魔工国のゴーレム令嬢は、その婚約破棄に一喜一憂する
良く晴れた昼下がり。
ハルマン公爵家の庭では、新型魔工機のお披露目のためのパーティーが開催されようとしていた。
「皆様、ようこそお出でくださいました」
開催の言葉を告げるのは、当主であるハルマン公爵ではなかった。
長女でありこの国の王太子の婚約者であるヨランダだ。
彼女こそが、本日のお披露目会のメインとなる新型魔工具の設計者であった。
「近頃はますますお美しい」
「淑女としての所作もお美しくなられて」
「しかもこの国の魔工学の第一人者」
「次代の王妃として立たれるのが楽しみです」
褒めたたえる声に委縮することもなく、淑女の笑顔の下にあって当然の緊張や興奮を綺麗に隠してヨランダが一礼すると、銀糸のようなホワイトブロンドの髪がさらさらと音を立てて背中を流れ落ちた。
開いた瞳は美しい紫。けぶるような銀の睫毛に濃く縁どられ、すべてを見通すような神聖さすら感じさせる瞳だ。
会場中の視線を集めたヨランダが、そのほっそりとした指が天を指すと、天から降り注ぐように音楽が鳴り響き、天使の歌声のごとき声が降りてきた。
『~♪ ~~♪♪』
宝石のように透き通った薄い羽で飛び回る妖精たちは、魔工技術で作られた、自動人形だ。
踊るように飛び回り、歌いながら虹色に光る魔力でできた花びらを振りまいていく。
その歌声は、まるで天上の音楽。夢のような景色が広がる。
「すばらしい! なんということだ!」
「この子たちは、空を飛べるのですね」
「うーむ。どれだけ軽量化を進めれば、魔工具が空を飛べるようになるのか」
「この歌声。音楽もすばらしいわ」
きらめきながら落ちてきた花びらが、参加者の手の平の上で光となって消えていく。
「きれい」
参加者たちから、すばらしい演出とそれを実現してみせる技術へ驚きと感嘆の声が上がる。
そうして、出席者たちの目が妖精たちに釘付けになっている間に現われた異国情緒あふれる衣装を身に着けた彫像のような青年と二本足でカートを押して歩く猫たち(もちろん自動人形だ)が、会場内で菓子や茶を配り始める。
元々設定してある会話しか交わせないようだが、それでも耳に心地の良い声で好みの飲み物などを確認して丁寧にサーブしていく姿は、まるで人間の使用人にしか見えない。
もちろん、表情までは与えられておらず、つるりと滑らかな顔のようなものがあるだけし、彼らが魔工技術で作られた魔石で動く自動人形であることは疑いようもない。
「さすがハルマン公爵家の自動人形たちですね。稼働音がほとんどしない」
「なんて滑らかな動きでしょう。まるで本当の人間のよう」
天上の調べに耳を傾けながら、口々にハルマン公爵家の魔工技術に感心する。
会場全体に広がっていく熱。それを前にしてもヨランダの表情にはまるで変化はない。静かに淑女の笑顔を見せるのみだ。
会場へ飲み物が行き渡ったことを確認したヨランダが、口を開こうとしたその時だった。
それまで、むすりとしたまま目を閉じて動こうとしなかったヨランダの婚約者でありこの国の第一王子であるノエルが立ち上がった。
「もう我慢がならない! ヨランダ・ハルマン、今のように無表情な人形モドキ令嬢のお前を妻とするなど、とてもではないが受け入れられない。俺との婚約は破棄してもらう。俺は心を決めた。何があっても揺るぎはしない」
息継ぎ少なく一気に叫んだノエル第一王子は、ずかずかと壇上に立つヨランダの前を通り過ぎ、その後ろに立つ少女の前へと立った。
「俺は、心優しく愛らしいエイミーに恋をしている!」
そう言うなり、少女の前に跪いた。
「愛している。ヨランダとの婚約を無事破棄できた暁には、俺と結婚してほしい」
名指しされたのは、公爵家のお仕着せを着た少女だった。
エイミー・カウマン子爵令嬢。三年ほど前からヨランダ付となった専属侍女だ。
「えっ、そんな。突然、なにを」
地味な容姿をしている。大きな眼鏡に阻まれて瞳の色も分からないし、髪の色も平民によくあるような茶色。正直言って、出席者の誰もが、『この少女とヨランダ様を比べるとは、第一王子は目がおかしいのではないか』と思った。
ノエルは、畏れ震える愛しい少女エイミーの手を恭しく取った。そうして、ちいさくてほっそりとした指へと唇を寄せる。
「驚かせてすまない、愛しいエイミー。本当はもっと前に両親を説得してから、君に正式に婚約を申し込みたかったんだ。だが、ハルマン公爵家の顔を潰すことになると受け入れてくれなくて」
「両陛下のご判断は、当然です」
懸命に首を横に振っているせいだろうか。震える声で応える愛しい少女の顔から憂いを拭い去ってやりたいと、ノエルは必至に言葉を重ねた。
「でも、好きなんだ。ヨランダは変わってしまった。確かに彼女は完璧な淑女なのだろう。けれど、それでは嫌なんだ。冷たい妻と生涯を共にするなど、俺にはできない。ヨランダと婚約者として交流を重ねる時間は苦痛だった。その苦痛を和らげてくれたのは君だ、エイミー」
エイミーは、婚約者であるヨランダの専属侍女だ。
一切表情を変えることのない婚約者との交流の場が、唯一愛しい彼女と交流ができる時間であったという皮肉。
つまらない灰色の時間の中で、彼女と会えることだけが、ノエルの幸せだった。
「苦痛もなにも、私はヨランダ様の侍女として、お傍に侍っていただけで、第一王子殿下とは言葉を交わしたこともありません」
「いいんだ。俺が勝手に、エイミーのドジっ子属性に心惹かれただけなんだ。お茶の準備をしようとして零したのを、焦りを隠しつつ素早くふき取って、誰にも気づかれていないと思ってドヤ顔をしているところや、サーブしたケーキを倒したのに自分でギョッとしながら、『最初から、こういうケーキですけど?』と言わんばかりの顔で知らんぷりして置いていくけど、動揺が完全に出て手が震えている所も。最高だ」
目を輝かせて、エイミーに惹かれた理由を告げてくるノエルに、エイミーは肩を落とした。会場はどん引き状態で開けっ放しになってしまった口を慌てて閉じている者もちらほらいる。
「それは普通、駄目出しするべきところでは?」
「馬鹿だな、それがいいんじゃないか!」
被せ気味に否定されてエイミーが言葉を引っ込めると、ノエルは滔々と語りだした。
「ヨランダだって幼い頃はそうだった。魔工に夢中で、思いついたらお茶会の途中だって俺を放って書き物を始める始末だし、約束したお出掛けもすっぽかされたり。そういうことを何度もされた。それでも、『出来ました!』と報告にくるヨランダの笑顔はとても可愛くて。俺はそれが大好きだったんだ。なのに……あの可愛いヨランダは、もういないんだ。完璧な淑女なんて、俺のヨランダじゃない。もっと魔工に夢中で……それで……」
息継ぎ少なめに告げられているのは、もしかして婚約破棄を突きつけた相手への惚気ではないかと周囲が微妙な空気になる。
しかしそれにまったく気づかないノエルは、想いを振り切るように、握ったままだったエイミーの手を額へと押し戴く。
「エイミー・カウマン子爵令嬢、どうか俺の心を受け取ってくれ」
「どうしましょう。困りました。だって、カウマン子爵家のエイミー嬢は、わたくしではないのですもの」
「は?」
大きすぎる眼鏡を外す。
その眼鏡は認識疎外の魔工具だった。下に隠されていた瞳の色が明らかになる。
「紫の、瞳」
その周りを濃く縁どる睫毛はプラチナブロンド。髪色は茶色のままではあるが、それでも、それだけで、その人が髪を染めているだけだと分かった。
「え。よ、らんだ?」
「ハイ、ノエル様の婚約者、ヨランダ・ハウマンですわ」
にこやかに告げられて、ノエルは壇上に立っているはずの婚約者を見上げた。
完璧な淑女としての笑顔を貼り付けたまま、壇上のヨランダはこちらを見ることもせず、人としてありえないポーズで動きを止めていた。
そう。まるで人形のようだ。
「自動人形?」
「いいえ、あれはあれこそが本日お披露目するつもりでいた魔工人形ですわ。表情すら完璧で喋る時には声に合わせて唇も動きますし、光の加減で瞳孔も、ホラホラ! ね、動きましたでしょう? まさに、夢の魔工具ですのよ!」
興奮気味のヨランダの言葉を証明するように、言葉に合わせて魔工人形が細やかな動きを見せる。ノエルは感心して頷いた。
「確かに」
「如何ですか! しかもこちら、魔石ではなくわたくしの魔力そのもので動かせるのです。そうすることで、わたくしの思い通りの動きをしてくれるのですわ。今はまだ傍にいないといけませんが、いつか魔力を貯蔵して、離れた場所から操作できるようにしてみせますわ!」
ふんすっと意気込んで説明してみせる姿は、ノエルが好きだった魔工命なヨランダそのものだ。
「……もしかして、これを実際に使えるようにするための試験として、僕に対して使うことにしたの? いや、そもそも一緒にお茶なんて、したくなかった可能性もある」
自分で口にしておいて自分で傷ついたノエルがふらつく。
それをエイミーもといヨランダが支えた。
「いえ。だってノエルに偽者だとバレなかったら、誰にもバレないと思ったのですもの。あら、でもこれって偽者だとバレてしまったという事になるのかしら」
意気揚々と発表しようとした出鼻をくじかれてしまい、ヨランダは頬に手を当てて焦りだした
「しかも、そういえばわたくし、ノエルから婚約破棄を申し付けられてしまいました。魔工のことばかり頭にあるなんて淑女らしくないと母上たちから叱られていましたけれど、やっぱり駄目なのですね」
「いや、それはっ」
「いつかノエルが国王陛下として立つことになったら、二人で一緒の時間があまり取れなくなってしまうでしょう。わたくしは、それが嫌だったのです。なら、わたくし達にそっくりな魔工人形を作れば、黙って座っているだけでいいなんていう無粋な公式行事に参加必須なんてことはなくなるでしょう? 二人で一緒に、好きなことに時間を使えるようになると考えたのですが」
もしそれを使うことになったとして、ここで公にしてしまったなら駄目ではないかと、ノエルは頭を抱えた。むしろ中途半端に公表してしまったことで、父母が本当に参列しているのか訝しむ者も出てくるだろうと思うと頭が痛くなった。
そうなのだ。ヨランダは天才だ。だが、いろいろと足りない部分がある。
ノエルはそんなヨランダが好きだった。
すっかり肩を落としてしょげてしまったヨランダに、慌てて婚約破棄などとんでもないと否定しようとしたノエルだったが、続きを耳にしてもだえることしかできない。
「あら。でもノエルはエイミーと結婚したいのですよね。エイミーはわたくしのことですから、ノエルはわたくしとの婚約を破棄してでも、わたくしと結婚をしたいということ? あら? なにかロジックがおかしいわね」
「……うっ、……くっ!」
両手で顔を覆い隠しても、はみ出た部分と言わず、耳も首も真っ赤に染め上げてノエルが羞恥に震える。時折漏れ出る声まで震えていて言葉を成さない。
それでも懸命に伝えるべき言葉を探したノエルは、幼い頃からずっと好きだった唯一人の人へ、想いを伝えるべく口を開いた。
「だってそれは、……ヨランダが俺に冷たい態度しか取らなくなったからで」
「魔工人形ですものね。それは冷たいでしょうね」
「ちょっとというか多分、違う。けど、違わない。俺を見る目が他人行儀すぎだったし、俺の前で淑女の仮面を脱がないし、魔工のアイデアを思い付いたと叫んでどっかに行ったりしなくなってしまって……俺は、さみしかったんだ」
「ノエル。実験台にして、ごめんなさいね。でも説明してしまったら、実験にならないから。仕方がなかったのよ」
「謝罪のポイントが違うんだよなぁ」
改善点を悩んでうんうんと唸るヨランダに、ノエルは両手で髪を掻き毟っていた手を止め、大きく息をはいた。
「世の中、惚れた方が負けだというが、本当だな」
ポンコツスキーのための
ポンコツ×ポンコツ恋愛ストーリーでした♡
お付き合いありがとうございましたー♬




