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北のお屋敷の鐙子様

 明けて翌朝、道はうっすらと白粉はたいている、睦月の雪の朝。


 うちは桔梗様と、北のお屋敷目指すために、町中にある、これ迄育ててもろおた、稲葉の本宅を後にしました。


 少し買い物を……と桔梗様が言わはりますので、道中寄り道をしてから、向かうようで、


 うちはめったに市へと、行ったことあらへんので何や嬉しゅうて、自然に笑顔になってるし


 おまけにそこに着くと、はしたのお、思いながらも、あちこち見るのが、忙しゅうなってしもおた。


「面白いか、秋子は外へは出ん、奥仕えやからなぁ」


 そんなうちを、笑い顔で見はりながら、桔梗様が訪れはったお店(おたな)は、とってもええとこやった。


「わぁ、桔梗様、きれいやわぁ」


 うちは店先に並べてある、それを見ると思わずそう言ってしもおた。


 もちろん見たことも、食べた事もあるけれど、こんなにいっぺんにならんだの、初めて見たんやもん。


「鐙子様にお土産や、そうや、秋子が選んだらええ、好きなのお選び」


 優しゅうにそう、言ってくれはったんで、うちはどれにしよ、と悩んで選んでいると、


 桔梗様も、寒い季節やさかいにな、と、色とりどりのあめ玉を選んで、袋に入れてもらいはってた。


 うちは、目移りしながら今は睦月、寒梅、水仙、寒牡丹、ももいろや、きいろい練りきりを


 そしてお日持ちする、梅の形や、白い雪の紋様の落雁なんかを選んだんやわ。


 こんなこと初めてだったので、どきどきしてしもうた。


「上手に選びはったな。合格や、干菓子を選ぶのはさすがは、大奥様のおしつけやな、よう勉強してはるな」


 うちが選んだそれを、包んでもらいながら、桔梗様が誉めてくだはりました。そして


 そや、秋子どれか、お一つあめ玉お選び、と言わはります。


「桔梗様?おひとつ?どうしてなん?」


 うちは、意味がようわからんかったから、とりあえずお聞きすると、それはな、と笑いながら、悪戯そうに言わはりました。


 こっそり、二人で先にお味見しようや、と桔梗様がお先に、私は黒砂糖のを、と手渡してもろおてます。


 えー!どおしよ、ガラスの瓶に入ってるあめ玉はたくさんお色があって、うちは悩んでしまう。そこで思い出すのは、大奥様と一緒に食べたお味


 透明な甘い飴の中に、すい梅干しの叩いたのが入っとおの、


 これは舐めているうちに、中味が出て来て面白しろおすなって、二人して(わろ)おたお味……


 ×××××


 二人して、あめ玉を舐めながら歩きました。お外で、こんなこと初めてやわ、とうちは思います。


 そしてそれも終わった時に、桔梗様が北のお屋敷のお決まりを、色々教えて、くだはりました。


「ええか、知っての通り北で、お花のお名前は|男仕(おとこし)や、下働きの女仕(おなごし)さんは、三名いはるけど、料理番共々、皆通いや」


 北は御来客も、鐙子様が、お病やから、あらしませんしな、ご静養されとりますゆえ……


 それに私達も、自分の身の回りの事は、しますさかいに、秋子もそうでっしゃろ?と歩きつつお話されます。


 はい、と返答するうち。ならば夏樹様は、鐙子様のお側に、いはるんやろか、と思うてたら、桔梗様がこう言いはりました。


「秋子がお仕えする、鐙子様には初子様と、もうひと御方様が、お仕えしてはる。そのお方様の事は『春樹様』とお呼びするようにな」


 ×××××


「お久しゅうございます。初子様、秋子でございます、これから、一生懸命、お務めさせてもらいます。よろしゅうお願い申します」


 はい、よぉ出来ましたな。とお乳母様の初子様のお部屋でご挨拶をしたうちを、そう、誉めてくだはりました。


「はい、秋子、お久しゅう、一年ちょいと見ん間に、お背が伸びはったな、おきれいさんにならはって」


 では、鐙子様のお部屋に行きまひょか、と初子様と共に、ご静養のために、離れにお居間を誂えて、お過ごしにならはってる、御方様の元へと向かいます。


「ええか、詳しく事はそのうちわかる。北のお屋敷で、こうしてお声を出すのは、今迄は私だけやったけど、これからは秋子もや」


 お部屋へ向かう為に、お庭を取り囲む縁側を歩きながら、そうお話にならはる初子様。


「鐙子様のお心のお病の為に、そういう決まりになっておる。それと今から、お目もじ掛かるけれど、お名前は名乗っては、あきまへん、稲葉の頃の、春樹様が生きてはる頃をなるべく、思い出さない様に、ちなみに私は初子やのうて、ここでは『ばば様』と呼ばれておる」


 ……はい、と初子様に『ばば様』ほんとに、みな忘れてしまいはったのかと、お可哀想にと思いながらに、返答をする。


 鐙子様は、お心が何処かに、逝ってしまわれとるって、大奥様がそう、言ってはった。


『あの事』で、男のお姿のお人を、えろお、怖がり、怯えはるって……


 だから、ここにお仕えしてはる『桔梗様』『楓様』『朝顔様』皆お振りに、海老茶の袴のお姿や。


 お声も、そう言えばあまり聞いた事が、あらへんなぁ、こちらには何回か、大奥様のお供で来させてもろおてるけれど……


 そんな事を話してもろおたり、考えたりしながらお部屋へと、たどり着きました。


 そう言えば、夏樹様は何処に居らはるのやろ、そして、お側にいてはる『春樹』様は、誰なんやろ、


 気になり、初子様に御聞きしようと、とした時には、もう戸の前に来てしもうとった。諦めなあかへん……


「失礼いたします」


 初子様が座り、戸を引きます。うちは後ろで、頭を下げて控えとりました。


「鐙子様、春樹様、この度、奥にお仕えする者です」


 さぁ、お入りと初子様が誘うので、失礼しますと、お部屋に入り、戸を閉めました。


 中庭に面した離れのお座敷、表からは奥まった場所にあります。


 火鉢に墨が赤々と、いこり、鉄瓶のしゅんしゅん、白い湯気、ほわりとした温かな鐙子様のお居間。


 そして、中庭に面するよう日が当たる縁側で、安楽椅子にゆったりとお人形さんの様に、いてはるのが鐙子様。


 膝掛けが、足元へ落ちてるのも気にもせずに、ほんわりと座ってはる。


 うちはそれに気が付くと、慌ててそれを鐙子様のお膝にお掛け直した。


「……ばば様」


 鐙子様がふと、そう言いはりました。ぼんやりと焦点が、合ってない様なお目の色。


 初子様のお声かけも、届いてはらへんのやろな。


 お声をお掛けしながら、初子様がこちらに、来はりました。


「今日から、ばばのお手伝いをしてくれる、そう『こはる』と、ばばも年ですよって」


 それに対しても、なぁにも、お返事はあらしません、座ってはるだけです。

 


 ――お人形さんの様にきれいな、きれいな鐙子様、一年ちょいと前迄は、うちを妹の様に可愛がってくだはっていた、鐙子様。


 お可哀想に、お可哀想にと、その時、うちは思いました。


 なぁんも思わんと、なぁんも知らんと……そう、思いました。


 睦月の穏やかに午後のお日さんが、よう当たる縁側、お人形さんの鐙子様。


 何故にうちが、選ばれたのか、何故に終生を、お約束せな、ならんかったのか、



 この時はご病気だからやろう、としか思おとりませんでした。

 


 なぁんも、知りませんでした。ほんとに、なぁんも。そして、月が代わり……



 ……うちは生涯かけて、お仕えしよう、お支えせんならん、お二人に……仏様は、居らはるのやろうか。



 それから如月に入り、そう思う事が起きるとは、それを目にするとは、



 この時は、なぁんも、知りませんでした。












































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