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第九話 モヤモヤはカレーパンで解消

 今日は金曜日、あれからもう三日も経つ。

 健太との仲はまだギクシャクしたままだった。

 無視するようなことはないが、早瀬さんが側にいると紗也香の方から一歩引いてしまっている。

 最初は涼子たちも気にかけてくれていたが紗也香の煮え切らない態度に呆れてしまったのか、もう何も言わなくなってしまった。


「はあ、わたし何やってるんだろう?」


 自分でもわかっているのだ。

 らしくないということは。


 でも、早瀬さんのように自分の気持ちを正面からぶつけることなんて紗也香には出来なかった。

 それ以前にわたしは健太のことが好きなんだろうか? 


 幼馴染みなんだから好意はある。

 けど、それが恋愛感情なのか? 

 と言われると……。


 そんなことを考えているから彼女に対してどうしても強く出られない。

 そんなモヤモヤした気持ちで横を見ると


「健太さん。あ~~ん」


「やめてよ。ありさちゃん」


「この間、美味しいって言ってくれたからまた作ってきたんですよ。……やっぱり、お口に合いませんでしたか?」


「そんなことないよ。美味しかったよ」


「じゃあ、あ~~ん」


「……あ~~ん。モグモグ」


「美味しいですか?」


「うん」


 健太は恥ずかしそうに頷いている。

 なんなんの。このアマアマな雰囲気は。

 紗也香のこめかみに怒りのしわが浮かぶ。


 そんな紗也香に気付いて健太が冷や汗を垂らしていた。


「あの、ありさちゃん。こう言うことは……」


「今度はこっちの卵焼きはいかがですか? はい。あ~~ん」


 早瀬さんは紗也香のことに気付いていないのか今度は卵焼きを健太に勧めている。

 紗也香はそんな二人を見ていられなかった。


「……ごちそうさま」


「あら? 星野さん。今日はもうよろしいんですか?」


「食欲がないの」


「それは大変ですね。どこか体調でも悪いんですか?」


「大丈夫よ」


 と作り笑いで答えてから廊下に向かう。


「紗也香!」


 健太も立ち上がって紗也香を追いかけようとしたが早瀬さんに止められた。


「健太さん。まだ、お食事が終わってませんよ。しっかり食べないと。さあ、あ~~ん」


 彼女の声に振り帰りそうになったが、その想いを振り切って紗也香は教室を出ていく。

 どうやら健太は追ってこないようだ。

 席につくのが気配でわかった。


 早瀬さんの「あ~~ん」と言う声が背中越しに聞こえてくる。

 健太は彼女の強引さに負けたのか「あ~~ん」と答えていた。

 甘い卵焼きでも食べさせてもらっているのだろう。

 そんな光景が見ていられなくて教室を出てきたのに二人が仲睦まじく食事をしている姿が頭にこびりついて離れなかった。



=============================



 午後の授業の始まりを告げるチャイムが鳴るのを待って紗也香は教室に戻った。

 健太が浮かない顔でこちらを見ている。

 自分の席に着くには健太の側を通らなくてはならない。

 紗也香は一瞬だけ躊躇ったがそのまま歩みを進めた。

 通り過ぎようとした時、健太の手が伸びてくる。

 そこにタイミングよく先生が入ってきた。


 「授業が始まるから」と言って拒絶するかのように紗也香はその手を振り解いていた。


 それからは健太の方は見ていない。

 もう頭の中がグチャグチャだ。

 あんな風に邪険にする気なんかないのに。

 もう、頭が痛くて、息苦しくて、ボオっとしてきて……。

 あれ? わたし――。


「おい、紗也香……、紗也香、どうしたんだ? おい、紗也香!」


 健太の声が遠くに聞こえる。

 あんなに大きな声をあげて何を焦っているんだろう?

 そんなことを考えながら意識がスウッと遠のいていった。


「ここは?」


「よかった。気が付いたんだ」


「健太?」


「健太? じゃないよ! もう、びっくりさせるなよ」


「わたし、どうしたの? ここは……」


 紗也香は自分がベッドに寝かされていたことにやっと気付いた。

 ここは保健室なのだろうか。

 カーテンに閉め切られた静かな空間には健太と紗也香の二人しかいない。

 消毒液の匂いが鼻についた。

 紗也香が起き上がろうとすると健太に止められた。


「まだ、無理するなって。授業中に倒れたんだぞ。保健の先生は寝不足と空腹からくる、ただの貧血だから寝かせとけば大丈夫って言ってたけど……」


「そう言えば、今日、朝から何も食べてないや」


「パンならあるけど食うか?」


 そう言ってカバンの中からカレーパンを取り出して紗也香に投げる。


「いいわよ」


「いいから、黙って食えって!」


 いつになく強引な健太に押されて紗也香はカレーパンに口をつけた。

 コンビニに売っているような普通のカレーパンだったのにすごく美味しく感じた。

 さらに一口、もう一口と食べていると、あっという間になくなってしまった。

 中途半端な量を食べたせいか、急激にお腹が空いてくる。

 それを証明するかのようにお腹が「クゥ~」っと可愛らしい音をたてた。

 健太は笑いを懸命に堪えている。


「もう一個あるけど食べるか?」


「……ありがとう」


 紗也香はもう一個のカレーパンを奪うように受け取って、これもまたペロリと食べてしまう。

 その食べっぷりに健太は苦笑しながら


「お前、どんだけ腹空かしてんだよ」


「うるさいわねえ。あんたこそ、なんでカレーパンが二個なのよ。普通、同じものを二つも持ってる?」


「うっさいなあ。オレはカレーパンが好きなの」


「本当にあんたは変わんないんだから」


 紗也香の目から涙が溢れていた。


「紗也香?」


「なっ、何でないわよ。ちょっとむせただけ」


 紗也香が顔を逸らすと健太はそれ以上何も言わなかった。

 そして、再び沈黙が訪れる。


 どれくらい寝ていたのかわからないが校舎内は静まり返っていた。

 耳に入ってくるのは妙に耳障りな時計の針の音とグラウンドから聞こえてくる運動部の掛け声くらいだ。


「……紗也香」


 その声に振り返ると健太がこちらをジッと見詰めている。

 こんな真剣な顔をした健太は滅多に見られない。

 紗也香はそんな健太を見詰め返した。


 不思議な緊張感が漂っている。


 これから何が起こるか不安で紗也香は逃げ出したくなった。


 だが、まだ体調が悪いのか身体が言うことをきいてくれない。


 しばらくして健太が覚悟を決めたようにその重い口を開く。

 なにを言うんだろう?

 聞きたいような、

 聞きたくないような。

 紗也香は半ばパニック状態だった。


 それでも健太から目を離さない。

 緊張で身体中に力が入る。


 そして……「クゥ~」とお腹が鳴った。


「……あははははは。普通、二度もお腹が鳴るか?」


「うっさいわねぇ! そんなに笑うことないでしょ!」


「いや、普通、笑うって。あははははは」


「もう、黙りなさいよ。バカ健太!」


 紗也香は頬を紅潮させて健太をポカポカ殴っていた。

 殴っている内に段々おかしくなってきて、怒っていたはずなのに大笑いしている。

 健太も叩かれながら笑っていた。

 それでスッキリしたのか、わだかまりのない、いつも通りの口調で紗也香は聞いていた。


「なに? なにか言いたいことがあるんでしょ?」


「早く言おうと思ってたんだけど――」


 その前置きに紗也香の胸がキュッと締め付けられた。

 不安で瞳の奥が揺れる。

 しかし、健太は紗也香の気持ちに気付かず言葉を続けた。


「明日って何か用事ある?」


「えっ?」


「ありさちゃんに買い物に付き合って欲しいって言われたんだ。気軽に引き受けちゃったんだけど、よく考えたら女の子がいくような店ってあんまり知らないから」


 健太は恥ずかしそうに頭を掻いていた。


「それって健太の家で食事した時に誘われたの?」


「そうだよ」


 健太は何でそんなことを聞くんだろうと言う感じで訝しんでいた。

 なぁんだ。「付き合ってもらえませんか?」って、買い物に、ってことだったんだ。

 紗也香は何日も一人で悶々としていたのがバカらしくて吹き出してしまった。


 そんな紗也香を不思議そうに見ていた健太だったが、バカにされているとでも思ったのか「なに笑ってんだよ」とふてくされたように口を尖らせていた。

 そんな仕草がまた紗也香の笑いを誘う。

 夜の静かな校舎を紗也香の笑い声がいつまでも響いていた。



=============================



 ありさはドア越しに二人のやり取りを聞いていた。

 いま割って入らないと手遅れになる、そんな気がした。

 だが、そこに入り込む勇気は流石になかった。

 ありさはそっとその場から離れる。


 うちに帰ってきてテレビを付けても、本を開いても健太のことで頭が一杯だった。


「わたし何か間違ってたのかなぁ?」


 そう呟いて、見るともなしにファッション誌をペラペラめくる。

 もう何度、目を通したか分からない『意中の男性を落とす一〇のポイント』なんて特集ページで手を止めていた。

 よくよく見るとこの手の恋愛マニュアル本がゴロゴロしている。

 ファッション誌の特集号から少女漫画、果ては大人向けの男性誌まで、幅広く取りそろえられていた。

 でも、本を読んで得た知識などなんの役にも立たないことをありさは痛感していた。


 もう、何をしていいのかさっぱり分からない。

 ありさは大きな溜息をついた。

 その時、携帯の着信音が鳴った。


 ありさは胸を高鳴らせる。


 まだこの番号を知っている人はほとんどいない。

 それにこの着信音は健太さんのものだ。


 ありさは慌てて携帯を操作した。

 画面にメールが表示される。

 その文を読んでありさは肩を落とした。


『明日の買い物だけど紗也香が一緒でもいいかな? 僕じゃ女の子が好きな店とかわからないから』


 簡潔な内容だった。

 健太さんが気を遣って彼女を誘ったのはわかる。

 わかるけど、せっかくのデートなのに他の女の子を誘うなんてデリカシーにかけるのではないだろうか……。


 はあ、勝手に盛り上がっていたのはわたしだけだった見たいね。

 ありさは自嘲的に笑っていた。

 わたしってそんなに魅力がないかな。

 そんなことを思いながら、ありさは重い息をはいて明日着ていく服を選ぶためにクローゼットの前に立った。


「健太さんの好みってどんな格好かな?」


 夕暮れ空に教会の鐘の音がこだましている。



誤字脱字報告、感想など頂けたら嬉しいです。

次回更新は8月6日19時を予定しています。

お楽しみに


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