと気持ち悪くなったりするのだろうか。


 復習が終わり、今度は月曜日の予習を済ませる。

 喉が渇き、冷蔵庫に入れさせてもらっている飲み物を飲むために階下へ行くと、藤堂と鉢合わせた。


「予習復習は終わったぜ。この後道場だろ?」

「私、ちょっと外に出るから。今日はなしにしましょう」

「そっか、分かった。ちなみに、どこに行くんだ?」

「さぁ? どこかしらね」


 藤堂が去っていく。

 表情に影が差していたのは、俺の見間違いだろうか。

 その直後、名前を呼ばれ振り返ると、御影先生がいた。


「藤堂さんの家で実際に木場くんを見ると、やっぱりおかしな感じね」


 そうか、今日は藤堂の家の家庭訪問だったか。


「完全に他人事ですね」

「どう? 藤堂さんとは上手くやってるの?」

「師範と道場生ですね」

「どういうこと?」


 先生は首を傾げた。

 それはそうだよな。


「ここの家庭訪問はもう終わったんですよね。気をつけて帰ってください」

「えぇ」


 先生の表情が冴えない。


「どうかしましたか?」


 先生は困ったように顔を曇らせ、


「いや、それがちょっと藤堂さんを怒らせちゃって」


 不機嫌そうに見えたのは、そういうことだったのか。


「聞きづらいんですけど、先生、何かしたんですか?」

「私が無神経だったの。藤堂さんの男嫌いの話になってね。私、彼氏でも作ったらって言ったのよ。そしたら怒って出て行っちゃったの」

「なるほど」

「あれは、一生男なんて作る気ないって感じね」


 藤堂はどうしてそこまで、男を嫌うのだろう。


「藤堂と話してみます」


 玄関に向かおうとすると、いつの間にか、お母さんが立っていた。


「あの子は多分、道場にいると思うわ。考え事をするときはいつもそこなの」

「そうなんですか。ありがとうございます」


 立ち去る俺に、お母さんは言った。


「透子のこと、お願いね」


 道場に行くと、中央で藤堂が正座をして、瞑想していた。

 近づくと、藤堂は目を瞑り、正面を向いたまま、


「今日はなしって言わなかったかしら」

「ちょっと話がしたいなと思って」


 それには答えず、目を開け、俺に視線を向けた。


「どうしてここにいるって分かったの?」

「藤堂のお母さんがここだって」


 藤堂は小さく「そう」と呟き、


「それで、私と何の話をしたいの?」


 たぶん藤堂は、俺がどういう話をしたいのか分かっている。

 だから、前置きなく、


「リズとオリヴィアを居候させることに、初めは反対だった。俺は藤堂と同じで、保護者不在の家で、学生だけで暮らすのに抵抗があったし、基本的には今もそう考えてる」


藤堂が硬い声で尋ねる。


「どうして彼女たちを受け入れたの?」

「二人が困ってたからだよ。俺の主義は、困ってる人を放ってまで貫き通すほどのことかって思ったんだ」

「私はどうかしら」


 藤堂は思案顔になった。


「あなたと同じ立場になったとして、自分の考えを曲げることができないと思うわ」


 その表情から、その声から、卑屈な諦観が垣間見える。

 何と言ったら良いか分からず、立ち尽くす俺に、藤堂は話し始めた。


「来週、私の誕生日なのよ。そして、私の父親がいなくなった日。その日は十歳の誕生日で、そんな日に限ってなんで、って思ったわ。あれほど美味しくないケーキは、後にも先にも食べたことがない。それ以来誕生日が近づくと、憂鬱になるの」


 最近機嫌が悪かったのは、そのせいだったのか。

 俺は道場に来たことを後悔した。

 配慮が足りなかったと思ったからだ。


「お母さんは女手一つで私を育ててくれた。本当に感謝してるわ。その苦労を一番近くで見てきたから、父の軽率さがいかに許し難いものか、身に沁みて分かるのよ。この道場だって、そう。父がいなくなって、お母さんは剣道教室をやめたの」


 藤堂はゆっくりと立ち上がり、俺をじっと見た。


「明日で終わりね。木場くんはよく頑張ったわ。私の勝手に付き合わせて悪かったわね。あなたのことを誤解していた。でも、学校ではあまり騒がしくしないでね」


 淡々と言い、道場から出ていこうとする。


「まだ話は終わってない」


 俺の声が道場に響き、藤堂が振り返った。


「なに?」

「俺と剣道で勝負してくれないか。明後日の日曜日、迎えに来るから。俺が勝ったら今年の藤堂の誕生日、祝わせてくれ」


 藤堂は呆れたような口調で、


「意味が分からないんだけど。なんで木場くんが勝ったら、私が祝われるの?」

「俺が藤堂の誕生日を祝いたいからだよ」


 眉をひそめた藤堂は、ひとしきり黙考し、


「じゃあ、木場くんが負けたら?」

「誕生日を祝わない」

「なによ、それ。バカじゃないの」


 冷淡に言い、今度こそ立ち去ろうとする。


「おい、返事は?」


 呼びかけても、もう振り向かない。


「逃げるのかよ」


 藤堂の動きが、ぴたっと止まった。

 しかし、こちらは見ずに、


「それで結構よ。私は、やらないから」


 去り行くその背中に叫ぶ。


「俺は待つからな。日曜日、朝十時、お前が出てくるまで、ずっと!」


 荷物をまとめ、藤堂のお母さんにお礼を言う。

 そして、日曜日のことを話すと、


「そう。がんばってね」


 と笑って応援してくれた。

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