2章 6話 出雲 彩羽(いずも いろは)
購買部の脇に設置された自動販売機に向かう。
俺とリズが仲良くなることは、リズにとっては良い傾向で、それはオリヴィアも喜ぶべきことのはずなのだが、どうも気に入らないらしい。
オリヴィアからは、リズへの偏愛が垣間見えるし、少なからず葛藤があるのだろう。
あと少しで購買部というところに、女の子が立ち止まっている。
大人びた雰囲気の妖艶とした雰囲気がある。
艶やかな長い黒髪がかんざしで結い上げられ、いくつか束になってゆるやかに垂れていて、それがやけに色っぽい。
上級生だろうか。
上履きのラインの色を見る。学年によって上履きのラインが色分けされている。
どうやら同学年のようだ。
見たことない子だが、一学年に十クラス以上あるし、所属するクラスの教室が別の階にあれば、お互い見かけないこともあるだろう。
「あの、すみません」
横切るとき、ふいに声をかけられた。
じっと見ていたのが気に障ったのかも。
立ち止まり、不安を覚えながら返事をすると、
「ちょっと手伝ってもらえませんか」
どうやら怒られるわけではなさそうだ。
かんざしの少女は、視線を自らの足下に落とした。
封のされた大きな段ボールが、台車に載せられている。
頬に手を当て、困ったように眉を寄せ、
「先生に次の授業までに、空き教室まで運ぶよう言われたのですけど、転校してきたばかりで場所が分からないんです」
オリヴィアには悪いが、お使いは後回しになりそうだ。
「案内するよ」
「力を貸していただけるんですか?」
「放っておくわけにはいかないし」
「ありがとうございます。わたくし、出雲 彩羽と申します」
出雲という少女と、空き教室に向かう。
「しかし、その先生も不親切だな。誰に言われたんだ?」
「まだ先生方の名前も把握していなくて。ごめんなさい」
そりゃ、そうか。
渡り廊下を越え、別棟を進み、目的地に着いた。
椅子が逆さに乗せられた多くの机が、室内前方に寄せられている。
他には何もない。
出雲さんが段ボールを持ち上げようとするが、まったく上がらない。
「すみません、これ下ろしてもらってもいいですか? 私では持ち上がらなくて」
「分かった」
段ボールは、結構な重さだった。
確かに、女の子の細腕では厳しいだろう。
段ボールを適当なところに下ろすと、
「力持ちなんですね。逞しい」
「いや、別にこれくらい」
お世辞だと分かっていても、面と向かって褒められると、反応に困る。
「あら、照れてるんですか? かわいいんですね」
「からかわないでくれ」
「すみません。精悍な顔立ちですのに、初心なのがおかしかったものですから」
出雲さんは口元をわずかに綻ばせ、艶然と微笑み、
「不思議な方。そして何よりお優しい」
熱っぽい眼差しで、俺の顔を覗き込んでくる。
彼女の琥珀色の瞳から逃げるように、視線を逸らす。
「それにしても、これ何が入ってるんだろうな?」
「さぁ? なんでしょうね」
俺のあからさまな話題の転換に、出雲さんは鷹揚に小首を傾げた。
そして、
「本当にありがとうございました。木場 恭平さん」
「気にしなくていいよ」
あれ、俺、名乗ったっけ?
突然、出雲さんが段ボールのガムテープを剥がしだした。
「おい、勝手に開けていいのかよ」
テープが完全に剥がれると、段ボールが震え始めた。
一体、なんだ?
「ぱんぱかぱーんっ!」
段ボールの中から小さな体の女の子が、両手を広げ飛び出してきた。
切りそろえられたショートカットの黒髪と、矮躯に不釣り合いな大きな胸が、激しく揺れる。
「中から人が……?」




