第十八話 反撃の狼煙を上げてみたが……
「ああ、もう結局、寝れなかったじゃないの!」
紗也香は昨日のことを思い出して頭から煙を出していた。
それは怒りからか羞恥からかわからないが頭に血が上っていることだけは確かだった。
散々、比呂さん相手にストレス解消したはずだったのに家に帰ってからもずっと悶々としていたのだ。
そんな紗也香を健太は怯えた目で見ている。
「なによ。何か言いたいことでもあるの?」
「……何でもありません」
健太は訳も分からず小さくなって謝っていた。
その煮え切らない態度に、再度、紗也香の頭が沸騰しかけたが、タイミングよくというか悪くというか早瀬さんがやってきた。
「健太さ~ん。おはようございます」
透き通った元気な声が朝の住宅街に響いている。
視線の先で彼女が手を振っているのが見えた。
健太がそれに手を振り返して応えると彼女は花のように顔を綻ばせる。
紗也香はそんな早瀬さんを軽く睨んでいた。
それに気付いた早瀬さんがなぜだか顔を赤らめている。
どうやら紗也香を見て昨日、比呂さんが言ったことを思い出したようだ。
そのことに思い至って紗也香も頬を火照らせた。
「どうしたの?」
突然、俯いてしまった早瀬さんを気遣って健太が彼女の顔を覗き込んでいる。
それに彼女は「何でもありません」と、か細い声で答えると健太の隣に並んで歩きだした。
健太は小首を傾げていたがさほど気にしていないようだ。
紗也香と早瀬さんは健太を挟んだ状態でいる。
不思議な沈黙の中で三人は学校に向かっていた。
紗也香が早瀬さんのようすが気になってチラチラと彼女を伺っていると、やっと気を取り直したのか彼女が挑発するように笑いだした。
その表情にはお嬢様然としたお淑やかさは微塵もない。
そして、ありさはおもむろに健太の腕を抱きよせたのだった。
「ありさちゃん? どうしたの?」
いくら二度目だったとしても健太にとって、女の子と腕を組む行為は恥ずかしいことなんだろう。
明らかに動揺していた。
健太は恥ずかしそうに早瀬さんのことを見て何か言いたそうにしている。
だが、紗也香の目にはそれが嬉しがっているように見えた。
ムカっと感情に火が付く。
なにやってるのよ。
ちゃんと拒絶しなさいよ。
手を振りほどくなり、やめてと言うなり明確に意思表示くらいできるでしょ。
紗也香は健太の煮え切らない態度を見ながら覚悟を決めた。
「これは健太を守るためなの。不純な理由で近付く早瀬さんが許せないだけなんだから」
ブツブツと自分にしか聞こえない声でそう呟いた紗也香は思い切って健太の腕を掴んだ。
「さっ、紗也香?」
「なっ、なによ!」
紗也香は照れ隠しからかブスッとした顔で健太のことを睨みつけた。
健太は思いっきり狼狽している。
早瀬さんだけでなく紗也香も腕を組んできたんだから驚くのも無理はないだろう。
しかし、そんな健太を気にしてはいられない。
紗也香はここで引き下がる訳にはいかないのだ。
せっかく恥ずかしい思いをして腕を組んだのだ。
ここは血気盛んに攻めるべきなのである。
そう思った紗也香は健太のことを無視してフンと鼻で笑って早瀬さんを見下す。
「…………」
紗也香の行動は早瀬さんにとって意外だったのだろう。
呆けた顔で紗也香を見ていた。
いままで、散々ドギマギ、イライラさせられたのだ。
紗也香はしてやったりとほくそ笑む。
それに気付いた彼女は悔しそうに口元を歪めた。
しかし、それで白旗を振るような少女ではなかったのだ。
何かいいことを思いついたのかニヤリとする。
「ちょっと、ありさちゃん? 止めてよ。そんなに力を入れたら。胸が……」
紗也香は健太の声でハッとした。
もしかしてと視線を下げると……。
やってくれるわね。
と早瀬さんを忌々しげに睨んだ。
そう、彼女にはあれがあったのだ。
紗也香が逆立ちしても敵わないもの。
それは健太の肘で卑猥に形を変えていた。
柔らかく、そして弾力に富んだあの胸だ。
紗也香も昨日触ったのでそのおぞましいまでの破壊力を知っている。
健太はその凶悪な感触に翻弄されているのかだらしなく鼻の下を伸ばしていた。
聞けばそんなことは絶対にないと否定するだろうが紗也香の目は誤魔化せない。
というか、あのだらしない顔を見れば誰の目にも一目瞭然だ。
紗也香も負けじと腕に力を加えてみる。
だが、結果は惨憺たるものだった。
見た目も健太の反応も全く変わらなかったのだ。
圧倒的な戦力不足の自分のバストを見下ろして紗也香は恥ずかしくて、虚しくて、悲しくなってきた
が、得意げな早瀬さんと緩みきった健太のバカ面が紗也香の怒りと負けん気に火を着けていた。
紗也香は力一杯掴んでいた腕を引き寄せる。
いきなりのことでつんのめった健太の顔が紗也香に近付いてくる。
それは頬釣りするような距離。
そんな間近で二人は見詰め合っていた。
そして、二人は同時に顔を背ける。
微妙な空気が紗也香達の間に漂った。
紗也香は恥ずかしそうに顔を背けたまま歩き出した。
なによ。こんなことで照れてる場合じゃないでしょう。
真っ白になった頭を叱咤するが熱くなった頭はなかなか冷めない。
そこに偶然周りにいた知り合いがいまのやり取りを見て紗也香達をからかってきた。
紗也香はこれ幸いにとその子たちを追いかけるようにして逃げだした。
早瀬さんと健太を二人きりにするのは気になったがいまはそれどころじゃなかったのだ。
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次回投稿予定は9月4日19時を予定しています。
お楽しみに




