楽しい未知の世界へ
灰は冷え切っていた。しかし、前途は依然として謎に満ち、未解決の疑問が山積している。
# 第2章 ― Into the Enjoyable Unknown
翌朝、朝日が松の葉の隙間を縫うように差し込んでいた。
穀物倉庫の裏手にある空き地の端には、十八の墓穴が掘られていた。そこは村で唯一、まだ炎に触れられていない場所だった。
Haldenは黙々と作業を続けていた。手はまだ震えており、ときおり一つの墓穴の前で長い間立ち止まってから、再び土を掘り始める。Juliusもその作業を手伝っていた。
しばらくして、三人はようやく埋葬の準備を終えた。
「これからどうするつもりなんですか、Haldenさん?」
Juliusが尋ねた。
Haldenは少し考え込んだ。
「しばらくはここに残って片付けをするつもりだ。そのあと、新しい人生を探してみるよ」
Juliusはしばらく彼を見つめ、それからため息をついた。
「そうですか」
そしてZephyrに視線を向ける。
「お前は? この件が終わったら何をするつもりだ?」
Zephyrは焼け跡となった村を見回した。まだ形を保っている木材もいくつか残っていたが、その光景はあまりにも荒れ果てていた。
「僕にも分かりません」
「なら、俺と来い。どうせ行く当てもないんだろう?」
---
しばらく後。
「お体に気を付けてください、Haldenさん」
「君もな」
二人の間には、まるで見えない壁があるかのような沈黙が流れた。
「さようなら。僕は行きます」
「ああ。さようなら、Zephyr」
少し離れた場所でJuliusがその様子を見守っていた。
その後、ZephyrはJuliusのもとへ歩いていった。
二人は無言のまま歩き始める。
「俺たちは町のPlain……」
Juliusが眉をひそめた。
「Plainfieldです」
「ああ、そうだった。Plainfield。覚えにくい名前だな」
彼は肩をすくめた。
「そこでドラゴンの件を魔法管理局に報告する。普段はあまりこういうことをしないんだが、なぜか今回は報告した方がいい気がするんだ」
彼はZephyrを見た。
「なぜ魔法に関する出来事を管理局へ報告しなきゃならないか知ってるか?」
「知りません」
「じゃあついでに、この大陸の魔法管理制度について説明してやろう」
Juliusは歩きながら話し始めた。
「一番上にいるのが魔法評議会だ。最高命令を下す組織で、教会と権力争いをしている。冷戦状態だという噂もあるな」
「その下に魔法管理局がある。大陸中の魔法使いを管理し、統括する組織だ。魔法を持つ者は全員その管理下に置かれる」
「さらに下にはギルドがある。魔法使いたちをまとめるための組織だ」
「ギルドに所属しない者は自由魔法使いと呼ばれるが、それでも管理局の監督下にある。ちなみに俺も自由魔法使いだ」
「魔法使いは魔法に関係する出来事に遭遇した場合、必ず報告しなければならない。特に魔物関連の事件はな」
「従わなければ、内容の重大さに応じて罰則がある」
彼は笑った。
「もちろん俺は面倒だからしょっちゅう抜け道を使うがな。管理局へ行くのも結構面倒なんだ」
「頭が痛くなりそうですね」
「だろ?」
二人は松林の中の細い道を進み続けた。
「Plainfieldには行ったことあるんですか?」
Zephyrが尋ねた。
「ない」
「ないんですか? じゃあ道は分かるんですか?」
「分からん」
「え?」
Zephyrは思わず立ち止まった。
「今までちゃんと正しい方向に進んでるんですか?」
Juliusは周囲を見回し、それから木々の間から差し込む太陽光を見上げた。
「Plainfieldは東にある。それだけは知ってる」
「だから東へ進めばいい」
「それだけですか……」
「ところでお前は行ったことあるのか?」
「あります」
Zephyrは答えた。
「何度も」
Juliusは驚いたように足を止めた。
「何度も?」
彼は村のあった方向を振り返る。
「あそこからだとかなり遠いぞ。何をしにそんなに通ってたんだ?」
Zephyrは少し黙り込み、足元の道を見つめた。
「そこに友達が住んでいたんです」
「僕のたった一人の友達です」
「なるほど、それなら――」
Juliusは言いかけた。
「ちょうどいい機会だし寄っ――」
「その人はもう死にました」
Juliusは黙った。
短くも長く感じる沈黙。
「いつだ?」
「一年前くらいです」
「原因は……」
「その話はしたくありません」
Juliusはしばらく彼を見つめた後、視線を逸らした。
「分かった」
二人は再び無言で歩き始めた。
Zephyrには、自分がJuliusにもっと聞いてほしいのか、それとも本当に放っておいてほしいのか分からなかった。
ただ一つだけ分かったのは、Juliusがそれ以上聞かなかったことで、少しだけ楽になったのに、同時に胸の奥が以前より空っぽになった気がしたことだった。
---
かなり歩いた後、Juliusは崖の下で休むことにした。
「この小さな洞窟で少し休もう」
しばらく休憩していると、突然足音が聞こえた。
軽い。
だが数が多い。
一匹ではない。
二匹でもない。
灰色の影が木々の間からゆっくり現れる。
Zephyrの胸ほどの高さがある狼たちだった。
「俺の後ろに立て。ここは奴らの巣かもしれん」
Juliusは立ち上がった。
その声は不気味なほど落ち着いていた。
青と橙赤色の魔法陣が現れる。
空気中の水分が吸い寄せられ、目に見える速さで凝結していく。
幾重にも重なり合いながら長い形を作り上げていく。
やがて一本の氷の剣がJuliusの手の中で形を成した。
注意して見なければ見逃してしまうほど透明な剣だった。
狼たちは退かなかった。
むしろ包囲を狭め始める。
「Zephyr」
Juliusは振り返らない。
「霧を作れるか?」
「できます。でも……」
「ただ霧を出すだけじゃない。まず聞け」
彼は狼から目を離さずに続けた。
「霧の本質は光を散乱させるコロイドだ。水滴の大きさを制御できれば、光の進路も支配できる」
「周囲を濃い霧で覆え。奴らの視界を奪うんだ」
そして一瞬言葉を切った。
「周囲の光が見えるだろう?」
「その光を奴らのいる位置へ集めろ。ほんの少しでいい」
「濃霧の中で目印になる程度にな」
彼はちらりとZephyrを見た。
「分かるか?」
Zephyrは狼を見た。
完全には理解できなかった。
だが試すには十分だった。
「肩に乗れ」
Juliusが少し身を屈める。
「え?」
「魔法に集中しろ。後ろから襲われる心配も、バランスを取る必要もない」
Zephyrは一瞬戸惑ったが、素直に肩へ登った。
Juliusは立ち上がる。
両手には氷の剣。
「今だ」
その声が低く響く。
「やれ」
Zephyrは目を閉じた。
そして初めて、自分の霧魔法を意識的に操ろうとした。
普段なら自然に現れ、自然に消えるだけだった。
しかし今回は違う。
一粒一粒の水滴。
その配置。
その中を通る光。
それらを思い描く。
霧が広がった。
ゆっくりと周囲を覆い尽くしていく。
狼たちは混乱し、方向感覚を失った。
そしてZephyrはさらに光を霧の中へ引き込み、狼のいる場所へ集中させた。
闇の中に淡い光点が浮かび上がる。
十七。
一匹も間違いない。
「見えます」
彼は小さく呟いた。
「よし」
Juliusが最初の光点へ向かう。
「そのまま維持しろ」
氷の剣が振るわれた。
最初の狼は悲鳴を上げる暇もなく倒れる。
Juliusは次の光点へ。
そしてまた次へ。
まるで戦闘ではなく計算問題を解くかのような正確さだった。
狼たちは空気を噛み、見当違いの方向へ突進する。
何匹かは互いに衝突し合った。
やがて最後の光点が消える。
霧が薄れ始めた頃には、十七匹の狼が地面に倒れていた。
JuliusはZephyrを地面へ降ろした。
その表情には、実験が成功した研究者のような満足感が浮かんでいる。
「よくやった」
彼は氷の剣を見下ろした。
剣には細かな亀裂が走り始めていた。
「もう長くは持たなかったな。ちょうどいい」
Zephyrはその場に座り込んだ。
足が震えている。
自分の魔法をこんな風に使ったことは一度もなかった。
隠れるためでも、逃げるためでもない。
「僕は……今、何をしたんですか?」
「お前は世界中が役立たずだと思っていた力を、完璧な暗闇用の索敵システムに変えたんだ」
Juliusの目には、どこか誇らしげな色が浮かんでいた。
「これはまだ始まりに――」
その瞬間。
Zephyrは意識を失った。
「魔力を使い果たしたか」
村だった。
燃えている村ではない。
あの夜が訪れる前とまったく同じ姿の村だった。
藁葺きの屋根。
土の道。
村の中央にある井戸。
だが、何かがおかしい。
いつもなら鶏の鳴き声や子どもたちの笑い声が聞こえるはずの場所に、重苦しい静寂が沈殿していた。
そして、彼らが現れた。
一人、また一人と。
家の中から。
井戸の陰から。
森へ続く小道から。
彼らは焼かれていなかった。
傷一つない。
ただそこに立ち、Zephyrを見つめていた。
Mèreおばさんが家の玄関先に立っていた。
いつも彼がパンを受け取っていた場所だ。
だが今日は、いつものように微笑んではいなかった。
「あなたはどこにいたの?」
彼女は尋ねた。
大きな声ではなかった。
だがその言葉は、どんな叫び声よりも深く彼の胸を貫いた。
「私はあなたが自分で食事も作れなかった頃から育ててきたのよ」
「それなのに、一番あなたを必要としていた時、あなたはどこにいたの?」
「僕は……」
Zephyrは口を開いた。
しかし声は出なかった。
さらに多くの人々が近づいてくる。
ずっと昔に亡くなったHaldenの父親。
収穫の季節になるたび果物をくれた村外れの夫婦。
誰も叫ばない。
誰も泣かない。
ただ輪を作るように彼を囲み、見つめている。
その視線は皆同じだった。
言葉にはなっていない。
だがZephyrには、耳元で叫ばれているかのようにはっきり聞こえた。
――なぜ私たちを助けてくれなかったの?
「僕には強い魔法がありません」
Zephyrは震える声で言った。
後ずさる。
だが人の輪はさらに狭まる。
「何もできなかったんです。僕の霧魔法は火には効かないし、僕は……」
「あなたは森の端に立っていた」
Mèreおばさんが一歩前へ出る。
「私たちが燃えているのを見ていた」
「それでも中へ入らなかった」
「ただ立って見ていた」
「泣きもせず」
「叫びもせず」
「どうしてそんなに平然としていられたの?」
「私たちが死んでいくのを見ながら」
「僕は……違う……そんなつもりじゃ……」
「きっとあなたは、この村を本当に好きだったことなんてなかったのよ」
背後から別の声が響いた。
誰の声か分からない。
「だから何も感じなかったんでしょう」
炎が燃え上がる。
ドラゴンの炎ではない。
家々そのものから火が噴き出していた。
まるで大地自身が、もう一度すべてを焼き尽くそうとしているかのように。
見慣れた顔が炎の向こうでぼやけていく。
だが、その目だけは消えない。
ずっとZephyrを見つめ続けていた。
「ごめんなさい……」
Zephyrは呟いた。
涙が溢れ出す。
村が燃えたあの夜以来、一度も流せなかった涙だった。
「ごめんなさい……」
「ごめんなさい……」
「僕は……」
その瞬間、彼は飛び起きた。
激しく息を切らしながら。
夜になっていた。
「悪夢でも見たのか?」
Juliusが尋ねる。
Zephyrは振り向いた。
「その肉、どこから出てきたんですか?」
平らな石の上で肉がじゅうじゅうと音を立てている。
下では小さな火が燃えていた。
「狼肉だ」
Juliusは少し離れた場所に積まれている狼の死体を指差した。
一体はすでに解体されている。
「狼って食べられるんですか?」
「少し獣臭いが、味はかなりいいぞ」
Juliusは焼き上がった肉を一切れ差し出した。
「ほら、ちょうど焼けた」
Zephyrは一口かじった。
思っていたより硬い。
少し癖もある。
だが程よく焼かれていて、不快な味ではなかった。
「それで?」
Juliusが尋ねる。
「どんな夢を見たんだ?」
Zephyrはしばらく黙り込んだ。
それから静かに話し始める。
「村のみんなが僕を責める夢でした」
「どうして助けなかったのかって」
「どうして外から見ていただけだったのかって」
彼は視線を落とした。
「みんなの言う通りなんです」
「僕は生き残りを探すべきだった」
「泣くべきだった」
「悲しむべきだった」
「だってみんなは、両親を失った僕を育ててくれた人たちなんです」
「でも僕は……」
「何をしているのか分からなかった」
「何をするべきなのかも分からなかった」
「僕には分からないんです」
Juliusは肉を一口食べた。
「それでも最後には動いたじゃないか」
「それは叔父さんが僕を連れ出したからです」
Zephyrは首を振った。
「もし叔父さんがいなかったら、きっと今でもあそこで立ち尽くしていました」
「僕は本当に冷たい人間なんです」
「そんな自分が嫌です」
「悲しみたい」
「嬉しくなりたい」
「ちゃんと感じたい」
「でも……できないんです」
Juliusは少し考え込んだ。
「厄介な感情の壁だな」
そう言って肉を飲み込む。
「いいか」
「自分を責めるな」
「そんなことをするのは、どうしようもない連中だけだ」
Zephyrは黙って聞いていた。
「お前は感情を持ちたいんだろう?」
「嬉しさも、悲しさも感じたい」
「だったらまず心を開け」
「悩みを口に出せ」
「言いたいことを言え」
「少しずつでいい」
「そうすれば、喜びも怒りも悲しみも、少しずつ戻ってくる」
Juliusは焚き火を見つめながら続けた。
「無理に変わる必要はない」
「ゆっくりでいい」
「魂はそのうち、自分が本当に求めているものを理解する」
「そうなれば、その壁も少しずつ消えていくさ」
Zephyrは何も言わなかった。
「知り合ってまだ二日しか経ってないが」
Juliusは笑う。
「俺は結構頼れる男だぞ」
「何か悩みがあるなら話してみろ」
「手伝ってやる」
Zephyrはやはり黙ったままだった。
Juliusは彼を見た。
そして急に思い出したように言う。
「ああ、それと」
「もう叔父さんって呼ぶのやめないか?」
「俺まだ二十四歳なんだぞ」
「兄さんでもいい」
Zephyrは目を丸くした。
「え?」
「その見た目で二十四歳?」
「三十代にしか見えませんけど」
「そんなに老けて見えるのか!?」
「三十五歳って言われても信じます」
「結局まだ叔父さん扱いかよ」
「もう慣れちゃいましたから」
「そのうち身だしなみを整える」
Juliusは真面目な顔で言った。
「ちゃんと手入れしたら俺、かなり格好いいんだからな」
「ははは、Juliusおじさんが格好いいなんて――」
Zephyrは途中で言葉を止めた。
「はははは!」
Juliusが指を差す。
「笑った!」
「今、本当に笑ったぞ!」
---
翌朝。
「よし、出発だ」
Juliusが立ち上がる。
「なあ、Zipper。Plainfieldまではあとどれくらいだ?」
「Zephyrです」
彼はため息をついた。
「あと一時間ほどで森を抜けます。そのあと草原を三十分ほど歩けば着きます」
「よし、行こう」
太陽が高く昇る頃、二人は森を抜けた。
目の前には広大な草原が広がっている。
緑の草原は遥か彼方まで続き、その先には城壁の輪郭がぼんやりと見えていた。
「ここへ来るのも久しぶりです」
二人は草原へ足を踏み入れる。
風が草を揺らし、黄金色の波を作り出していた。
Zephyrは見覚えのある目印を次々と見つけた。
丸い岩。
かつて友人と腰を下ろして休んだ場所。
一つ一つの景色が胸の奥に重みを落としていく。
だが彼は何も口にしなかった。
「おじさんって、本当は何者なんですか?」
Zephyrは不意に尋ねた。
Juliusは顔を上げる。
「おじさん、変なんですよ」
Zephyrはそのまま続けた。
「いつも変な言葉ばかり使うし、僕には何を言っているのか分からないことが多いです」
「それに、そういう時はいつも途中で言い直しますよね」
「まるで何かを隠しているみたいに」
「本当は何者なんですか?」
Juliusはしばらく黙った。
その表情は読み取れない。
「それは話せない」
「どうしてですか?」
「その答えは、お前が思っているよりずっと複雑だ」
Juliusは前を向いたまま歩き続ける。
「それに、今はその時じゃない」
彼は少し肩をすくめた。
「俺のことは、いろいろな場所を旅してきた旅人だと思っておけ」
「それで十分だ」
Zephyrは納得していなかった。
だが、これ以上聞いても答えは返ってこないだろうとも分かっていた。
Juliusは数歩先へ進む。
そしてほとんど声にならないほど小さく呟いた。
――これからはもう少し言葉に気を付けないとな。
やがて町の城壁が少しずつ大きくなり、その輪郭もはっきり見えてくる。
門へ近づくにつれ、Plainfieldの全景が姿を現した。
高い石造りの城壁。
大きく開かれた木の門。
その向こうでは、人々が絶えず行き交っていた。
Plainfield魔法管理局支部は城門の近くにある三階建ての灰色の石造りの建物だった。
正面入口には円の中に複数の三角形が組み合わさった紋章が刻まれている。
それは大陸中の魔法管理局で共通して使われている標章だった。
建物の中には古い紙と乾いたインクの匂いが漂っている。
順番を待つ人々が書類をめくる音も聞こえていた。
JuliusとZephyrは受付窓口へ案内された。
そのすぐ隣の窓口では、四人組が別の職員に事情を説明している。
隣の職員が事務的な口調で尋ねた。
「つまり、ドラゴンが危険すぎると判断して現場から撤退した、ということですね?」
弓を背負った少女が震える声で答える。
「私たちは止めようとしたんです」
「でも彼は聞かなくて……」
「それでもドラゴンを挑発しようとしたんです」
その瞬間。
自分の報告をしていたJuliusの動きが止まった。
彼はゆっくりと振り返る。
「どうやって止めた?」
少女は驚いて顔を上げた。
「え……?」
「どうやって止めたんだ?」
Juliusは繰り返した。
「私たちは……」
少女は言葉を詰まらせる。
「行くなって説得しました」
「説得しただけか?」
誰も答えなかった。
Juliusは一歩前へ出る。
二つの窓口の間に立った。
「四人もいただろう」
声は静かだった。
だが先ほどまでとは違う鋭さがあった。
「ナイフ一本」
「ロープ一本」
「必要なら後頭部を殴ってでもいい」
「人一人をあの洞窟へ向かわせない方法なんていくらでもあったはずだ」
「……あんたは誰なんだ?」
背の高い青年が苛立ちと戸惑いの混じった声で言った。
Juliusは即座に答える。
「十七人分の遺体を埋葬した人間だ」
「十七人見つかった」
「残りはドラゴンの炎で焼き尽くされ、痕跡すら残らなかった」
彼は少し離れた場所に立つZephyrへ顎を向ける。
「村の生存者は二人だけだ」
「そしてあの子は、そのうちの一人だ」
四人は凍りついた。
視線が一斉にZephyrへ向く。
Juliusは最後に彼らを見渡した。
「俺には理解できない」
「勝ち目がないと分かっていたんだろう」
「説得で駄目なら力ずくで止めればよかった」
「四人で一人を気絶させるくらい難しくもない」
「もし罪悪感があるなら」
「謝る相手は俺じゃない」
「あの子だ」
そう言うと彼は踵を返した。
何事もなかったかのように自分の窓口へ戻り、報告を続ける。
四人は動かなかった。
誰も何も言えなかった。
Zephyrもまた何も言わない。
ただ彼らを見つめていた。
怒りもない。
憎しみもない。
同情もない。
そこにあったのは、村が燃えたあの夜からずっと胸の中に残り続けている空白だけだった。
ドラゴンと村の件についての報告が終わる。
建物を出ようとした時、Juliusが尋ねた。
「お前、魔法使い登録はしてあるか?」
「それって何ですか?」
Zephyrが首を傾げる。
「魔法使いの身分登録だ」
「基本情報を管理局に登録する」
「魔法関連の手続きをする時には必要になる」
そう言ってJuliusは受付へ向き直った。
「この子の登録を頼む」
しばらくして登録は完了した。
二人が管理局の外へ出ると、先ほどの四人が入口の前で待っていた。
四人の中の青年が一歩前へ出る。
「本当に申し訳ありませんでした」
彼は頭を下げた。
「私たちの優柔不断さと弱さのせいで、君の家族や村が……」
Zephyrは少し黙った。
それから静かに答える。
「もういいです」
「皆さんが直接あの事件を起こしたわけじゃありませんから」
「でも……」
唯一の女性が口を開く。
「でも私たちは……」
その先の言葉が続かなかった。
Zephyrは首を横に振る。
「もう過去のことです」
「起きたことは変えられません」
「だから、この話はここで終わりにしましょう」
「謝罪は受け取ります」
四人は何も言えなかった。
ZephyrとJuliusはその場を後にする。
残された四人の周囲には静寂だけが漂っていた。
管理局での用事を終える頃には、すでに昼になっていた。
二人は市場を歩いていた。昼時だったため、人通りはそれほど多くなかった。
通りの角にある小さな焼き菓子の屋台の前で、ゼファーが足を止めた。
焼きたてのシナモンワッフルの香り。
ずいぶん久しぶりだったが、彼はすぐにそれだと分かった。
「どうした?」
立ち止まったゼファーを見て、ジュリアスが尋ねる。
「別に。」
そう答えながらも、ゼファーの視線は屋台から離れなかった。
「ただ……ここに来るたび、僕とあいつは必ずこの店でワッフルを買ってたんだ。いつもここだった。他の店じゃなくて。」
ジュリアスは「あいつ」が誰なのか聞かなかった。
ただしばらく、黙って隣に立っていた。
「一つ買うか?」
ゼファーは少し黙ったあと、小さくうなずいた。
二人はワッフルを二つ買い、近くの石段に腰掛けて食べた。
ワッフルはまだ温かかった。
外は香ばしく、中は柔らかくてほどよく甘い。
記憶の中の味とまったく同じだった。
「うまいか?」
ジュリアスがまだ口を動かしながら聞く。
「昔と同じだ。」
ゼファーはいつもより小さな声で答えた。
「何も変わってない。ただ、隣に座ってる人だけが違う。」
ジュリアスは何も言わなかった。
ただ食べ続けた。
その沈黙を、無理に言葉で埋めようとはしなかった。
しばらくして、ゼファーが言った。
ジュリアスを見ることなく、人々で賑わう通りを眺めながら。
「ありがとう、おじさん。」
食べ終わった後、ジュリアスはしばらくゼファーを見ていた。
視線は擦り切れた肩の部分や、裾近くの小さな破れに止まる。
「その服、だいぶ古いな。」
非難ではなく、ただの事実として彼は言った。
「先へ進む前に、新しい服を買った方がいい。」
「まだ着られるよ。」
「着られることと、着続けるべきことは別だ。」
ジュリアスは立ち上がり、テーブルに数枚の硬貨を置いた。
「行くぞ。」
二人は市場近くの路地裏にある小さな服屋へ向かった。
そこは一般市民や冒険者向けの衣類を扱う店だった。
店内には様々な布地の服が並び、小さな窓から差し込む光が木の床に淡く落ちている。
片方にずれた眼鏡を掛けた老婦人が二人を見た。
「何をお探しかね?」
「この子の服だ。」
ジュリアスはゼファーを指した。
「丈夫で長旅向きのもの。見た目は気にしない。」
「ならこっちだね。」
老婦人は厚手の上着やズボンが並ぶ一角へ案内した。
ゼファーは一着ずつ手に取り、生地の厚さを確かめる。
自分で服を選ぶ機会など、これまでほとんどなかった。
村では誰かのお下がりか、余った布で作られた服ばかりだったからだ。
「これはどうだ?」
ジュリアスが重そうな革の上着を持ち上げる。
「重すぎる。一日中歩くには向いてない。」
「じゃあ自分で選べ。」
少しだけ諦めたような声で、ジュリアスはそれを戻した。
ゼファーは灰色の厚手のフード付き上着の前で立ち止まった。
胸元に当ててみる。
「これがいい。」
「中に防寒用の裏地はないよ。」
老婦人が言う。
「でも丈夫だし、洗っても色落ちしない。」
「じゃあこれも。」
ゼファーは隣から厚手のインナーを一着取った。
二人は急がず、一つずつ選んでいった。
濃い茶色の丈夫なズボン。
森を歩いても邪魔にならないよう足首が締まった作り。
服をまとめたり小物を吊るしたりできる革のベルト。
そして指先の開いた手袋。
「魔法に指先が必要なのか?」
ジュリアスが純粋に興味を持ったように聞く。
「分からない。でも、その方がしっくり来る。」
「しっくり来る、は科学的根拠じゃないぞ。」
「じゃあおじさんも指まで覆う手袋で霧を出してみれば?」
ジュリアスはしばらく黙った。
本気で考えているようだった。
最終的に選んだのは、
灰色のフード付き上着。
厚手のインナー。
濃茶色のズボン。
革のベルト。
指なし手袋。
そして擦り減った古い靴の代わりとなる厚底のブーツだった。
ゼファーは仕切りの奥で着替え、外へ出た。
老婦人は彼を眺め、満足そうにうなずく。
「似合ってるじゃないか。」
ゼファーは新しい服を見下ろした。
まだ新品特有の硬さがあり、長年着ていた柔らかな古着とはまるで違う。
「どうだ?」
ジュリアスが尋ねる。
「変な感じだ。」
ゼファーは答えた。
「でも悪くない。」
老婦人が合計金額を告げた。
ジュリアスの表情がわずかに固まる。
平静を装ってはいたが。
(おいおい……旅費の大半じゃないか。)
彼は心の中で叫びながら財布を探る。
(これじゃ今夜の宿代と明日の朝飯代くらいしか残らないぞ。帰ったらどうやってあいつに来月分の前借りを頼もう……。)
ゼファーはその微妙な表情を見て、すぐ察した。
「やっぱりやめようか、おじさん。」
彼は言う。
「今の服でも大丈夫だし。」
「問題ない。」
ジュリアスは平然と答え、そのまま考え直す前に金を置いた。
老婦人は硬貨を数え、うなずき、ゼファーの古着を小さな包みにして渡した。
店を出た後、ゼファーが尋ねる。
「どうしてそんなに僕によくしてくれるの?」
少し間を置いてから。
「家族でもないし、まだ知り合って三日しか経ってないのに。」
「お前が俺について来るって決めたからだ。」
ジュリアスは即答した。
迷いは一切なかった。
「だったら俺には責任がある。」
ゼファーは何も言わなかった。
手に持った古着の包みを見つめる。
五秒ほど沈黙が続いた。
「次はどうするの?」
話題を変えるように彼が聞く。
ジュリアスは空を見上げた。
夕日が濃い橙色に変わり始めている。
建物の影も長く伸びていた。
「もうすぐ日が暮れるな。」
彼は言う。
「今日はここで一泊しよう。家へ向かうのは明日の朝だ。」
「家までどれくらい?」
「結構遠い。」
ジュリアスは肩をすくめた。
「三日くらいはかかる。」
「三日?」
「今夜はしっかり休め。」
そう言いながら近くの宿へ歩き出す。
「その先の夜をどう過ごすことになるか、俺にも分からないからな。」
ゼファーは少し考えてから言った。
「でも、おじさんにも家があったんだ。」
「おい。」
ジュリアスが振り返る。
「俺ってそんなにホームレスっぽいか?」
「うん。」
ゼファーは即答した。
「だって、おじさん見てると『四海を家とする』って感じだし。」
ジュリアスは深いため息をついた。
――第2章 完――
キャラクタープロフィール:ジュリアス 年齢:30歳以上(実年齢不明) 共鳴システム:氷魔法 外見: ジュリアスは、人生経験を積んだ男らしい、精悍で男らしい美しさを持っている。シャープで角張った顔立ち、朝露のような淡い灰色の瞳には常に鋭い観察眼が宿り、自然なダークグレーの髪はゆるやかに垂れ下がっている。身なりに無頓着な旅人であるため、薄髭を生やし、長年着古した旅装を身にまとっていることが多い。 性格と習慣: 興味深い対照:天才的な頭脳と鋭敏さ、そして日常的な純真さが奇妙に混ざり合っている。 他人の名前を覚えるのが非常に苦手で、本名が発音しにくいため、よく適当なニックネームを名乗る。 自分のスキルに名前をつけるのが好きだが、その名前は実に…。特に、敵に攻撃を当てた時だけスキル名を読む。 美と華やかさへの尽きることのない情熱。皮肉なことに、彼は身だしなみに全く気を遣わず、髪も髭も伸ばしっぱなしだった。 謎:彼の出自は誰にも知られておらず、過去についても一切語らない。




