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大切な人へ  作者: 七草せり
2/4

すれ違い

時は流れ、二人の生活も変わった。


夜、しず子はパートから家に帰り、

居間へ向かった。

テーブルの上には、ビールの缶が置かれて

いて、畳の上で、大の字になり、イビキを

かき、しま夫が眠っていた。

眠るしま夫を見下ろす。

ため息が出た。


「全く、どうゆうつもりなんだか」 そう

呟くと、身支度を済ませ、夕飯の準備を

しに、台所へ行った。


しま夫は、台所から漂ってくる、匂いで

目を覚ました。

いい匂いがする。 「カレーか」 そう言い、

体を起こした。

テーブルに頬杖をつき、テレビを見始めた。


手際よく、カレーが運ばれる。

しず子は、タンスの上に置かれた、小さな

仏壇に、カレーを供え、テーブルの前に

座ると、無言のまま、カレーを食べ始めた。

しま夫は、テレビを観ながら、カレーを

口に運ぶ。

会話は、ない。


しま夫が仕事を辞め、今の生活になって

しまってから、いや、もう少し前、息子が

いなくなり、しばらく経った頃から、

夫婦の会話が減っていった。

この頃、特に会話をしなくなった。

話す事など、別にない。

幸せだったあの頃。

平凡ながらも、笑顔のある生活をしていた。

しかし、今は、それがない。

だが、そう言う事にも、段々慣れてきた。

お互い、慣れる事に、慣れた。


しず子は、食事を済ませると、パパっと

後片付けをした。

そして 「お風呂は?」 しま夫に尋ねた。

しま夫は 「ああ……」 と、テレビから

目を離さずに返事をした。

「早くして下さい」 と言い、洗い物を

始めた。


翌朝、しず子は洗面所で顔を洗い、ふと

鏡に映る自分の姿を見た。

そしてため息をつく。

息子が亡くなり、十年。一生懸命生きて

きた。

寂しさを紛らわす為、働きに出て、今は

しま夫を養う様になってしまった。

「私の人生って……」 顔を拭き、呟いた。


身支度をし、仕事に行く。

玄関で靴を履きながら 「じゃあ、行って

来ます」 しま夫に声をかけた。

狭いアパート、寝室で眠るしま夫にも

聞こえるが、返事はない。

「はあっ」 と、何とも言えない気持ちで、

しず子は家を出た。


蒸し暑い風が、体にまとわりつく。

空は高く、青い。白い夏雲が流れる。

蝉の鳴く声が、あちこちから聴こえ、しず子

は 「うっとおしい!」 苛立つ様に言い

放つ。

アパートの階段を降り、パート先の

スーパーまで歩いた。

先程の言葉は、蝉に対しての言葉なのか。

しず子は、何となく、イライラしていた。


スーパーに着き、裏口から中に入る。

タイムカードを押し、従業員用の更衣室

へ入った。

ロッカーから、制服を出し、着替える。

同僚の女性が入って来た。

「おはよう。今日も暑いわねぇー」 汗を

拭きながらそう言い、着替え始めた。


その頃、しま夫は、やっと布団から出た。

おもむろに目覚まし時計を見て 「十一時か……」 そう言って時計を置いた。

むくりと起き、あくびをしながら居間へ

行った。

テーブルの上には、おにぎりが三つ、

ラップがかけられ、置かれていた。

「暑いな……」 しま夫は台所へ行き、

冷蔵庫を開けた。

一本残しておいたビールを手に取り、

居間へ戻り、畳の上にあぐらをかいて

座り、ビールをぐいっ飲んだ。

「全く、今日も本当に暑い」 独り言を

呟くと、近くにある扇風機のスイッチを

押した。

生ぬるい風が流れる。

涼しくはない。しかし、ないよりはまし

であった。


なるべく二人は、節約をしてきた。

息子が生まれ、豊かではない生活だったが、

なるべく息子の為にと、貯金を始めた。

できる限り、お金を貯めるべく、節約して

生活をしてきた。

息子の入院やら、色々と出費があったが、

贅沢せず、暮らしてきた。


そう言い癖が、しま夫としず子には、

少なからず残っていて、息子がいない

今も、しま夫はパチンコや酒はやめられない

けれど、余計なお金は使わない。


家の電気など、こまめに消したりと、

小さな事だが、そうやって暮らしていた。

最も、しま夫には後ろめたさがどこかに

あった。

自然と、節約しながらの生活になる

だろう。

しず子も、必要な物以外は買わず、何かの

時の為にと、貯金を続けていた。


しず子は、しま夫に、月に一万円渡して

いた。多すぎる額だし、はっきり言って

勿体無いと思うが、何かとお金がいる

だろうと思い、渡す。

しま夫はもちろん、何も言えずに、ただ

受け取る。

しま夫は、少しずつ、お金を使った。

必要な分のみ、ズボンのポケットに入れて、

出かける。

今日もしま夫は、しず子の用意した

おにぎりを食べ、ビールを飲み干し、

必要な分のお金だけ持ち、出かける準備を

した。

その時、何か胸の辺りに、違和感を

感じた。

ズンっ。何か胸の辺りが重い。

しかし、すぐに良くなったので、気に止めず

に、家を出た。


いつもの様にパチンコ店へ向かう。

夏の暑さで、道路が熱せられ、ゆらゆら

していた。

強い陽射しが照りつける。

「何なんだ、この暑さは」 口を開くのも

嫌なほど、外は暑い。

ジワっと額から汗がたれる。

それを手で拭い、しま夫はパチンコ店へと

急いだ。


店内は涼しく、ひんやりする。

しま夫は、お気に入りのパチンコ台に

座り、パチンコを始めた。


店内に流れる音楽やら、パチンコの音が

耳に響く。

しま夫は騒音の中、一人の世界にいた。

何も余計な事を考えなくて良い。

色んな思いを忘れられる。

しま夫は夢中で、パチンコをする。


ジャラジャラっ。次々パチンコの玉が

出た。

「今日は、いいぞ」 嬉し気に言った。


日が傾き始めた頃、しま夫は上機嫌で

店を後にした。

両手には、景品の入った、紙袋を抱え

ている。

「今日はついてたな」 片手をポケットに

入れ、お札を握る。

「ビールに、つまり…。いや、久しぶりに

飲みに行くかな」 足取り軽く、馴染みの

飲み屋へ行き、店ののれんをくぐった。


「いらっしゃい」 店のおかみが、にこやかに出迎えた。

パチンコ店からほど近い所に、小さな

飲み屋がある。

酒と料理が美味しく、しま夫の行きつけでも

あった。


「久しぶりね。……あら?今日は随分と

羽振りが良さそうねぇ」 しま夫が抱えて

いる、景品の入った紙袋を見て、おかみが

言った。

笑顔が印象的な、和服美人である。

少し、歳はいっているが、物腰の良い

おかみであった。


「まあまあだよ」 照れながら、しま夫は

カウンターへ座り、隣の椅子に、紙袋を

置いた。

飲むのには、まだ早い時間なねか、他に

客はいない。

「ビールちょうだい」 しま夫は、おかみに

言った。

ビールが出され、コップにつぎ、グッと

飲んだ。

冷たいビールが体にしみる感じがする。

ビールと一緒に出された付きだしに、

箸をつけた。

「何、食べます?」 おかみに聞かれ、

しま夫は 「適当に出してくれよ」 そう

言った。

しばらくして、煮物が出された。

味の染み込んだ、野菜の煮物である。

しま夫の好きな料理であった。

煮物を食べ、ビールを飲む。

至福の時であろう。


と……。

ガラっ。戸が開いて、誰かが店に入って

来た。一人である。

「いらっしゃい」 おかみが愛想良く

迎えた。


しま夫は何気なく、客を見た。

薄汚れたジャケットを着た老人であった。

頭は白く、目尻のシワが深い。

七十代であろうか。しま夫は勝手にそう

思った。


老人はカウンターまで歩き、しま夫の

二つ隣に座った。

「何にしましょう」 おかみに聞かれ、

老人は 「熱燗を一つ、もらおうか」 少し

低めの声で言った。

そして、しま夫の隣、老人との間に置かれ

ている紙袋に目をやり 「今日は、よく

出ましたな?」 しま夫に話しかけた。

よくよく見ると、シワが目立つ。

「いやあ、大した事は……」 しま夫は

手短かに答え、ビールをコップに注いだ。


老人の前に、熱燗が置かれた。

熱燗をお猪口につぎ、一気に飲み干した。

そして、しま夫に向かい 「中々出る物では

ない。ご謙遜なさるな」 シワのある

顔で笑った。

「本当に偶然で……」 手を横に振り、

そう言った。

「祝い酒と言う事で」 老人は、おかみに

ビールを注文し、しま夫に勧めた。


しま夫は驚いた。おかみも少し驚く。

初対面の自分に、何故酒など……。


戸惑うしま夫をよそに、老人はしま夫の

コップにビールを注いだ。


遠慮したが、老人は聞かない。

「ここで会ったも、何かの縁……。さあ、

どんどん飲んで下さい」 馴れ馴れしいと

いうか、人懐っこいというか、しま夫は

断わり切れず、ビールを飲んだ。


酒の席、あまり嫌な顔をしても……。

しま夫はそう思った。


すっかり夜が更け、しま夫と老人は

店を出た。

夜になっても、外は暑い。

空の月がクッキリ見え、月明かりの中、

しま夫と老人は歩き出した。


「いやいや、今日は楽しかった」 愉快そうに老人が言う。

「こちらこそ……」 隣に並び、しま夫が

言った。


「一人で飲む酒は、寂しいもの。 今日は

本当に良い酒でした」 薄っすらと笑みを

浮かべ、老人が呟く。

「お一人で、お住まいですか?」 少し

立ち入った事と思ったが、何となく気に

なり、しま夫が尋ねた。

老人は「まあ、そんな所でしょうか」 はっきりしない感じで答えた。


そして、無言のまましばらく歩き、途中で

老人と別れた。


しま夫は、何か気になったが、聞いた

所で関係ない。そう思い、家路についた。


家に帰ると、しず子はすでに寝ていた。

時計を見ると、十一時を過ぎていた。

しま夫は寝巻きに着替えると、さっさと

布団に入った。

何かまた、胸の辺りに違和感を覚えたが、

気にせず、眠りについた。


翌朝、しず子はいつもの様に起きた。

隣で寝ているしま夫を見やり 「ご身分の

いい事」 遅く帰ったしま夫が持ち帰った

紙袋に気が付き、嫌味とも取れる

言葉をポツリと言う。


そして、さっさと支度をして、パートに

出かけて行った。


しず子が出かけた後、しま夫は起きた。

とっくに目が覚めていたが、何となく、

しず子と顔を合わせたくなかった。


しま夫は顔を洗い、しず子の用意した

朝食をとった。

今日も暑い。

昨日、パチンコで少しもうかったが、

今日は行く気がせず、何となく、家に

いた。

することはない。しかし、出かける気にも

ならず、一日中家で過ごした。


夜になり、しず子が帰宅した。

そして 「夕べはご機嫌だったんですか?」

嫌味めいた事を言った。

しま夫は黙っている。

しず子は、そんなしま夫に苛立った。


夕飯を済ませ、しず子はしま夫に 「今度、

高校時代の同窓会があるの。 行って来て

いいかしら?」 そう聞いた。

しま夫は 「ああ、構わない」 テレビを

付けながら答えた。


自分に対して、興味がないのか。

しず子はイライラした。

しま夫の態度がいちいち鼻につく。


休みの日、しず子は同窓会へ出かけた。

いつもより、お洒落をして。

久しぶりに、しず子は浮かれた。

毎日同じ事の繰り返しの生活。嫌気が

さす。

いつまでも、働かない夫に腹が立つ。

だから、今日くらい、羽を伸ばそう。

そう思い出かけた。


しず子が出かけた後、しま夫は一人、

またする事がなかった。

まだまだ暑い。しかし、今日は外に出よう

と思った。

扇風機にあたっていても、暑いだけ。

どこか、金のかからない場所に行こうと

思った。


外に出た。どっと汗が流れる。

行くあてはないが、しま夫は歩き出した。


ふと、公園の前に出た。

小さい公園だ。

しかし、思い出の公園……。

昔、家族でよく来た場所。

なるべく避けていたが、何故か来て

しまった。


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