第5話「姉の心配事」
歴研に平塚舞が入った翌日の昼休み。俺はいつものように自分の席で昼飯を食べていた。今日の昼飯は購買で買ったパンたち。俺はまず、やきそばパンを口へ運ぶ。うまい。幸せだ。食事と睡眠とアニメを観ているときが俺にとっての3大至福のときなのだ。
俺がそんなささやかな幸せをかみ締めていると、前の席の勇人が突然話しかけてきた。
「なあなあ、歴研に新しい人入ったんだって?しかも超可愛い子!」
「ああ、平塚舞って奴が…。ん?なんでお前がそんなこと知ってるんだよ。」
「ふっ、俺の情報網を舐めるな!」
さすが顔が広いことに定評のある八木君だ。もうサッカー部やめて新聞部にでも入っちゃえよ。
「で、それがどうかしたの?」
「いやさ、羨ましいなぁーって。だって桧山先輩に平塚さんでしょ?もう最高じゃん!お前、ぶっちゃけどっち派よ?」
「は?そんなの決められねえよ。だいたい、まだ平塚とほとんど話しとらん。」
そう、俺はまだ平塚舞のことをよく知らない。
桧山先輩とは過去に面識があったらしく、すぐに打ち解けていたみたいだが、俺とは初対面。なので軽く挨拶したぐらいでほとんど話していない。
「そうなの。でも舞は優しい良い子よ。私の自慢の妹ね。」
「へぇ、そうなんだ…。って、え?妹?」
振り返ると声の主・平塚綾子が立っていた。
「やっほー、新庄君!」
「やっほー、じゃないですよ。ここ1年の教室ですよ?先輩なにしてるんですか…。」
「いや、ちょっと新庄君に話しておきたいことがあって。ねえ、今から屋上いかない?」
わざわざ1年の教室まで来たのだ。なんの話か分からないが、きっと大事な話なのだろう。
俺は平塚先輩と共に屋上に向かった。
屋上への扉を開けると、澄み渡った美しい青空が広がっていた。さわやかな気持ちいい風が吹く。
「あの、話って…?」
俺は早速話を切り出した。
「その前にこないだはごめんね。前に部室に行ったとき、ホントは妹が入部したがってる、っていう話をするつもりだったんだけど、うっかり忘れちゃって…。」
「ああ…。いえ、別に謝るほどのことでは…。」
そういや、あの時桧山先輩の話だけして帰っていったもんな。何しに来たんだろうと思っていたが、そういうことだったのか。
「ありがとう。それで、こっからが本題なんだけど…。舞のことどう思った?」
「どう思ったって…。まだあんま話してないんで良く分かりませんけど、明るくて元気な子…みたいな?」
「やっぱり、そう見えるわよね…。でもね、中学のとき、あの子クラスで孤立していたのよ…。」
孤立?平塚舞が?そんなバカな。どう見てもリア充にしか見えんのだが。
「信じられないわよね…。でも本当よ。まあ、いじめられていたわけではないのだけど。」
ああ、あれだな。つまりぼっちっていうやつだ。嫌われているわけでもないが好かれているわけでもない。というかそもそも眼中にない。それがぼっち。登校するときも、昼飯を食べるときも、下校するときも、常に一人。下手したら一日誰とも話さないなんてこともある。え?なんでそんなにぼっちの生態に詳しいのかって?べ、べつに俺自身の体験談じゃないんだからねっ!勘違いしないでよねっ!
「舞はね、日●ハムファイ●ーズみたいなものなのよ。」
「はい?」
おいおい、なんか急に意味分からないこと言いはじめたぞ。この人変だ。まあ、脳内でツンデレキャラをやる俺が言えた義理ではないが。
「中学の舞は東京時代のファイ●ーズ。誰も舞の魅力に気づいてくれない。そして今の舞は札幌移転後のファイ●ーズ。ようやく魅力がみんなに認識されて一躍人気者…!」
「あの…、どや顔やめてください。全然うまく言えてないですよ。しかも微妙にネタがマニアックだし。」
しかしまあホント東京時代のファイ●ーズは地味だったよなぁ。内野席がガラッガラ。上柳とか大笠原とか魅力的な選手いっぱいいたのにな。おっと話がそれた。
「なんでそんな話を俺に?良いことじゃないですか。今は学校になじめてるんですから…。」
「まあ、そうなんだけど…。ちょっと無理しているように見えるのよ。張り切りすぎてるっていうか。あのままじゃいつかおかしくなっちゃうんじゃないかなって。」
なるほど。元ぼっちがリア充のフリをしているのだ。先輩の言うとおり、きっと精神的ストレスはもの凄いだろう。いつかおかしくなってしまう可能性は十分ある。
あれ、でもその例えからするとファイ●ーズにもいつか限界が来てしまうってこと?暗黒時代到来?まさか、90年代のタイ●ースみたいになってしまう可能性が…!おっと、また話がそれたな。
「事情は分かりました。でも、俺には彼女のストレスを軽減させることなんてできないですよ?」
「いえ、あなたの協力がどうしても必要なのよ。あの子、歴史が好きなのよ。きっと歴研で活動することで心が少しは救われると思うの。」
たしかに昨日桧山先輩と話してるときはすごい楽しそうだったな。
クラスでみんなに合わせて必死にリア充のフリをして、心身ともに疲れきった彼女が自分の本当の居場所として見つけたのが歴史研究部だった…、というわけか。
「分かりました。でも先輩、気にしなくても大丈夫ですよ。歴史研究部は良い部活です。俺が保障します!きっと平塚も気に入ってくれる!」
なぜだろう。根拠はないのに俺ははっきりとそう宣言したのだった。