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白き雪降る節分の夜に

「春樹さま、葛湯をお作りして参りました」


 しゅんしゅんと、鉄瓶から白い湯気が立ち上る、鐙子様のお部屋。穏やかで、静かな時に包まれている。


 ここに来てから、二度目の如月を迎えたうち。


 お屋敷のお決まりも、ちゃんと身についた。最初は、どうなる事やと心配したけれど、やれやれやわ。


「ありがとう」


『夏樹』様が、そう一言応じて下はります。


 弟君のご装束を、まとわれているのにも、慣れました。というよりはこのお二方、本宅に居られた頃は、


 よく悪戯半分で、お互いのお着物交換して、うちらを、よう騙して遊んではったんや。


 だから、亡くなられた弟君のお名前で、お呼びするのにも、それが決まりだと教えられると、

 なぁんも気兼ねも、遠慮もなかった。


 にこりと笑顔を見せはる、鐙子様……覚えてはらへんと、わかっているけど、絶対にそうあって欲しいと思う、うち。


 ×××××


 ……あれは初めて、ここに来た年の……節分の朝やった。


 表のお庭でうちは、寒咲きの梅の一枝を、探していたんやわ、


 鐙子様のお部屋に活けようと、蕾が着いてるのを探してたんや。


 お部屋はぬくいので、お水をきちんと、替えさえしとれば、お花が咲くんやわ。本宅でもそうしとったから。


 お屋敷の門の場所が、いちばん陽当たりがええので、そこの梅の木を眺めてたら、不意に声がかかった。


「稲葉 鐙子様はご在宅でしょうか」


 はっ?鐙子様にご用?表向きには、ご闘病中とだけ大旦那様が、ご公言されてはるけれど、


 本当は『気鬱』のお病や、お妹様のご縁談やら、お商売の事もあり、それは伏せてはらはったけど。


 ……きちんとした、お洋服を着はった、男のお方と、書生さんやろか、お供の方々、そのお一人さんがうちに、そう言ってきはりました。


「鐙子様はご静養中で、お目通りはご無理で、ございます。ご用なれば家令の、桔梗様をお呼びいたしますが……」


 こういう時、こう言いなされ、と初子様に教えてもろおた通りに、返答をかえす。


 それに対して、主とみられる男のお人は、手にしていた、包みをほどき、彼岸桜をうちに手渡してきはった。


「これを鐙子様に、お見舞いの品だと、南から取り寄せ、我が家の温室で、蕾を持たせたのですよ、あなた様の為に」


 そうお伝え下さい。と言葉をのべられると、一瞬、何故かやらしい笑みを浮かべると、頭を下げ、お供のお方と、それではまた、と帰っていかはった。


 うちは、とりあえず桔梗様に、事の顛末を話すと、難しいお顔をされた後に、


 困ったもんや、と言いながら、そのお花は鐙子様へお渡しになってもええ、お花には罪は無いから、と言わはりました。


「それと、春樹様に本宅から、大旦那様の、お手紙が届いてる、とお伝えしておくれ」


 そう伝言を受けとると、うちはお部屋にそれらをお持ちしました。


 ×××××


 ……しんしんと、白く雪が降り続いて、音を消していく、節分の夜。静かに、闇の色に白が生きる……


「……秋子、起きてるか?」


 鐙子様がお休みになり、うちも与えられたお部屋へと下がり、大奥様にしつけられた、手習いがてらの日記を書いていると、廊下から初子様のお声がかかりました。


 はい、とうちは慌ててそれらを片付けると、障子をあけて、初子様をお迎えしました。


「悪いのやけど、少し来てほしいんや、ぬくうに、こしらえてな」


 と、顔を強ばらせてはる、初子様。うちは理由も聞く間もなく、言われた通りにこしらえて、初子様の後をついて行きます。


 染み入る冷たい夜半の空気、ひゅうと風の音も聞こえます。どうやら、外は雪が降り続いている様子。


 静かにな、と鐙子様の、お居間の傍らにある、小部屋へと入ります。それに続くうち。


 中では、春樹様が白いお寝巻きに、羽織をはおつって座ってらした。


「大旦那様には……ご恩はありますが、どうなされるお考えなのやら……」


 初子様が座りながら、そう洩らしはります。それに対して『春樹』さまは、


 仕方ない事や……本来ならば、鐙子様も私も『春樹』の元へと、大旦那様の手で、送られていても、仕方ない事や、


 それにならずに、こうして生きてられるのは、大旦那様初め、皆様のご恩情有ればこそや、ならば役に立てと、言われる事は当然な事……


 とそう呟きました。重い冷たい冷気が、凝り固まった様なお部屋。小さい火鉢に赤く、炭がいこってますが、何故かぬくうに感じません。


 ……三人、黙って座っておりました。どれくらい時が過ぎたのか、わからしません。黙して過ぎる時。


 外のしんしんと、降りしきる雪の音だけが聞こえて来るような、静けさや……うちがそう思った時


 さきゅ、と中庭で雪踏みしめる音を聞いたような気がした……誰や?ここに、こないな雪の夜に来るようなお人は、おらへん、


 うちが問いかけようとすると、初子様が外からわからぬ様に、外に面している障子を細く開けると、うちを呼ばはります。


「見や、あのお方さん達や、知ってはるやろ」


 そろっとな、そう言われながら、ちらりと雪明かりの中に目にしたのは、今日お花を持ってきたお方達やった。


「鐙子様を手にいれようとされてる、東の通りの、商人さんの総領息子さんや」


 忌々しげに、そう言わはりました。そのお答えで、うちは出会った時の、何ともいえん嫌悪感がわかりました。


「うちでも知ってます。お安く買い叩いて、お高う売りはる、あこぎなお(たな)さんやと、聞いております」


 そんなお店の跡取りさんが、何のご用なんやろ、雪の夜に、おかしいこっちゃ、確かに


 また、とは言わはったけれど……


 とうちが、訝しげに眺めていると、春樹様が近づき、うちの耳元でひそと囁きました。


「……アレはな、稲葉の家の商売敵や、そして、稲葉の家に、入り込もうとしてるんや」


 はっ?どういう事?うちは春樹様『夏樹様』に目を向けました。それに答えてくれはります。


「稲葉の家は、聡子様がおつぎになられる。鐙子様では無理。しかし鐙子様の婿と、なられたら……生涯遊んで暮らせるんや」


 それを狙ってな、バカな輩がこうしてくる。しかし、ここには普通の者は入られへん、そうやろ、と言われたので、うちはうなづきます。


 表をお通りになろうとすると、桔梗様に出会わぬように、しなければなりむせん。


 桔梗様達は、そのなりとは裏腹に、武道を極めてられるお一人。


 そして、配下の残り二人もお稽古するところを、目にすると、お強いやろなぁ、といつもそう、思うてました。


「そうや、おかしいやろ、桔梗達が玄関に詰めとるのにやで……」


 そのお声にうちは、そうや何故に、ここまで来れたんやろ、おかしいわ、と思いました。


 ……さきゅ、さきゅ、と踏みしめながら、近づく音。


 お二人共に、動こうとなさりません


 うちは、どうしたらよいのやら、途方に暮れとりました。


































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