第二十一話 葛藤のち思い出ところによって開き直るでしょう
紗也香は一人早瀬さんとの会話について考えていた。
なんで彼女に何も言い返せなかったのだろう?
言いたい事は一杯あったのに。
みんなにからかわれている時には、ただの幼馴染みだって反論できた。
何とも思ってないって言えた。
好きじゃないとも言っていた。
いまもそう答えれば良かったのに、何で答えられなかったのだろう?
否定すれば今後早瀬さんに何も言えなくなるから?
……それは違う。
自分の中で健太への思いが大きく変わってきているのは前から気付いていた。
早瀬さんが来てそれがドンドン形になっていくのが怖かった。
だけど、まだ紗也香の気持ちは固まっていない。
こんな気持ちでは何も決められない。
『わたし、健太さんの事が好きです』
彼女の告白には驚いた。
気付いていたが勘違いだと思っていた。
いや、思いたかった。
早瀬さんは本当に健太の事が好きなのだろうか?
彼女の目的は健太の力を手に入れること。
だから、目的のために健太を誘惑していると思っていた。
もしそうなら、健太の気持ちを踏みにじってるなら、許せないと思っていた。
でも、それは違うのだろうか?
わたしの方こそ彼女の気持ちを踏みにじっていたのだろうか?
あの表情。
あの言葉。
あの想い。
紗也香にぶつけられた早瀬さんの心に一片の嘘もなかった。
それだけは間違いない。
同じ女であるわたしには痛いくらい分かってしまう。
『……意気地なし』
本当にわたしは意気地無しだ。
何でわたしは何も言えなかったんだろう?
……わたしは逃げたんだ。
早瀬さんの想いからも。
健太への想いからも。
そして、自分の想いからも。
ここは屋上のフェンス越しに市内が一望できる。
空は雲ひとつない快晴で涼しげな風が紗也香の頬をなぶっていた。
こんなにいい天気なのに、紗也香の気持ちは正反対に暗く沈んでいる。
頭には先程の光景が何度も何度もリフレインしていた。
わたしはこのままでいいの?
健太がいなくなってもいいの?
……そんなの、そんなの嫌だ。
その時、教会の鐘が鳴り響いた。
朝と夕方しかならない鐘。
この時間に鳴るということは、今日、結婚式があったのかもしれない。
近所の教会で行われる結婚式。
紗也香達はそれを何度も何度も見てきた。
幼い頃などわざわざウエディングドレス姿の花嫁さんを眺めにいったものである。
そうだった。
あの時もそんな感じで見てたんだっけ。
まだ、幼稚園に行く前、世界は健太と紗也香だけだった。
毎日、二人で遊んでいた。
教会を見つけたのはそんな頃だ。
たくさんの人に囲まれて、花びらが舞う中、ウエディングドレス姿の花嫁さんが花婿さんと幸せそうに教会から出てくるところだった。
紗也香も女の子だから、その美しい姿に憧れて目を輝かせていた。
健太がつまらなそうに「早く行こうよ」というのを無視していつまでも見ていた。
「綺麗だったなぁ。わたしもあんなドレスを着て結婚したいなぁ」
「無理だよ。紗也香は凶暴だもん。あんなドレス似合わないよ」
「なに? そんなことを言うのはこの口!」
「痛いよ。痛いよ。ごめん。ごめんなさい。きっと紗也香には似合うよ」
「っとに、最初っからそう言えばいいのよ」
昔も今も二人の関係性は変わっていない。
「もう、紗也香は直ぐに暴力をふるうんだから。そんなことじゃ、お嫁さんになんてなれないよ」
「いいわよ。結婚相手がいなければあんたとするから」
軽い冗談だった。
だけど健太は溜息をついて
「しょうがないなぁ。誰も相手がいなかったら僕が結婚してあげる」
そう言って紗也香のほっぺにキスをした。
それはいつもお姉さんぶったり、健太のことをいじめる紗也香への仕返しだったのかもしれない。
だけど、紗也香の胸はドキドキしていた。
他愛もない子供の頃の想い出。
でも、紗也香にとってかけがえのない想い出。
こんなことがなければ思い出すようなことがなかったのだが、その教会の鐘の音が紗也香の記憶を呼び覚ましていた。
健太が好きだとはまだはっきり言えない。
でも、わたし以外の人が健太の隣に立っているのはやっぱり面白くなかった。
健太に思いを寄せる早瀬さんの邪魔する権利はわたしにはないのかも知れない。
でも嫌なものは嫌なのだ。
紗也香の言っている事はただのわがままなのかも知れない。
でも、わがままだっていいじゃないか。
いままでだってそうしてきたじゃない。
健太が嫌と言わない限り、わたしはわたしのわがままを押し通す。
それが「星野紗也香」なんだから。
そう思うと心がスッキリした。
何であんなにウジウジ悩んでたんだろう。
今度会ったら早瀬さんに言ってやろう。
「わたしは健太の幼馴染み。それ以上でもそれ以下でもない。でも、健太の隣はわたしのものだ!」と
それで何か文句を言ってきても無視してやればいい。
健太の隣は幼馴染みのわたしの特等席なんだから。
わたしはわがままで暴力的な女なんだ。
紗也香は爽やかな笑顔を空に向けるとバチンと頬を叩いて気合いを入れる。
そして、誰に言うでもなく「誰がツンデレよ!」と叫んでいた。
暗く沈んだ紗也香はもういない。
紗也香は意気揚々と教室に戻ろうと歩み出す。
その時、背後に大きな影が迫っていた。
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次回投稿予定は9月17日19時を予定しています。
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