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その1

 

 ……ここは?


 重たい瞼を持ち上げると、ぼやける視界には灰色の壁と床。咽かえりそうな湿った濃い血のにおいが鼻につき思わず顔をしかめる。部屋を見渡す限り、ここはどこかの地下牢のようで、壁にはあらゆる形状の器具が並び、壁に染み付いたどす黒い血の汚れも相まって拷問部屋のようにも思える。


「ぅ……ぉ、ぁぅ」


 のどが痛み、声が出ない。痛む体を動かすと壁に繋がる鎖が音を立ててわたしの首を引っ張り自由を奪ってくる。


 どうしてわたしはここにいるのだろうか? 

 この部屋に来るまでの記憶がポッカリと抜けている。おそらくだが誰かに拉致されたのだろうけど、人に襲われる理由に全く心当たりがない。何より近くには殺人鬼ともっぱら噂の師匠もいたはずだし、わたしも襲われれば寝ていても気づく自信はある。


 拷問されるようなことしてないと思うんだけどな~


 昨日は確か……師匠のお願いを聞いて模擬試合をしたんだったな。あの師匠相手に何とか食らいついていけたと思うんだけど……

 もしかしてわたしが気絶しているときにさらわれたとかかな? それならまだ可能性があるか。試合後なら師匠も疲れていたのだろうし、強盗に逃げられるのも仕方がないかもしれない。


 手の届く位置に硬いパンとスープのようなものが置いてあるのを見つけたので、それを手に取りながら既に血で汚れている自分の体を確認してみる。が、明らかにおかしい。腕を上げてみると、以前は獣さえも簡単に絞め落としていた自慢の腕は見る影もなくやせ衰えており、まるで木の枝のような細く頼りない腕が伸びていた。長年の修行により刻まれていた傷跡も無くなっており、逆に皮膚の表面は激しい拷問後であるかのように大量の血液が付着して固まり、汚れていた。


 元の艶があった黒髪も血をかぶり乾いたせいか、触れるとパキパキ音がする。伸びていた髪も肩にかからない程度に無造作に切られていた。

 服は腰にだけ茶色い布が巻かれており、胸の主張もわたしとは別人と思えるほど控えめになっている。布はいつから洗っていないのだろうか血と汗で湿っており、これもかなりのにおいを放っている。


 まるでわたしじゃ無いみたいだ。


「う~ん、まるで子供になったみたいだね~」


 置いてあった食事のおかげで少しは声を出せるようになったが、その声もいつもより高い。とりあえず、体の動きを制限している壁に繋がっている首輪を外そうと試みる。


 ゴトンッ!


 両手で冷たくなっている金属の首輪を握りガチャガチャと引っ張ってみると、予想に反して簡単に左右へと別れた。壊れた首輪は重力に従い、音を立てて地面へと落ちる。


 ッ!!


 その瞬間、頭が割れるような強い痛みがわたしを襲い、我慢できずに頭を抱えて地面にうずくまってしまう。そして誰ともわからない少女の記憶が頭の中に流れ込み、私の魂とそれが融合していく。なに言ってんの? と言われそうだけどそうとしか表現できないし。


 それは温かな家庭で魔族と呼ばれる両親と幸せに暮らしていた少女の記憶。家が燃やされ知り合いが燃やされ、誘拐されてこの部屋に監禁されてから数年。人間に器具で体に穴を開けられ、眼球をくり抜かれて、そして薬品によって回復させられる。毒を流し込まれ、全身を燃やされて回復させられる。泣きわめいても許されず、死ぬことも許されず、なぜ自分がこんな目にあっているのかもわからない。終わることのない拷問を受けながら生きていく地獄の日々。


 そんな少女の記憶が一気に押し寄せ、私は耐え切れずにその場で胃の中のものを吐き出してしまった。


「あぁ~、せっかくの食事が~」


 そんなことを言いながら、口元をぬぐい今流れてきた記憶について考えてみる。


「今の記憶はこの体が体験したものかな。この部屋の記憶もあるし。でも私にこんなひどい思いではないよ。自己防衛のために今まで忘れていた可能性もあるけど、わたしが生きてきた記憶は確かにある。てことはわたしがこの少女の体に取り憑いたってことかな?」


 だとすると私の体はどこに行ったのかという疑問が残る。


「もしかしてわたし……師匠に殺された!?」


 いや、あの師匠ならその可能性は大いにある。久々の師匠との手合わせだったし、そこからわたしの記憶もないし。

 まあ、人はいつか死ぬんだし、わたしは負けて自然にかえったというだけだ。死んだわたしが悪い。もし本当に殺されているのなら師匠にはわたしの死体を土葬はしておいてほしいな。


「わたしが師匠に殺されてしまったと仮定すると、未練を残したわたしの幽霊が頑張ってこの体に取り憑いてこの体を操っているということになるね」


 体の元の持ち主が拷問中に死んでしまって、そこを乗っ取ったという形かな。この娘、随分と不憫な人生を歩んでるね。まあ、どうでもいいけど。

 よくわからないままだけどとりあえず生まれ変われたわけだし、生き残るためにもこの部屋から脱出しよう。

 首輪が外れたことにより自由に動けるようになったので、早速部屋の中を見て回るために立ち上がる。以前の慣れ親しんだからだと違うため動きづらい。そのうえ、少女の数少ない筋肉がもれなく凝り固まっており、栄養不足も相まってフラフラである。


「まあ、なんとかなるさ~」


 一歩一歩確認しながら、出口へと向かう。正面にあるこの部屋唯一の扉が開かないかいろいろと調べてみたが、外からカギがかかっているらしく開けることができない。記憶の中では白衣を着た男たち、拷問官、というよりは研究員のような男がカギを持っていたはずだ。


 その扉の横には大きな薬品棚。いかにも怪しそうな色とりどりの薬品が並べられている。棚の手前には血しぶきがこびりついたように汚れている木製の机とイス。机の上には紙の束でできた本が置いてあった。


「ふむ。なになに?」


 イスに腰掛けて、その分厚い冊子を手に取る。汚れた本の表紙にはシンプルに『魔族の生体反応調査』とだけ書かれており、右下には小さくNo.21と書かれている。拷問日誌という感じだろうか。この日誌は既に二十一冊目ということだろう。朝顔の観察日記みたいなものかな。対象はわたしだけど。


 それにしても、記憶が混じったおかげか、これまでに見たことのないような形の文字が読めるようになっている。それに知らない文字といいこの少女が魔族という存在といい、ここは日本ではないと思っていたが、どうやら地球でもないような気がしてきたぞ。眼球を何回もくり抜かれた記憶があるけど、その度に薬で元に戻っているし。


 表紙を開いて内容を確認していく。内容は予想通り日誌のようなものになっており、実験の個人的な感想や私的なことも書かれていた。上への報告書とは別のものかもしれない。

 難しい単語は除いて、気になる部分を読み進めていく。


「……うん? スキル?」


 ページをめくっていくうちに何回も出てくるある単語に引っかかってしまう。意味合い的には日本でやったことのあるゲームのように少女の持っている能力という感じで使われているが、日誌の内容はひどいものだった。


「スキルで作られた魔眼? を素材として採取するために一日六個の摘出がノルマか……。そのためにここに監禁されていたのか」


 まあ、目的もなしに何年もの間少女を監禁はしないだろう。


「その素材のついでで、魔族の体が丈夫なことをいいことに拷問によって未知のスキルを発見する……か。興味好奇心のために拷問されちゃったのか~」


 そのままそのまま読み続けて、昨日分のページに書かれていた『実験成功』の文字まで読み終えてから日誌を閉じる。


「よし、とりあえずはこの国の王を殺しにいこう」


 この実験の主催者、というかスポンサーが国王らしく、薬品棚に並べられている禍々しい色をした薬品たち、眼球の損失すら治せる『最高級回復薬』やそのほかの毒薬類は国が金を出しているようだった。日誌には国王への感謝の言葉が書かれていた。

 わたしには特に今後やることも決まっていないし、それを目標にのんびり生活するのもいいかもしれない。今のわたしはこの少女の記憶と混じり合ったせいか、人間への結構強めな復讐心を持ってしまっているし。


「じゃあこの娘の成仏のためにも、国王を殺しに行くか~」


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