1章 1話 恭平とリズ
放課後、高校から離れたところにある書店に着いた。
決して品揃えが豊富というわけじゃないし、学校の近くに、いくつか書店はある。
それでもこの店を選ぶのは、ここなら学校帰りのやつと遭遇する可能性が低いからだ。
他の客の視線を気にしながら、目的の棚に向かう。
平台に積まれた目当ての新刊を手に取り、足早にレジに持っていく。
純愛がテーマの少女漫画だ。
三白眼の男が買うものじゃない。
誰にも言っていない、俺の密かな楽しみだ。
会計を済ませると、漫画を素早く鞄に入れる。
今買ったのは、庶民の主人公と、王女であるヒロインの物語だ。
二人の間にはいくつも障害があるのだが、想い合う二人はそれを乗り越えていく。
銀髪のヒロインは控えめで、儚げで、優しく、そしてとにかく一途。
毎晩ベッドに入る前に、窓辺に立ち、星空を見上げ主人公のことを想うのだ。
最高だ。
いまどき古いと言われるだろうが、恋はやはりこうでなくてはならない。
書店を出て、帰途につく。自宅の近くで、やけに周囲が騒がしくなった。
大勢の男が大挙して同じ方向へ走っている。有名人でもいるのか?
男たちは一様に恍惚とした表情だ。まるで不思議な力に魅入られたように。
物騒な世の中だ。
ホントに何の騒ぎだよ。
早く家に帰って、買った漫画を読もう。
余計な騒ぎに巻き込まれないように、普段は通らない路地裏に入る。
細く、薄暗い道を進んでいくと、少し先のポリバケツの後ろに何かの気配を感じた。
猫でもいるのか?
近付くと、人影が見えた。
興味本位で覗く。
女の子が顔を俯かせ、怯えた様子で震えている。
長い銀髪に、小さくて、華奢な肢体。
そして、頭からは二本の角、背中からは漆黒の小さな翼、腰からは長いしっぽがそれぞれ生えている。
翼はコウモリに似ていて、尻尾は先端が矢印のような形をしている。
コスプレってやつか?
女の子が、顔を上げた。
大きなエメラルドグリーンの瞳をうるうると潤ませている。
まだあどけなさの残る顔立ちで、桜の花びらのような唇がかすかに震えている。
どこか小動物を思わせ、庇護欲をかきたてられる。
その可憐な姿に見惚れてしまう。
まるで異国の王女様だ。
ふいに女の子の唇が開いた。
「あなたは大丈夫なんですか?」
質問の意図が分からず、
「どういうこと?」
聞き返したとき、大通りからさっきの集団の声がした。
女の子は小さな体を強張らせた。
「もしかして、追いかけられてる?」
尋ねると、女の子は無言で頷いた。
「なんでそんなことになってるんだ?」
「…………」
「警察は?」
首を大きく横に振る女の子。
これでは女の子が追いかけられるようなことをしたのか、理不尽に追いかけられているのかも分からない。
女の子の頭がぐらりと揺れた。
「大丈夫かよ。病院行くか?」
女の子は再びかぶりを振った。
警察も病院も拒否するということは、何か後ろめたいことがあるということか?
そのとき、女の子の頭がもう一度大きく揺れ、
「助けてください……」
と呟いて、そのまま地面に倒れた。
何度か呼びかけるが、意識を失っているようだ。
「これは、まずいだろ」
気がつくと、表の通りの声が大きくなる。
本格的に人が集まってきている。
どうする?
放っておく?
それとも助ける?
この女の子の素性も、襲われている理由も、全く分からない。
次の瞬間、俺はほとんど無意識に、女の子を抱え上げていた。
この子が、さっき買った少女漫画のヒロインと重なったからだろうか。