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第七話 健太の家に美少女がいる風景

 紗也香の前を健太と早瀬さんが二人並んで歩いている。

 話しているのはほとんど健太だったが早瀬さんはそれを楽しそうに聞いていた。


 内容は主にこの町のこと。


 引っ越して間もない彼女にあれは商店街で買った方がいいとか、

 これはスーパーで買った方がお得だとか説明している。

 日頃、買い物なんてしないくせに、と思わず皮肉を言ってしまいそうだったが、とりあえず、心の内にしまっておいた。


「紗也香……紗也香?」


 いつの間にか呼びかけられていたみたいで紗也香はハッと我に返って顔をあげる。


「なに? なんか用?」


「ああ、この辺でいい店ないかって話なんだけど……大丈夫? さっきから変だぞ」


「そんなことないわよ。普通よ、普通」


「そうか? それならいいけど……」


「じゃあ、わたしこっちだから、また明日ね」


 ちょうど分かれ道に差し掛かったので、紗也香は早瀬さんを意識しないようにわざとらしいほど明るい声でそう言って角を曲がろうとした。


「えっ、うちに寄っていかないの? 紗也香の分も母さんに頼んじゃったのに」


 健太は紗也香が来ないことに困惑しているようだった。

 さっき、家に電話をした時に紗也香の分の夕食も頼んでいたみたいだ。

 紗也香は、「聞きもしないで、なんでそんな勝手なことをしてんのよ」と口にしながらも、心の中では別のことを考えていた。

 頬がゆるんでしまっているのがその証拠である。

 健太は紗也香の口調にわずかに後ずさりながらも言い訳していた。


「だって、いつも、誘わなくても来るじゃないか」


「そんなことはいいのよ。もし、わたしに用事があったらどうすんのよ。せっかく美咲さんが作ってくれたご飯が無駄になるじゃない。答えがわかっててもそう言うことは確認するものなの。わかった」


 健太はシュンと肩を落として「はい」と頷いている。

 「なんで、オレが怒られなくちゃ」とかブツブツ言っていたが紗也香が睨むと言葉を濁してしまった。

 そして、オズオズと言った感じで紗也香に聞いてくる。


「それで、結局、どうするの?」


「……しょうがないわね。食材が無駄になったらもったいないからいってあげるわ」


「別に、余ったらオレが食べるからいいんだけど」


「なにか言った!」


「なんでもありません……」


 健太はそれ以上、突っ込んでこなかった。

 それを確認してから紗也香は満足そうに笑うと健太と横に並ぶ。

 日が傾き、空が赤く染まり出していた。

 そんな夕焼けの中、紗也香は健太に笑顔を向ける。

 すると、その向こう側にいる早瀬さんまで視界に入ってきた。


 今日転校してきた。美しい少女。

 健太の祖父、比呂さんの知り合いだと言う少女。


 紗也香は漠然とこの娘の存在に不安を感じていた。

 いまはまだそれがなんでかはわからない。

 ただ、胸のあたりがもやもやする。


 紗也香はその少女に視線を向けたが、逆光になっていた為にその表情までは見ることは出来なかった。



=============================



「お邪魔します」


 紗也香は自分の家のように健太の家の門をくぐり、玄関を開けた。


「いらっしゃい。紗也香ちゃん」


 パタパタとキッチンから出てきて美咲さんが迎えてくれた。

 そして、彼女は目聡く紗也香の後ろにいた少女を見つけた。


「あら? かわいらしいお嬢さんね。あなたがありささん?」


「はい。今日、健太さんと同じクラスに転校してきました。早瀬ありさと申します。健太さんとは席が隣でいろいろお世話になっていまして、今日は突然、お伺いすることになってしまって申し訳ありません」


 緊張しているのか、早瀬さんの反応はちょっとぎこちなかった。

 それでも紗也香の目からすれば十分礼儀正しく受け答えをしており。

 それに比べて自分はと言うと……。


 健太より先に勝手に玄関を開け上がりこみ。

 美咲さんへの挨拶もそこそこに自分専用のスリッパを引っ張り出している。


 こっ、これは初対面と顔なじみの違いなのよ。

 そうよ。毎日、来てるんだから、お客様とかじゃなくて身内みたいなものなんだから。

 だからいいのよ、と言い訳しておく。


 そんな紗也香の葛藤を他所に二人の挨拶は続いていた。


「あらあら、いいのよ。そんなにかしこまらなくて。食事に招待したのは健太なんだから。ゆっくりして行ってね」


 美咲さんはそう言うとお客様用のスリッパを取りだしてあがるように促した。

 すると早瀬さんは「お邪魔します」と一礼してから家に上がる。


 海外暮らしが長いと聞いていたが、靴を脱ぎ揃えると言う何気ない所作が流れるように綺麗だった。

 紗也香も美咲さんもその動きに惚れ惚れとしている。

 早瀬さんが靴を揃えて、スリッパに履き替えたところでやっと我に返ったのか、美咲さんは彼女をリビングに案内するために歩きだした。


「そう言えば、健太は?」


 美咲さんは後ろに首だけ向けて思い出したように言った。

 すると、紗也香の背後から面白味のない声が上がる。


「オレ、さっきからここにいるんだけど」


「あら、存在感がないから気付かなかったわ」


 美咲さんはそう言ってコロコロ笑っていた。

 紗也香は笑いをこらえながら、彼女達のあとを追ってリビングに向かう。


 早瀬さんをリビングに通してソファーの一角を勧めた。

 美咲さんはキッチンに戻っていこうとしたその途中、紗也香とすれ違い際に一言だけ残していった。


「ありさちゃんだっけ、カワイイ顔しているし、お嬢様なのか礼儀正しいし、紗也香ちゃん。強力なライバル出現ね。うふふふ」


 何か言いたそうにしている紗也香を残して今度こそ彼女は出ていった。


 あれだけ楽しそうに含み笑いが出来るのはある意味才能だろう。

 紗也香はそんなことを考えながら彼女の背中を見送った。


 表情はかなり複雑なものになっている。

 本当に美咲さんは一言も二言も余計なんだから。


「紗也香、なに突っ立ってるんだよ。邪魔」


「なによ。その言い方!」


 紗也香は無神経な健太をとりあえず怒鳴りつけておいた。

 本当にこの男はわたしの気持ちを知らずに。

 ふつふつと怒りがわいてくる。

 紗也香はその怒りにまかせて美咲さんの言った言葉を忘れることにした。


 かくいう健太はいきなりの大声に目を丸くしていたが、そんなことには構う紗也香ではない。

 紗也香はフンと一言残して早瀬さんの隣に腰をおろすのだった。


 あれから着替えてきた健太や早瀬さんと一緒にテレビのクイズ番組を見ながら和やかな時を過ごしている。

 緊張していた早瀬さんも健太が側に来てからは表情を和らげていた。

 彼女の顔を見ていると、さっきの美咲さんの言ったことが頭に浮かんできた。


 もしかして、美咲さんが言うように健太とこの娘が……


 漠然とあった不安感が徐々に形になりつつあった。

 燻ぶっていた気持ちの再燃に紗也香は戸惑い、二人と自分の間に壁を感じ始める。

 そして、不安を隠すように紗也香はいつも以上にはしゃいでいた。


 そこにキッチンの方から美咲さんが呼ぶ声が聞こえてくる。


「紗也香ちゃん。お皿並べるの手伝ってくれる?」


 二人の前にいるのが苦痛に感じ始めていたところだったので紗也香は美咲さんのお願いに飛びついた。

 「は~~い」と応えて席を立つ。


 すると、早瀬さんが控えめに「わたしも手伝いましょうか?」と腰を上げた。


「ありさちゃんはお客様なんだから手伝う必要はないよ」


 と健太が引き留めている。

 しかし、彼女は表情を曇らせ「でも」と不満の声をあげていた。

 紗也香が手伝っているのに自分一人が何もしないのは気が引けるのだろう。

 紗也香はそんな彼女の心情を汲み取って、早瀬さんの手を取った。


「いいじゃない。手伝ってくれるって言っているんだから。行こ」


 と彼女の手を引いてキッチンへと向かう。


「じゃあ、オレも」


「あんたは邪魔だから来なくていいわよ」


 そう言って紗也香は舌を出した。

 紗也香自身気付いてなかったが、健太にキッチンに入ってきて欲しくなかったのだ。

 早瀬さんの側に立つ健太の姿を見たくなかったから……


 キッチンに入った紗也香の仕事はお皿を食卓に並べてご飯をよそうことだった。

 視線の先では早瀬さんが美咲さんを手伝って包丁をふるっている。

 料理上手の美咲さんから見ても早瀬さんの手付きは良いらしい。

 紗也香がそんな彼女に対抗して何かしようとすると美咲さんが必ず先回りして

 「それはいいからお皿並べてくれる」とか

 「これ盛り付けしてくれる」といった感じで料理とは関係ないことばかり指示されていた。


 まあ、料理音痴の紗也香が手を出すと美味しい料理も不味くなりそうだから……。

 そんなことを考えてしまう自分が悲しかった。

 とほほ、と紗也香はお皿を並べている。


 そんな紗也香を気遣ったのか早瀬さんが隣にやって来て、盛り付けの終わった料理を並べていた。

 目が合うと彼女はニコっと微笑む。


 本当にいい子だなぁ。

 こう言う娘ならお嫁に欲しい、と女の紗也香も感心してしまう。


「紗也香ちゃん。もう出来るから健太とお義父さんを呼んできてくれる?」


 紗也香はその言葉で我に返ると「は~~い」と応えてダイニングから出ていった。

 リビングに入ると健太とその祖父、比呂さんがソファーに腰掛けてテレビを見ていた。


「健太。夕飯出来たわよ。あっ、比呂さんもいたのね。呼びに行く手間が省けたわ」


 紗也香はそれだけ言って返事も聞かずにさっさとキッチンに戻った。

 まだ、手伝うことがあるかも、と思っていたが夕食の支度はもう終わっていたみたいで最後に大皿に盛られたサラダを食卓の真ん中に置いているところだった。

 それから間を置かずに健太達も入ってきた。


 それを見た早瀬さんの表情が変わる。


 あれ? いま顔が強張っていなかった? 

 緊張したような、どこか警戒するような。


 そんなことを紗也香が考えていると早瀬さんが比呂さんに緊張気味に挨拶していた。


「今日、健太さんのクラスに転校してきました。早瀬ありさです」


 そう言って頭を下げる早瀬さんを比呂さんは眉をひそめて見ていた。


「えっと、どこかであったことがなかったかな?」


「わたしがまだ幼かった頃に一度だけ」


 そう言って胸元にかけられたネックレスを取り出した。

 制服の中に入っていたのでわからなかったが、それは親指大の大粒の青い宝石をあしらったとても綺麗なものだった。


「ティアーズドロップ……なるほど、マリナの孫か」


 記憶が繋がったのか比呂さんはしきりに頷いている。

 そして、懐かしむように目を細めて早瀬さんに話しかけた。


「お祖母さんやお母さんは元気なのかい?」


「はい。二人とも元気です。お婆様は引退しましたが、母はいまでも現役で飛び回っています」


 それを聞いて比呂さんは溜息をついていた。


「もしかして、まだ、諦めていないのか?」


「いえ、母は結婚してわたしを生みましたから。母の夢はわたしが継ぎます」


「なるほど、それでか」


 比呂さんはそれを聞いて笑いだした。

 早瀬さんはそんな比呂さんを見て恥ずかしげに目を伏せている。


 いったい、どう言うことなんだろう?

 二人のやり取りを見ていた紗也香が首を傾げていると、いつの間に席についたのか健太が急かしてきた。


「早く座れよ。お腹が空いてるんだから」


「手伝いもしない奴がそんな大きい口を叩かないの!」


 そう言って健太をたしなめてから、紗也香も席につこうとしたのだが……


 いつも座る健太の隣の席にはいままさに早瀬さんが座ろうとしていた。

 紗也香は「そこはわたしの場所だ」と言いたいのをグッと堪えた。

 別にむきになるほどのことでもない。

 そう思って紗也香は空いている席に腰をかける。


 全員が席についたのを確認して、比呂さんが「いただきます」と手を合わせた。

 その後に続いて「いただきます」とみんなが手を合わせる。

 早瀬さんはこう言う習慣に慣れていないのか少し遅れて手を合わせていた。


 それから賑やかな食事が始まった。

 ほとんどしゃべっているのは美咲さんだったけど。


 早瀬さんに質問したり、健太の幼い頃の暴露話をしたり、

 と最初は戸惑いがちだった早瀬さんも直ぐに打ち解けて笑い声を上げている。


 そんな楽しい一時は瞬く間に過ぎていった。


 時間が九時を回ったところでお開きにしようと言うことになった。


「ごめんね。こんな遅くまで付き合わせちゃって。うちの母さんおしゃべりだから、話しだすと止まらないんだよ」


「いえ、すごく楽しかったです。健太さんの小さい頃のお話も聞けましたし」


 クスっと早瀬さんは思い出したように笑いだした。


「もう、母さんが変なことばかり言うから、ありさちゃんも忘れてよね」


「いやです。こんなに面白いこと、忘れられません」


 と早瀬さんは楽しそうに意地悪を言っている。

 たかだか二時間くらいの食事会だったが、その間に彼女はすっかり打ち解けていた。

 嬉しいはずなのになんだか胸のあたりがモヤモヤとする。

 紗也香は二人の会話に入って行けなくて盛り上がっている姿を一歩下がったところから見ていた。


 そんな感じで気もそぞろに歩いていると、あっと言う間に別れ道まで来てしまう。

 紗也香の家はここを右に曲がってすぐのところ。

 そして、早瀬さんの家に行くにはここを左に曲がらないといけない。


 健太はどっちの道を選ぶのだろうか?


 不意に頭に浮かんだことに紗也香は酷く狼狽していた。

 だからか、紗也香は自分の気持ちを誤魔化すように小走りになって健太達を追い越す。


「わたしはここでいいわ。健太は早瀬さんの事を送ってあげて」


 健太が何か言いたそうな顔していたがそれを無視して先へと歩き出した。

 健太はどうしようか迷っているみたいでその場で紗也香の後姿を見送っている。

 振り返りたい衝動を抑えて紗也香はゆっくりと歩みを進めていた。


「じゃあ、わたしもここでいいです。健太さん、今日はありがとうございました」


 その言葉に健太は早瀬さんの存在を思い出したようだ。

 後ろから慌てたような健太の声が聞こえてくる。


「えっ、家まで送っていくよ」


「ここまでで大丈夫です。この辺の通りは明るいですし、それに家まではそんなに遠くありませんから」


「でも、夜も遅いし、やっぱり心配だよ」


「健太さんって優しいんですね」


 早瀬さんの声を最後に奇妙な沈黙が走っていた。


 何なんだろう? 

 と紗也香は歩みをさらに緩めて二人に会話に意識を集中させる。

 距離が開いてしまったため、もう二人の声は耳をすましてもよく聞き取れない。


「――付き合ってもらえませんか?」


 えっ? わたしは思わず足を止めそうになった。

 微かに耳に届いた言葉だったが間違いない。

 確かに早瀬さんは「付き合って」と言っていた。

 その告白は紗也香の心の奥深くに鮮明に刻まれてしまった。


 うそっと思わず振り向きそうになった。


 早瀬さんの、健太の、表情を確かめたかった。


 だが、それを懸命に堪えて、いや怖くて見れなかったんだ。

 紗也香は逃げるように家に駆け込んだ。

 それからのことはよく覚えていない。

 気が付いたら自分のベッドに座り込んでいた。


 あれからどうなったんだろう? 

 健太はどう答えたんだろう?

 知りたいようで知るのが怖い。


 紗也香はそんなことを悶々と考えながら窓の向こうに浮かぶ月を眺めていた。



次回更新は7月30日19時です。

誤字脱字報告。感想など頂けると幸いです。

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カワイイ男の子が聖女になったらまずはお尻を守りましょう
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