第十二話 水中メガネでジタバタ変身
「周りに人はいないわね」
紗也香は早瀬さんと目配らせしていた。
彼女は一通り視線を巡らしてから頷いて応える。
「なんだよ。こんな近いところじゃなくてちゃんと逃げた方がいいんじゃないのか?」
健太が不満顔でこちらを見ていたが紗也香は「うるさいわね」となだめて? 早瀬さんから水中メガネを受取る。
健太はそれを見て、なんでこんなところで水中メガネ? と不思議がっていた。
そんな健太を無視して紗也香はそれを健太の頭に持っていく。
「なにすんだよ」
「いいから、あんたはジッとしてなさい」
「ジッとしてろって意味わかんないし。やめろって」
ただでさえ他人に水中メガネを付けるのは大変なのに、健太が暴れるのでなかなかうまくいかない。
ああ、じれったい。
「早瀬さん。健太を抑えつけて!」
「えっ、ありさちゃん?」
「ごめんなさい、健太さん。少しの間、大人しくしててください」
そう言うが早いか彼女は後ろに回って健太を羽交い絞めにしていた。
健太は早瀬さんの行動に驚いている。
「早瀬さん。その調子よ」
「はい」
返事良く応えた早瀬さんは健太が動けないようにさらに力を込めていた。
健太は顔を赤くしながらもがいている。
「ああん。顔を動かさないの。なんでこんなに硬いのよ。簡単に入ると思ったのに」
普通のメガネなら、簡単にかけられるが水中メガネは中に水が入ってこないようにバンドがきつめになっている。
それにバンドをあらかじめ調節してなかったのだ。
それが余計な手間をかけさせていた。
こんなことなら、最初にバンドを長めにしておけばよかった。
と今更ながら後悔していたが、もうすでに頭の半ばまで入っている。
あと一息ならこのままの方が早いだろう。
紗也香は水中メガネを強引に引き下ろそうとしたが、「痛い、痛い」と健太が暴れるのでやはりうまくいかない。
いい加減に観念しなさいよ、と紗也香が思っていた時だった。
真っ赤な顔をした健太が呻くように言った。
「早瀬さん。その、背中に当たってる」
「背中?」
突然、訳のわからないことを言い出した健太に紗也香と早瀬さんの動きは止まっていた。
改めて見てみると、顔を赤くしていた理由は息苦しかったり、暴れたりしたせいではないようだ。
健太はなんだか照れ臭そうに顔を俯けている。
本能的に紗也香のこめかみにシワが刻まれた。
まだ、紗也香はその顔の赤さの真相にはいきついていない。
だが、こいつが、健太が、ろくでもないことを考えていることだけは直感していた。
そして、こいつはタイミング良く(悪く?)原因をしゃべってしまうのだ。
「その背中に胸が……」
早瀬さんは「きゃっ」と可愛らしい悲鳴を上げて健太から離れた。
健太を取り押さえる為とは言え、あの豊満な胸を自分から押しつけていたのだ。
その事実を知って彼女は頭から湯気が出るんじゃないかというくらい上気している。
そして、紗也香はと言うと……
「こんな緊急事態にあんたは何考えているのよ!」
力の限り水中メガネを引っ張った。
バンドがゴムの張力の限界まで引き伸ばされ、
そして、その反動が戻っていく。
ビタンという鈍い音がした。
見事に健太の目のあたりに着地したのだ。
健太は身体を光に包まれながら、その場でのた打ち回っていた。
まあ、結果オーライよ。
そう思うことにして紗也香は胸の中にうず巻いていた暗黒物質を吐きだすことに成功した。
「ひどいぞ。紗也香」
変身した健太が恨めしそうな視線を向けてきたが、ヘルメット越しなのでその目は見えない。
まあ、見えていてもそんなことを気にする紗也香ではないのだが。
「と言うことで、健太! あそこにいるバーベル星人をやっつけてきなさい」
「ヴァーダム星人です」
「もう、そんな細かいことはどうでもいいのよ。さあ、行ってきなさい!」
早瀬さんの突っ込みを無視して健太に命令した。
「とに、勝手なことばかり言って」
健太がグチグチ文句を言っていたが、「何か文句でもあるの!」と紗也香は気迫で押し切った。
健太は肩を落としてヴァーダム星人が暴れる会場にトボトボと向かう。
ヒーローになっても健太は健太である。
その姿を情けなく感じた紗也香は
「シャキッとしなさい!」
とはっぱをかけた。
健太はバネ仕掛けのオモチャみたいに弾かれるように駆けていく。
「本当にあんなんで大丈夫かしら」
紗也香は溜息交じりにそう言ったが、言葉とは裏腹にその目は自身に満ちていた。
次回投稿は明日19時予定です
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