3章 3話 やつ
電車を乗り継ぎ、ようやく縁結び神社の最寄りの駅に到着した。
この辺りは郊外で、ビルなどの高い建物がほとんどなく、一面に田畑が広がっている。
駅から少し歩くと、山道の出入り口が見えた。
神社は小高い場所にあり、山麓からこの山道を進んだ先にある。
ただ、山道と言っても本格的な登山道というわけではなく、舗装された緩やかな上り坂だ。
だから、コンパスや地図といった登山グッズは不要だし、服装や靴も登山仕様でなくていい。
出入り口に案内の看板があり、神社までの簡単な地図が載っている。
ざっと目を通そうとすると、オリヴィアが先へ進みながら、
「リズ様、急ぎましょう」
「地図見なくて良いのかよ」
俺が苦言を呈すると、
「大丈夫だ。昨日のテレビで充分把握している。私について来い」
家を出る前から必要以上に意気込んでいるな。
裏目に出なきゃいいけど。
歩き始めてすぐ、二股の分かれ道に差し掛かった。
「こっちの方が近道だ」
オリヴィアが右の道を突き進む。
本当に合ってるのか? と思うが、口喧嘩になるのも嫌だし、ここは信用しよう。
その後随分歩くと、正面に滝が現れた。
結構な高さがあり、その様は荘厳だ。
昨日のテレビ番組でこんな場所映ってたっけ? そりゃ編集とかしてるんだろうけど。
滝に近づくと、そのそばに誰かいる。
若い女の子が、竹刀を振っている。
大きな眼鏡が見えた。
間違いない、藤堂だ。
「こんなところで何してるんだ」
ジャージ姿の藤堂は、俺たち三人を見ると、眉間に皺を寄せ、
「修行よ。ここはひとけがなくて静かだから」
「は? 修行?」
現代では聞き慣れない言葉だ。
「そう。この風紀委員伝統の竹刀で、不埒な男を叩きのめすためのね」
背筋が一瞬で寒くなる。
「あなたたちこそ、何してるのよ」
「縁結び神社のお守りを買いに行くんだ」
「ちょっと話題になってるやつね」
「もしかして藤堂も興味あるのか?」
「前日の天気予報くらい興味ないわね」
そりゃ、相当どうでもいいな。
藤堂は訝しがり、
「でも、その神社に行くのなら、尚更なんでこんなところにいるのよ。私この辺りによく来るけど、縁結び神社はこの山の反対側よ」
……ということは、序盤の分かれ道の選択が間違っていたのか。
オリヴィアは責任を感じてか、俯いたまま黙ってしまった。
遠くで雷鳴が轟いた。
はるか向こうの空に、灰色の雲が浮かんでいる。
藤堂がその灰色の雲を眺めながら、
「私はもう帰るわ。山の天気は変わりやすいから。あなたたちはどうするの? 私に付いてくれば、麓に戻れるわよ」
「ここから神社にはもう行けないのか?」
「この道を真っ直ぐに行くと、登山道に出るんだけど、その登山コースの頂上から、山の反対側への下山ルートの途中に縁結び神社があるわ」
つまり、登山コースに入り、道なりに進めば、神社に着くというわけか。
リズたちに意見を聞こうとすると、藤堂が浮かない顔をした。
「ここから縁結び神社まではかなりあるわ。それに、あなたたち縁結び神社に行くだけのつもりで来たから、登山の準備をしてないでしょ? 私はここで下山すべきだと思うわ」
もちろん、藤堂は意地悪で言っているのではない。
藤堂の忠告は、俺を説得させるのに充分だった。
「藤堂の言う通りにした方がいい」
リズに視線を向けると、静かに、しかしはっきりと言った。
「私は、諦めたくないです」
もしかすると、オリヴィアの過失をフォローしようという気持ちが働いたのかも知れない。
ずっと口を閉ざしていたオリヴィアが、
「私はリズ様に付いていきます」
「恭平くんと藤堂さんは、山を下りてください」
二人だけで先に進ませる?
俺に何ができるわけでもないけど、やっぱり心配だ。
「俺も行くよ。やっぱり、手ぶらで帰るのは嫌だし」
藤堂が念を押してくる。
「本当に下山しなくていいの? どうなっても知らないわよ」
「せっかく親切で言ってくれたのに、悪いな」
「本来なら無理にでも連れて帰るべきなんでしょうけど、そっちの二人は普通の人間じゃないみたいだから、なんとかなるでしょ。でも、本当に危ないと思ったら、あなたがしっかりするのよ」
「分かってるよ」
「ありがとうございます」
リズが藤堂にお礼を言うと、
「別にいいわよ。ただし、一つ忠告があるわ。『やつには気をつけなさい』」
「やつって誰だよ」
藤堂が固い声で呟く。
「――三日月」
「は? 月?」
「やつは強いわよ」
そう言い残し、藤堂は体を翻して去っていった。
だから、やつって誰なんだよ。




