第二十六話 不滅、復活グラスカイザー
ガクリとお辞儀をするように健太の首が垂れた。
首の骨が折れたのだろうか?
黒田先生に吊り下げられたその身体はダラーンと力なく手や足も垂れ下がっている。
「ふっ、はっははははっはははははっ――」
先生は健太をゴミのように放り捨て勝利の歓喜にうち震えていた。
「あはははは。何が宇宙最強よ。わたしが宇宙最強を倒したのよおおおおおお!」
ビリビリと大気を震わせるほどの大絶叫が響き渡った。
その後、健太が死んだのを確認すると先生はヴァーダム星人に指示を出して紗也香を解放させた。
紗也香は目の前の出来事が信じられなくて放心状態になっている。
危なっかしい足取りでフラフラと健太の元に近づいていった。
そして、ペタンと膝をつき健太の脇に座り込んだ。
「……健太? ……健太、健太ってば」
か細い声で呟きながら健太の身体を揺すっている。
紗也香の目には何も写っていない。
そして、紗也香は健太にしがみ付いて泣き崩れていた。
健太の身体は嘘のように冷たくなっている。
これが健太なの?
もしかして人形とすり変わったんじゃないの?
そんな風に思えるほど、そこにある物は生と言うもの感じさせなかった。
「それじゃあ目撃者を全て殺して帰るわよ」
「姐さん。何を言っているんだ?」
「バルガス。ここは保護区なのよ。宇宙人の存在が知られるとマズイの。目撃者を皆殺しにした後、爆弾で跡形もなく吹き飛ばせば、後は爆発事故ってことでこの件は解決するわ。幸いこの学校の関係者以外は騒ぎに気付いてなさそうだし。ガキどもが逃げ出す前に始末するわよ」
「それじゃあ死んだグラスカイザーとの約束はどうなるんだ! そこのお嬢さんは助けるって言っただろう」
ヴァーダム星人が黒田先生の胸倉を掴んで食って掛かっていた。
「死んだ奴との約束なんて関係ないでしょ。バカなこと言ってないで早くしなさい」
そう言って掴まれた腕を振りほどく。
ヴァーダム星人は悔しそうに俯いていた。
「姐さんには世話になっている。でも、命を賭けて戦った者との約束を破るなんて、そんな戦士の戦いを冒涜することなんてオレには出来ない」
「あなた、わたしに逆らうの?」
黒田先生の問いに彼は睨むことで応えていた。
「わかった。わかったわよ」
先生は両の掌を天に掲げ、呆れたように彼の肩に手を置いた。
ヴァーダム星人は喜び、顔を上げる。
「それじゃあ、姐さん。あ、ね、さ、ん?」
喜びの声が一転してかすれた声に変わっていた。
彼は黒田先生の顔を見上げてから、視線を下げ、自分の胸に突き刺さっている先生の腕を確認する。
「な、ん、で?」
先生が腕をひき抜くと、ヴァーダム星人の胸から血が噴き出してきた。
彼は自分の作った血の海に沈んでいく。
「はあ、力だけはあったから利用してきたのに頭は悪いし、その上、固い。あなた、用済み、もういらないわ。死んでなさい」
彼の最後の表情はここからは見えなかった。
ヴァーダム星人はそれ以降ピクリとも動かない。
紗也香はその一部始終を見ていた。
信じられなかった。
自分の仲間を。
慕ってくれていた部下を。
いらなくなったからって捨てる。
そんな、そんな小悪党にわたしの健太が、
わたしの健太が……。
「……許さない」
紗也香の呟きが先生の耳に届いた。
彼女はそれで紗也香のことを思い出したのか振り返って不機嫌そうな顔を向ける。
「何か言った? 星野さん」
「黒田先生。わたしはあなたを絶対に許さない」
「ふん、別にこれから死ぬあなたに許して貰おうだなんて思わないわよ」
そう言ってこちらに一歩一歩近づいてくる。
紗也香は彼女を睨みつけていた。
その瞳には恐怖など一点もなく、ただ怒りに燃えていた。
「でもね。あなたのような眼をした娘は嫌いじゃないわ。ふふふ、その目が絶望に染まるのを考えただけで……」
先生は舌をぺろりと出して全身を震わせている。
生理的に嫌悪感を抱かせるような恍惚とした表情をしていた。
変身してからの彼女は性格が全く変わっていた。
彼女はもう紗也香が知っている黒田先生とは違うのだ。
次の言葉でそれを思い知らされた。
紗也香はそれを聞いて息を飲んでいた。
「そうだ。いいことを思いついたわ。あなたはやっぱり殺さない。ここにいる全ての人間をあなたの前で殺してあげる。いつまでそんな目をしていられるかな? ……そうだ。最初は早瀬さん。あのふざけた格好をした女からにしましょうか?」
そう言って体育倉庫の方に足を向けた。
あそこには気絶しているありさが居るのだ。
紗也香の背筋に冷たい物が走る。
もう目の前で大切な人を失うのに耐えられそうにない。
「わたしに力があれば……わたしに力が……」
そう呟くが天に祈っても、突然、力が湧いてくるわけがない。
それに紗也香は神頼みするような少女ではなかった。
「何やってんのよ!」
叫びながら健太に掴みかかって、力の限りその身体を揺さぶる。
その勢いで健太はガンガンと地面に頭を打ちつけていた。
「死んでる場合じゃないでしょう。早瀬さんがピンチなのよ。助けられるのはあなたしかいないの! ねえ、健太、起きなさい!」
紗也香はいつの間にか健太に馬乗りになってグーで殴りつけていた。
グラスカイザーのヘルメットは硬質な素材で出来ているので殴る度に手が擦り剥けて血塗れになっていく。
紗也香はそんなことには構わまずに痛みなど忘れて殴り続けた。
だが、死んでしまった健太が動くことはない。
紗也香の手が止まり、涙がポツポツとバイザー部分にこぼれ落ちる。
その涙は健太の頬を伝って地面に落ちた。
「わたし達の想いをあんな奴に壊されちゃうの?」
「わたし達の未来をあんな奴に壊されちゃうの?」
「わたし達の友達をあんな奴に壊されちゃうの?」
「いやだよ。そんなの絶対にいやああああああ!」
「健太、あんな奴に負けないでよ。戦ってよ。勝ちなさいよ!」
紗也香は叫びながら力一杯、両手の拳を健太の胸に叩きつけた。
そして、力尽きたのか弱弱しく健太の胸にしなだれかかる。
その時だった
『ドクン』
紗也香は自分の耳を疑った。
泣くのをやめて慌てて健太の胸に耳を当てる。
『ドクン、ドクン、ドクン』
「うそっ?」
紗也香は歓喜に震えた。
確かに心臓が動いている。
いま、ピクリと指が動いたのが見えた。
心なしか身体に温かみが出てきている。
「ねえ、生きてるの? 起きて、起きて、起きなさいよ! 起きろって言うのがわからないの!」
思いっきり振り上げた拳が健太の頬にめり込んだ。
「痛っ。痛いよ。紗也香」
健太は上半身を上げて起きあがった。
「あんた、なに死んでんのよ。心配したんだからね」
そう言って紗也香は健太にしがみついて泣いていた。
涙があふれて止まらない。
もう、何やってるのよ。
どれだけ心配したかあんたわかってないでしょ。
紗也香は力なく健太の胸を叩き続ける。
その姿を見て健太はどうしたらいいものかと頭を掻いていた。
「なんで? これはどう言うこと」
紗也香が騒いでいるのが気になったのか早瀬さんの元に向かっていた黒田先生が立ち止まってこちらを見ていた。
そして、目の前の出来事が信じられなかったのか、顔を歪めていた。
「貴様ぁぁぁぁ。なんで! なんで生きているんだ。確かに体温が無くなっていた。首の骨が折れたのも確認した。貴様はわたしが殺したはずだ!」
もう完全にパニック状態の先生は半狂乱で喚き散らしている。
健太はしがみ付いて泣いていた紗也香をそっと身体から離すと、その場に立ちあがった。
軽いめまいを感じたのかグラついていたので紗也香は素早く寄り添って支えてあげる。
「オレがやられる訳がないだろう。あんたはオレに騙されていたんだ」
「ふざけないで! お前は確かに死んでいたわ。首の骨を折られて生きていられるはずがない」
「首の骨くらい折られてもなんとでもなるんだよ。油断せずに首を切り落としておけばよかったんだ」
「そんな……だけど、確かに心臓も止まっていたし、体温も無くなっていたのよ」
「そうだな。死んでいるように見えただろうな。でも、なにか忘れてないか?」
「忘れてる? ……ってまさか!」
カッと目を見開いて黒田先生はヴァーダム星人の亡骸を見下ろした。
「そうだよ。そいつの得意な死んだふりってやつだ。やつに出来てオレに出来ない訳がない。自分の意志で心臓を止めて死んだと思わせてただけだ」
「そんな事できるはずが……」
「忘れたか? オレは宇宙最強種族。不可能などない!」
そう言い切った健太に先生は怯んでずるずると後ずさっている。
健太は紗也香に支えられて立つのもやっとの状態なのに。
先生は完全に委縮していた。
いま戦えば健太が負ける可能性の方が高いような気がするのに。
しかし、黒田先生は本能で感じてしまっているのか怯えた目でこちらを見ている。
その目は負け犬のそれだった。
それでも、拳を振り上げて向かってきたことは敬意に値するだろう。
「ふざけるなぁぁぁぁぁ。もう一度殺してやる!」
先生は駆け引きもなにもなく、ただ、健太を殴り殺すために突っ込んできた。
そっと紗也香は健太から離れる。
健太はその場で大地を踏みしめた。
「お前みたいな卑怯者にオレは負けない。正義は絶対に勝つんだ!」
黒田先生の攻撃など無視して健太は拳を突き出した。




