第20話「文化祭⑭」
学校についた頃にはすでに太陽はほとんど沈み、辺りは暗くなり始めていた。
校門からは部活動や文化祭の準備などをしていたのであろう生徒たちが続々と出てくる。
だが、その中に桧山先輩らしき人影は見当たらない。
「まだ部室か……」
完全下校時刻まであと10分。おそらく撮影はもう終わっているだろう。
学校へと向かう途中にすれ違わなかったことを考えると、彼女は部室にいると考えるのが妥当だ。
いや、もしかしたら映研の部室のほうにいるかもしれないし、会議室で映画の今後について話し合ったりしているかもしれない。
だが、俺は部室へ迷わず向かった。
部室棟2階の奥。先輩と初めて会ったあの場所に。
部室の扉には窓はついていない。
そのため、中に先輩がいるかどうかは扉を開けてみなければわからない。
「よし……いくぞ……」
息を整え、扉の取っ手に手をかける。
毎日開け慣れているはずなのに、その扉はひどく重く感じられた。
俺は中を見るのが恐くて、扉が開かれた瞬間目をつぶった。
その部屋に先輩がいなかったら、俺はもう一生先輩とは会えない。
なぜかそんな気がしたからだ。
だが心配は杞憂に終わった。
「新庄君……!?今日は休みって……」
目を開けると、そこにはひどく驚いた顔をした先輩の姿があった。
俺は間をおかず、話を切り出した。
「先輩、俺にもう一度チャンスをください!」
先輩はなんのことかわからないようできょとんとしている。
確かにこれでは言葉足らずだ。
俺は言い直した。
「俺に二度目の告白をさせてください!」
どうやらこれで伝わったようで、先輩はこくりと頷いた。
俺は深呼吸で気持ちを一旦落ち着け、静かに口を開いた。
「俺は昨日言いました。先輩の『全て』が好きだと。確かに先輩は綺麗だし、頭もいいし、スポーツも万能。それらは先輩の素晴らしい魅力だと思う。でも、俺が先輩に惹かれた理由はそこじゃないんです」
そう、違うのだ。俺は先輩が完璧だから好きになったわけではない。
先輩は誤解している。
「じゃあ……。じゃあ、新庄君は一体私の何に惹かれたの?私に他に何があるというの?」
そう叫ぶ先輩の目は赤くなっていた。
きっとこれは、彼女が初めて口にした『弱音』だ。
俺の目の前にいるのはごく普通の女の子だった。
だから俺はごく普通の、なんの面白みのない答えを言った。
至極あたりまえの答えを。
「俺は先輩と過ごす時間に惹かれたんです。一緒にいて楽しいから、だからもっと先輩と一緒にいたいって。そう思ったんです」
人が人と付き合いたいと思う理由なんてだいたいこんなものだろう。
どうでもいいことで盛り上がって、一緒に笑う。
その幸せな時間を失いたくないから。
だから、その時間をすこしでも延ばそうと人と人は付き合うのだ。
「俺はもっと先輩と一緒にいたい。だから、俺と付き合ってはくれませんか?」
これが俺の二度目の告白。
これが俺の、新庄拓也の桧山葵に対する想いの全て。
そして彼女は。
「ありがとう新庄君……。ありがとう」
先輩はそう言うと目から溢れていた涙を手でぬぐった。
そして、あらたまってこう言った。
「私のほうからお願いします。私を、桧山葵をあなたの彼女にしてください」
こうして俺の2度目の告白は成功したのであった。めでたしめでたし。
……。
…………え?マジで!
ヤタァァァァァァァァァァァァ!!!!!
嬉しい!すげえ嬉しい!嬉しすぎて思わず道頓堀に飛び込んでしまいそう!
ここ東京だけど。
「うひょおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「どうしたの?急に変な声だして?」
「あ、いえなんでも……」
やべぇ、思わず声に出してしまった……。
まあ、つまりあれだ。ついつい奇声をあげてしまうほど嬉しいっていうことだな。うん。
俺は、この日を絶対に忘れないだろう。
かくして、俺と先輩とのラブラブ交際は始まりを告げたのであった。