第十話 買い物に付き合って怒りを買う
「ありさちゃん、こっち、こっち」
「すみません。遅れました」
小走りに駆け寄ってきた早瀬さんがすまなそうに頭を下げていた。
時間は九時四八分。
待ち合わせの一〇時までにはまだ一〇分以上ある。
紗也香達はこの町の待ち合わせの定番スポットである駅前の大時計に集まっていた。
「僕達もいま来たところだよ。それに、まだ待ち合わせ時間前だし」
健太が照れながら彼女の頭を上げさせていた。
なにが今来たところよ。
わたしが迎えに行かなければまだ寝てたくせに。
と紗也香は心の中で舌を出した。
そんな紗也香の隣で早瀬さんはもう一度「すみません」というと口元を優しく綻ばしていた。
今日の彼女の恰好は白のノースリーブのワンピースに薄ピンクのジャケット姿である。
それは清楚な彼女によく似合っていて、周りの視線を独占していた。
紗也香はそんな彼女に嫉妬することさえ忘れて見惚れている。
健太も同じ気持ちだったみたいで軽く頬を染めていた。
それをみて紗也香が咳払いすると、健太は赤くなった頬を誤魔化すように「じゃあ、行こうか」と言って歩き出した。
当初の予定通り、まずは駅に隣接するビルに向かうのだろう。
そこは東側半分が大手の大型スーパーマーケットで、西側半分がファッション関係を中心としたテナントが入っているこの辺りでは一番大きなショッピングスポットだ。
最初に抑えておくには無難なところだろう。
健太にしてはなかなかいい判断だ。
だが、感心したのはここまでだった。
こいつにはエスコートする能力はないらしい。
紗也香は盛大な溜息をついていた。
「あんたね。エレベーターガールじゃないんだから、案内表示をそのまま読んでてもしょうがないでしょ。ホント、あんたに任せたわたしがバカだったわ。早瀬さん、今日の目的ってなにかあるの?」
「特にないんですけど、いい食器があれば買いたいなって思ってたぐらいで」
「じゃあ、三階ね。定番ものならここにもあるけど、カワイイのなら隣の専門店の方がいいし、安いのだったら、近くに一〇〇均もあるから、順番に見て回りましょ」
そう言って彼女の手を引いて歩き出した。
健太は「そんな言い方しなくてもいいじゃないか」と不貞腐れている。
とに、こいつはグチグチと、紗也香は腹が立ったので健太を置いて先に行くことにした。
後ろから「ちょっと待ってよ」と情けない健太の声が聞こえてきた。
「で、何でこんなことになってるんだ?」
「うるさいわね。ちょっとよ。ちょっと」
紗也香は煩わしそうに手を振った。
まあ、健太が言いたいこともわかるのだが……
「こちらにはこんなにかわいいのがあるんですね」
早瀬さんは驚いたように目を丸くしている。
そして、その布地を手に取ってしげしげと眺めていた。
その目は子供のようにキラキラと輝いている。
「早瀬さんってこう言うのが好きなの?」
紗也香は彼女の手元を見て意外に思った。
それは腰回りと胸元にフリルがふんだんにあしらわれているピンクの水着だったからだ。
高校生が着るには、もう幼すぎるデザインである。
そう、いま紗也香達は水着売り場に来ていたのだ。
目的の食器売り場に向かう途中、目に入った特設会場。
エスカレータ脇に設置されたこの売り場にはレジャー用のデザイン性重視の水着が所狭しと並べられている。
早瀬さんが興味を持ったみたいなのでやってきたのだ。
「へえ、早瀬さんってこう言うカワイイ系のが好きなんだ」
「おかしいですか?」
彼女は恥ずかしそうにはその水着を胸に抱きながらはにかむように目を伏せていた。
そんな彼女は同性から見ても可愛らしく、なんだか紗也香まで頬が熱くなってくる。
だから、紗也香はそれを悟られないように早口で。
「早瀬さんってスタイルいいし、スッキリとした美人だから、もっと大人っぽい水着の方が似合うと思っただけよ」
「そうなんです。向こうにいた時はこう言うカワイイものがほとんどなかったし、それにサイズが……」
彼女はそこまで言ってさらに顔を赤らめていた。
その言葉の意味に気付いて紗也香の視線は自然と下に降りていく。
可愛らしい水着で隠すようにしているその大きな胸へと……
そうだった。
この娘。制服姿じゃ、あまり目立たないけど、とんでもないものを持っていたのよね。
「早瀬さんって、ちなみに何カップなの?」
「えっ、え、何でそんなことを聞くんですか? こんなところで言えませんよ」
早瀬さんは動揺しているのか目を彷徨わせていた。
健太はと言うと、そう言う女の子の会話に興味はあるが、聞いていられなかったみたいで目を伏せて逃げるように離れていく。
だが、紗也香はそんなことに構っていられなかった。
真剣な顔で彼女に詰め寄っていく。
早瀬さんは紗也香の剣幕に怯えて後ずさっていた。
「サイズがわからないと水着が買えないじゃない。さあ、何カップなの」
「何カップって言われても、最近、測ってないし、詳しくは……」
「じゃあ、測ってもらいましょう。店員さ~ん」
「待って、星野さん」
紗也香は早瀬さんが止めるのを無視して店員さんを呼んだ。
そして、試着室へと彼女を引き摺って行く。
「星野さん。別に今日は水着を買いに来た訳じゃあ」
「いいのよ。いいのよ。特に目的がないって言ってたじゃない」
「でも、健太さんもいますし」
試着室に入ってもモジモジとして覚悟を決めない彼女に紗也香はだんだんイライラしてきた。
だから、彼女の上着に手をかけて強引に脱がせ始める。
「健太のことなんて放っておけばいいのよ。それより、とっとと脱ぐ。店員さん、ちゃっちゃと測っちゃって」
「待って下さいよ。自分で、自分で脱ぎますから。店員さんも、あん、ダメ」
店員さんもノリノリで彼女の服を脱がし始めていた。
「うわあ。綺麗な肌ですね。それに、スタイルがすごい。これって本物ですよね」
「あん。どこ、触ってるんですか。って、星野さんもダメですよ」
「何これ、こんなことがあっていいものなの? これでわたしと同い年だなんて」
紗也香は親の敵を見るように目を吊り上げて早瀬さんの胸を揉んでいた。
手に納まりきらないこの柔らかいものはなに?
それにこの弾力。
簡単に指が沈むのにちゃんと元の形に戻ってくる。
うわああ。すごい揺れる。
それにこの重さ。
なんなの? これは凶器よ。
狂気の凶器よ!
紗也香は一心不乱に指を動かしていた。
早瀬さんは怯えた顔でその手から逃れようと弱弱しい声を上げている。
「星野さん、そんなに強くは、あん。痛いですぅ」
「お客様。手を離してもらわないとサイズが測れませんよ」
店員さんの一言でやっと目を覚ましたのか紗也香はその手を離した。
それにしても……。
紗也香はまだ残る感触を思い出しながら、その手をシベリアの大平原のような自分の胸へと持っていった。
結果はわかりきっていたのにガクリと肩を落とす。
なにが、天は人の上に人を作らずよ。
なにが、人類みな平等よ。
この世は不公平だわ。
そんなこの世の不条理を嘆いていると店員さんがとんでもないことを言い出した。
「えっと、67のGカップですね」
「えっ。Fじゃないんですか?」
ジッ、G! なにそれ!
大きいとは思ってたけどGって!
紗也香はメジャーを回された早瀬さんの胸を驚愕の目で見ていた。
その視線に気付いて早瀬さんが隠すように腕で胸を覆っている。
そんなことしても隠しきらないのに。
「マジマジと見ないでください」
恥じらう彼女の仕草は紗也香の逆鱗に触れていた。
なに言ってるんだ、この娘は!
Gよ、G。わたしがいくら望んでも到達できない夢の境地よ。
Dカップぐらいならその辺にいるかも知れないけど、Gなんて滅多にお目にかかれない天然記念物みたいなもの。
たまにグラビアアイドルでそんな人を目にするくらいだわ。
つまり、何のとりえのない人でもGがあれば芸能人になれるということよ。
(注.これは紗也香の偏見です。Gカップを売り物にしているアイドルさんを誹謗するものではありません)
そんな羨ましいものを恥ずかしがるなんて……
「Gが照れるな! Gよ、G。それで恥ずかしかったらわたしはどうなるの。Gなら胸を張って、Gを誇りなさい! それがGに生まれたあなたが出来る唯一の罪滅ぼしよ」
いつの間にか考えていたことが口に出ていた。それぐらいに紗也香は憤っていたのだ。
「そんなにGとか大声で言わないでください」
早瀬さんは蚊の鳴くような声で後ろを向いてしまう。
そして、試着室の外から健太の咳払いが聞こえてきた。
「おい、紗也香、声が丸聞こえだぞ」
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「それにしても残念だったわね。サイズがなかったなんて」
ちなみにあの水着、紗也香にはぴったりだった。
「はい。サイズで選ぶと、どうしてもああ言う水着しか……」
早瀬さんは店員に連れられて行ったコーナーの水着を思い出して顔を染めている。
そこにあったのは誰がこんな物着るんだと思えるような物ばかりのコーナーだった。
横乳どころか下乳もはみ出たマイクロ三角ビキニ。
Tバックは当たり前で背中がパックリ開いてお尻が半分くらい見えている水着や
お尻のところにハート形の穴が開いていてお尻が丸見えになっているものとか、
胸の先と大事な部分を申し訳程度に隠した水着と言うか紐? みたいなものとか、
もういっそ、裸の方が恥ずかしくないんじゃないの? と言う水着がこれでもか! と言う感じで集まっていた。
ちなみにそこにあったのはさっきとは逆の意味で紗也香には着られない水着ばかりだった。
似合わないという意味ではない。
着てもサイズが合わなくてズレルどころか脱げてしまうのだ。
紗也香はそのことを思い出して、はらわたが煮えくりかえっていた。
「どうせ、わたしには着られない水着よ。Gならあれを着て、世界中の男のいやらしい視線を一人で釘づけにしていれば良いのよ」
不穏なオーラが紗也香の周りを立ち上り始めた。
それを敏感に感じ取ったのか、健太が慌てて話題を変えてくる。
「そう言えば、早瀬さんてスクール水着って持ってるの?」
「スクール水着?」
早瀬さんはその単語に聞き覚えがないのか小首を傾げていた。
「なに? 健太ってそういう趣味があったの?」
極限まで高まりつつあった怒りを忘れて紗也香は呆れたように目を細めた。
健太はそれを見て焦って手を振っている。
「違う、違うって。もう、少ししたら、水泳の授業が始まるだろ? 規定があるんだから、持ってなかったら困るじゃないか」
「ああ、そうか。早瀬さんの場合、サイズがないだろうから、特注しないといけないかも知れないし……」
紗也香の肩が震えだした。
せっかく収まりかけていた怒りがまたフツフツと湧いてくる。
こいつ、余計なことを思い出させやがって。
とりあえず、健太の頭を殴って気を紛らわせておく。
健太が非難の目を向けてきたがそんなことは構わない。
逆にそれで少し心が軽くなった。
と言うことで紗也香はまだ首を傾げている早瀬さんにスクール水着について説明した。
「学校の購買で注文できるから月曜日にでも行ってみるといいわよ。なんだったら付き合ってあげるし」
「わかりました。行ってみます」
「おーい。オレのこと忘れてない?」
「次の店に行ってみようか?」
紗也香は健太を無視して早瀬さんの手を引いて歩き出した。
次回投稿は明日19時を予定しています。
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