第19話「文化祭⑬」
放課後、女の子とおしゃれな喫茶店。
なんともロマンチックである。
まあ、その女の子と言うのは友人の姉なのだが。
俺は学校帰り、友人の姉・平塚綾子に突然電話で呼び出された。
用件はよくわからなかったが、先輩の呼び出しを無下に断るわけにもいかず、今こうして二人でお茶をしているのだ。
「お待たせいたしました。チョコレートケーキです」
「あ、ありがとうございます」
わぁいチョコレートケーキ!たくやチョコレートケーキ大好き!
俺は運ばれてきたチョコレートケーキを早速ほおばる。
口いっぱいに広がる甘みと少しの苦味は俺を幸せな気分にさせ、嫌なことや辛いことを一瞬にして忘れさせてくれる……はずなのだが。
なぜだか、そのケーキからは苦味だけしか感じることができなかった。
ここのはビターさが売りなのだろうか。
「で、平塚先輩。用はなんですか?」
俺は早速本題に入ることにした。
わざわざ携帯電話で呼び出すということは俺に何か言いたいことがあるのだろう。
そして、彼女がなにについて言おうとしてるのかは実は薄々わかっていた。
「新庄君、あおちゃんに告白したんだって?」
案の定、桧山先輩についてだった。
「はい、でも……振られちゃいました」
俺がそう答えると先輩の顔が暗くなっていくのが分かった。
「全部が好き……って言ったんだって?」
「はい……」
なぜ振られたのか、それはおそらくこの一言のせいだと思う。
いや、もしこれを言わなかったら告白は成功したかは正直わからない。
でも、この言葉を発したあのとき、確かに空気が変わったのを感じた。
「昔からね、彼女完璧なのよ」
平塚先輩は突然そんなことを言い出した。
完璧。たしかに桧山先輩にはその言葉が似合うと思う。
成績優秀、容姿端麗、おまけにスポーツまで万能だと聞いたことがある。
非の打ち所のない完璧な人間だと思う。
「だから、彼女に言い寄る男は過去にたくさんいた。でもみんな彼女に言う言葉は同じ。『頭良いね』とか『可愛いね』とか『運動得意なんだね』とか。あとは『なんでもできるんだね』とかね。だいたいがこの4つのどれか」
「でもそれってどれも言われて嬉しくないですか?お世辞で言っているわけじゃないんだし」
俺がそう言うと、平塚先輩はわかってないと言わんばかりに首を横に振った。
そして、彼女は優しげな口調で俺に語りかけるように言った。
「でもさ、頭が良い人間も、見た目が良い人間も、運動神経がいい人間も、そしてそのすべてを兼ね備えた人間も、数こそ少ないけど他にもいるでしょ?だったらそれらはあおちゃんでなきゃならない理由にはならない。……君はあおちゃんが完璧だから好きになったの?」
俺はその言葉にハッとした。
「全部が好き」という言葉は彼女にとって褒め言葉ではなかったのだ。
たとえば、勉強が苦手な人にこの言葉を言うならばこれは「勉強ができないところも含めて好き」という褒め言葉となる。
だが、彼女には欠点らしい欠点はない。
だから、彼女は勘違いしてしまった。
俺の言う「全部」とは彼女の頭の良さ、見た目の美しさ、運動神経の良さなのだと。
だが、それは間違っている。
その言葉はそういう意味でいったのではない。俺は……。
いや、間違っているのは俺のほうだ。
あのとき、俺は時間をかけてでも、ありきたりの言葉などで済まさずに自分の言葉で伝えるべきだったのだ。
「なんで振られたのかわかった?」
「はい」
「なら、今すぐ行きなさい。自分の言葉を伝えに。お金は私が払っておくから」
平塚先輩はそう言うと、学校のほうを指差した。
今の時間ならまだ桧山先輩は撮影で学校にいる。
告白をし直す……はっきりいってかっこ悪い。
でも、かっこ悪くても。
俺は、俺の本当の気持ちを彼女に伝えたい。
「平塚先輩、ありがとうございます!」
俺はそう言うと、学校にむかって走り出した。
二度目の告白をするために。