第53話『二度目の襲撃』【陰謀と策謀の王都編④】
夜の帳が学園都市を包み込むと、昼の喧噪が嘘のように静まり返る。
石畳の路地は街灯に照らされて薄い影を伸ばし、家々の窓からはちらほらと灯が漏れている。
遠くの市場の方からは、まだ店じまいを急ぐ声や、酒場からの笑い声が届いてきた。
カイは寮への帰り道を歩いていた。
手には紙袋。
中身は生徒から貰った果物や、領民から届いた干し肉の差し入れだ。
「ありがたいこっちゃな。せやけど、晩飯に食べるにはちょっと重いなぁ。」
ぼやきつつも、どこか顔は緩んでいる。
教師として、誰かに感謝されるというのは、何よりの報酬だった。
しかし、路地の角を曲がった瞬間、空気が変わった。
街灯の光がひとつ、ふっと消えた。
そして足音。
規則正しく三つ。
「……やっぱりまた来よったか。」
カイは立ち止まり、紙袋をそっと地面に置いた。
石畳の向こう、黒い外套をまとった三人の影が現れる。
仮面で顔を隠し、手には光の揺らぎを宿していた。
「“カイ・クロス”。」
「異邦人。身の程を知れ。」
「お前の存在は、この国にとって害悪だ。」
冷たい声が路地に反響する。
カイは肩を回し、わざとらしくため息をついた。
「毎回思うんやけどな。自己紹介なしでいきなり人を罵るんは、礼儀としてどうなんやろな。」
「黙れ!」
一人が詠唱を始める。
空気がざわつき、魔力の粒が火花のように弾けた。
次の瞬間、三人同時に魔法陣を展開し、炎と雷と風の矢を放つ。
カイは黒板に向かう時と同じように、冷静に頭の中で数式を並べていた。
(入力三。出力ばらばら。波形を合わせて……位相をずらす。)
右手を軽く振る。
虚空に白い線が描かれ、炎と雷と風の矢は互いに干渉し合って軌道を崩す。
三本の矢は絡まり合い、弧を描いて放った本人たちの足元に落ちた。
ドンッ――!
爆ぜる音と共に、石畳が黒く焦げ、三人の外套の裾が焼け焦げる。
「なっ……!」
「馬鹿な、こちらの魔法が……」
「数式をずらしただけや。この前もやったろ?勉強不足やで。」
カイは軽く笑ってみせた。
だが、仮面の男の一人がすぐに短剣を抜いた。
刃には魔力の膜が纏われ、青白く光っている。
「異邦人、死ね!」
一直線に斬りかかってくる。
速い。
剣筋は迷いがなく、狙いは喉元。
カイは半歩だけ後ろに引き、右手を斜めに立てた。
空気の板が形成され、刃を受け止める。
その瞬間に角度を十五度回すと、力の流れが逸れて短剣は石畳に突き刺さった。
「直線は分かりやすいんや。」
だが背後からもう一人が迫っていた。
気配に気づいた瞬間、背筋が粟立つ。
振り返る間もなく――澄んだ金属音が響いた。
キィンッ!
背後からの刃を、別の剣が弾き飛ばしていた。
「カイから離れなさい!」
蒼い瞳に炎を宿したルーティアが立っていた。
細身の剣を握り、流れるような動作で二撃目を阻む。
火花が散り、仮面の男がよろめく。
「旦那様に指一本触れさせませんわ!」
「旦那様言うなー! ワイはまだ独身や!」
ツッコミは夜空に吸い込まれた。
路地の入り口に、さらに二つの影が現れた。
「そこで何をしている!」
黒い制服の裾を翻し、レオンが現れる。
その隣にはフィリア。
手には光の紋を刻んだ魔法陣を展開している。
「またもや学園の教師に刃を向けるとは……いい度胸だな。」
レオンの声は低く、しかし揺るがない。
◆◇◆
仮面の男たちは舌打ちを一つ。
足元に煙を放ち、身を翻した。
次の瞬間には、三人の影は路地から掻き消えていた。
残されたのは、焦げ跡と、熱の余韻。
カイは胸を押さえ、大きく息を吐いた。
「……あかん。心臓が三拍子になっとる。」
「カイ、大丈夫?」
ルーティアが駆け寄り、心配そうに顔を覗き込む。
「大丈夫や。生徒の小テストの採点に比べたら楽なもんや。」
「それ、先生の感覚が狂ってると思うわ。」
フィリアが苦笑する。
レオンは石畳の焦げ跡を睨みつけた。
「完全に影が動いてるな……。王都の闇の一部が、ついに牙を剥いた。」
その言葉に、カイは背筋を伸ばし、改めて決意する。
(授業だけやってたいんやけどな……。ほな、これも授業の応用問題ってことで乗り切るか。)




