2章 5話 白旗弁当
昼休みになったが、今のところ特に問題はない。
オリヴィアの話を聞いた後で過敏になっているが、今まで何もなかったし、すぐにどうこうっていうものでもないのだろう。
転校生、美少女、というワードはいたく学生の興味をそそるようで、リズとオリヴィアを見に、学年、性別問わず多くの生徒がうちのクラスに殺到した。
彼らが知ることは、転校生が噂に違わぬ美少女であることと、その美少女が硬派気取りの強面――つまり、俺とどうやら仲が良いということだ。
それに伴い、俺の机、ロッカー、下駄箱に呪詛の言葉が書かれた大量の手紙が押し込まれた。
他には、藤堂がすれ違う度に舌打ちしてくる。
それでも、この騒動も時間の経過によって徐々に収まり、数日後には日常に帰るだろう。
昼食は、いつもは購買部で適当にパンとかおにぎりを買うのだが、今日は弁当がある。
オリヴィアが作ったのだ。
今朝リズが弁当を作りたいと言い出したときに、オリヴィアが「私がやります」と、何とか諦めさせた。
やはり、包丁や火を扱わせるのが嫌だったのだろうか。
オリヴィアは当然三人分作っているが、さすがにリズたちと机を並べて食べるわけにはいかない。
弁当箱を開けようとすると、南条が覗き込んできた。
「あれ、今日弁当?」
オリヴィアが作ったと知られると、面倒そうだな。
それどころか、同居も露見する恐れがある。
「いや、これは」と誤魔化そうとすると、
「オリヴィアが作ったんですよ」
いつの間にか、横にいたリズがバラしてしまった。
男共の視線が俺を貫く中、
「恭平くん、一緒に食べませんか?」
「いや、いいよ」
断ると、リズは残念そうに自分の席に戻っていった。
リズには後で、リスク回避について説明しよう。
リズとオリヴィアの席は横並びで、それぞれ弁当箱を開けた。
卵焼き、からあげ、プチトマト、ポテトサラダなどが見える。
色合いも考えられていて、どれもおしいそうだ。
リズたちに群がる男から、感心する声が上がる。
「うまそー」
「木場、一万で売ってくれ」
「落とし穴にはまればいいのに」
不吉なことを言うやつがいるな。
それに、女の子の手作り弁当は金じゃないだろ。
騒ぐクラスメートたちを背に、俺も弁当箱を開ける。
白一色だった。
白米だけ。
日の丸弁当ですらない。
オリヴィアを廊下に連れ出す。
「おい、どうなってんだよ。シンプル過ぎるだろ」
オリヴィアは弁当箱と箸を持ったまま、
「なんだ? 騒がしいな。食事のときくらい黙れないのか」
「弁当作ってもらっといて悪いんだが、白米だけで、あと何にも入ってねぇんだけど! 日の丸ですらないんだけど!」
「あー、あれは雪原弁当だ。深々と降りつもる白銀の世界を表現している」
「良いように言うな!」
「じゃあ、白旗弁当。お前の人生にあつらえ向きだな」
「喧嘩売ってんのか、てめぇよぉ!」
こいつ、やってくれたな!
「もぐもぐ……お前の世代は平和ボケしているから分からないかも知れないが、……もぐもぐ、ごっくん、……白米を食べられるというのは幸せなことなんだぞ?」
「食いながら喋んな!」
「ごちゃごちゃうるさいなー。あ、喉乾いたから飲み物買ってこい」
「お前人の話聞けよ! 何自然とパシらせようとしてんだよ」
オリヴィアに付いてきていたリズが、頬を膨らませ、
「もう、オリヴィア、ダメだよ。恭平くん、私のおかず分けますから」
「ありがとな」
リズと一緒に教室に戻ろうとすると、オリヴィアが眉間にしわを寄せ、
「リズ様がお優しいからと言って、あまりベタベタするなよ。早く飲み物買ってこい」
只ならぬ剣幕に圧倒され、俺はパシリの大役を仰せつかったのだった。




