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第二話 ヒーローは実在した

 

 頭上でドラム缶が凹むような奇妙な音がした。

 その場にいた野次馬達は「何事だ?」と音の方を見上げている。

 だが、そこには、もう何もなかった。

 残っていたのはひしゃげた給水タンクだけ。


 なんだったんだと思う間もなく、今度は燃える建物からガラスの割れる音がした。

 後ろに気を取られていなかった人たちが「何かが飛びこんだ!」と騒ぎだしていた。

 消防士達も何が起こったか分からず戸惑っている。


 現場で何かが起こっている。

 それがいいことなのか悪いことなのかはわからない。

 誰もが奇妙な緊張感の中で固唾を飲んでいた。


 その時、みんなの注目が注がれていたあたりに影が走った。

 あそこは確か赤ん坊が取り残されている部屋のはずだ。

 母親も、消防士も、野次馬達も、この場にいた全員が黙って見上げていた。


 喧騒が消え、沈黙が訪れる。


 だが、それも一瞬のことだった。

 その静寂を打ち破るかのようにガラスが割れる甲高い音が再度鳴り響いたのだ。


「おい。何かが落ちてくるぞ!」


 誰の叫び声かは判断つかない。

 が、その声をきっかけに辺りは騒然となった。

 それが人影だと気付いて悲鳴や怒号が重なりパニックが広がっていく。

 誰もが惨状を想像して目を反らしていた。

 

 しかし、その黒い影は予想に反して音もなく着地した。


「なんなんだ。あれは?」


 それはこの場にいた誰もが持った疑問だろう?


 金属のような不思議な光沢を持つ黒一色のボディスーツ。

 右肩には鋭利に吊り上がったプロテクター。

 赤い大きなベルトに白のブーツ。

 耳にしては大き過ぎる尖った角が付いているヘルメット。

 そして、ボディスーツの上からでもわかる筋肉の張り出し。


 そこにいる全ての人々の頭に共通のワードが浮かんでいる。

 そう、それはアニメや特撮の世界にしか存在しない。


『ヒーロー』だった


 その場にいた消防士も野次馬も目の前の出来事が信じられなくて呆然としていた。

 そんな視線が集まる中、そのヒーローはおもむろに母親の元に歩きだした。

 野次馬達も消防士たちも彼の行く手を妨げないようにその道を譲っていく。

 人の壁が二つに割れる姿はモーゼの十戒を思い起こさせた。


 ヒーローは母親の前に立った。

 彼女は何か得体の知れない恐怖にかられて一歩後ずさる。

 だが、そのヒーローはそんなことには御構いなしで母親の前までやってくると手に持った黒い包みを解きだした。


 そして、黒い包みの中身を見て母親の顔が歓喜に彩られた。


「大丈夫。お嬢さんは生きていますよ」


 優しい声が母親にかけられる。

 そっと赤ちゃんが差し出されると母親は震える手で受け取り、赤ん坊の存在を確かめるように力強く、それでいて優しく抱きしめた。


「郁美? 郁美。郁美。良かった。本当に良かった」


 彼女の安堵の叫びが野次馬達や消防士達を我に返させた。

 野次馬からは喜びの声が巻き起こり、自分達の無力さを呪うしかなかった消防士達も一緒になって騒いでいた。

 最後まで冷静に努めようとしていた年配の消防士も言葉に詰まっている。


「ありがとう。君がいなければ……」


「いえ。それより早く赤ちゃんを病院に。僕が駆け付けた時、ベビーベッドから落ちて気を失っていました。そのおかげであまり煙を吸い込んでいなかったみたいですが、頭を打っているかもしれません」


 「それは大変だ」と年配の消防士が赤ん坊と一緒に母親を救急車の元に連れていく。

 それを見届けてから謎のヒーローは一つ頷き、赤ん坊を包んでいたマントをバサリと翻すように羽織ると人ゴミをジャンプ一番、飛び越えた。


「待ってくれ。名前を。君は何者なんだ」


 彼はその声にこたえることなく去っていった。

 そして、あっという間にその姿は見えなくなってしまった。



=============================



「紗也香? もう、紗也香ってば!」


 ぼおっと考え事をしていると誰かに肩を叩かれた。


「なあんだ。涼子か?」


「涼子か? じゃないわよ。さっきから呼んでるのに」


「あれ? 授業は終わったの?」


「とっくに終わってるわよ。みんな、お弁当を食べてるわよ」


「ああ、もうお昼なんだ」


 紗也香がそんなことを言うと涼子が呆れた顔をしていた。

 紗也香はそんな涼子のことは無視して、また、考え事に戻った。


 あれからずっと今朝の事件のことを考えている。

 そのせいで何も手につかなかった。

 赤ちゃんを助けられたことは良かったのだが、あんな人前で健太を変身させてしまって大丈夫だったんだろうか?


 ヒーローの正体は秘密だ。


 もし、健太のことが知られれば、彼はもうここにはいられないだろう。

 それは口が酸っぱくなるくらい健太の母、美咲から忠告されていた。


「まずかったかなぁ?」


「紗也香? ねえ、聞いてるの?」


「えっ、なに?」


「もう! 何をボケっとしてるのよ。旦那とケンカでもした?」


「旦那って誰のことよ?」


 顔をあげて涼子を睨みつけると、隣にいたはずの健太がいないことに気付いた。


「あれ? 健太の奴どこに行ったの?」


「もう、健太君のことしか考えてないんだか――」


「言いたいことはそれだけ?」


紗也香はニッコリと微笑んで涼子の頬っぺたを摘まんだ。


「ひはい。ひはいよ。ほむえんなはい」


 涼子が何かこちらに訴えていたが、何を言っているのかわからない。

 だが、涙目の彼女が謝っているのはちゃんと伝わっていた。

 紗也香はこの辺でいいかと手を放す。


「もう、止めてよ。ホントに痛いんだよ」


 頬をさする涙目の涼子を見ていると思わず吹き出してしまった。

 そんな紗也香を涼子が恨みがましく見ている。


「それで何? 何かあったの?」


 紗也香が笑いを押さえて話を振ると、頬の痛みなんか、どこかに吹き飛んでしまったのか、涼子が嬉しそうに話しだした。


「あっそうそう。紗也香って南地区の住宅街に住んでたわよね」


「そうだけど?」


「今日さぁ、紗也香が遅刻してきたのって、火事の現場にいたからじゃない?」


「……いたけど、なに?」


「ホント。じゃあ、これこれ。特撮ヒーローみたいなのが出たらしいんだけど、見た?」


 そう言って涼子はスマホを取り出して写メを見せてくれた。

 そこにはマントをたなびかせて走り去っていく健太の後姿が映っていた。


「こっ、こ、こ、これどうしたの?」


 紗也香は涼子の肩を掴んでブンブンと振り回す。


「紗也香。落ちついて、落ちついてよ」


 涼子は目を回しながら懸命に紗也香をなだめていた。

 我に返った紗也香は手を止めて「ゴメン」と一言謝る。

 涼子は溜息を吐きながらもその問いに答えてくれた。


「何をそんなに慌ててるかは知らないけど……。この写メは、さっき、隣のクラスの友達から回ってきたの。でも、謎のヒーローのことは朝から話題になってたわよ。紗也香と一緒で火事を見てて遅刻してきた人がいっぱいいたから」

 

 紗也香は愕然としていた。


「どうしたの? 紗也香? 紗也香ってば」


 心配顔で涼子が何度も呼びかけてきたが紗也香の耳には入っていない。

 しばらくして諦めたのか「ダメだ、こりゃ」と言って、涼子はこの話題で盛り上がっている別のグループに混ざりに行ってしまった。


 それにしても噂になっているなんて気付きもしなかった。

 あの写真ならピントがボケてるし、後姿だから、正体がバレるようなことはないだろう。

 けど……ああ、あまり考えたくないな。


 そこに健太が戻ってきた。


「紗也香、紗也香。これ見てみろよ」


 本当にタイミングの悪い男である。

 紗也香が不機嫌そうに顔をあげると、さっき見たのと同じ写真がスマホの画面に映っていた。

 健太がそれを嬉しそうに見せてくる。


「これ見ろよ。朝の火事の現場に現れたんだって。颯爽と現れて子供を助けたかと思ったら、何も言わずに去っていく。本物のヒーローみたいだろ。カッコいいよな。オレも見たかったな。もしかして紗也香は生で見たの?」


 健太は嬉々として捲くし立てていた。

 その無邪気な姿を見て頭が痛くなってきた。

 知らないとはいえ、どうして、こいつはわたしの神経を逆なでするのが上手いのだろうか。


 実は知っててわざとやってるのでは?


 そんなあり得ない疑惑さえ浮かんできた。

 だから、紗也香は取りあえずスマホを奪い取って放り捨てた。

 画像データを消去することも忘れない。

 それで少しだけだが胸がスッとした。


 健太は慌ててスマホをキャッチしてから振り向いて何か文句を言いかけたのだが


「なにっ! 文句あるの!」


 と機先を制して睨みつけると。


「……何でもありません」


 と素直に謝ってくる。

 そんな情けない健太の姿を見て「普段は何でこんなに情けないんだろう?」と悲しい気持ちになる紗也香だった。


 紗也香がそんなことを考えながら外に視線を向けていると昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴りだした。

 それと同時に担任の黒田先生が入ってくる。


「はい。早く席につく。って、何やってるの?」


 目聡く先生は一人の男子生徒のスマホを取り上げた。

 そして、それを見て驚いたように目を丸くしている。


「……これは」


「あれ? 先生もヒーローとかに興味があるんですか?」


「へえ、先生が特撮オタクだとは知らなかった」


 男子生徒が格好のネタを見つけたとばかりに喜んで騒ぎだした。

 しかし、先生の方が一枚も二枚も上手だ。


「特撮物に興味はないけど、中の人は良いわよね。最近はイケ面の若手俳優が出てるじゃない。って違うでしょうが! はい、はい。バカ言ってないで授業を始めるわよ」

 

 先生のノリ突っ込みにどっと教室がわきあがる。

 それをパンパンと手を叩いて収めると授業を始めてしまった。

 こう言うノリが良いところも生徒に人気があるポイントなんだろう。

 紗也香は感心しながら、とりあえずヒーローのことは忘れて授業に集中することにした。



誤字脱字報告、感想などいただけると嬉しいし励みになります。

更新は土日19時で行きたいと思ています。

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カワイイ男の子が聖女になったらまずはお尻を守りましょう
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