第2話『婚約破棄と恋人契約!?ツンツン令嬢の奇策』
「……その喋り方、耳障りなのよ!」
ロゼリア王立魔法学園。貴族の子弟が集う由緒ある学び舎で、異様な言い合いが繰り広げられていた。
片や、公爵令嬢にして学園の女王、ルーティア・フォン・ヴァレンシュタイン。
片や、突然やってきた関西弁教師、カイ・クロス。
初対面で口論。おまけにその舞台が、貴族たちが集う“噴水前”――最も目立つ場所。
「あんたなぁ……ワイが何した言うねん? ただ後ろから様子見てただけやんけ!」
「それが不愉快なのよ! さっきから“妙な言葉遣い”で喋って、下品にもほどがあるわ!」
(うっわー……ほんまに、テンプレ通りの悪役令嬢やな……)
カイはうんざりしながらも、頭の中で冷静に状況を分析していた。
何となく感じていたが、ここは間違いなく、乙女ゲーム『ローズ・オブ・フェイト』の舞台。
ルーティアはその中でも、ヒロインに嫌がらせをして、最終的に破滅する“悪役令嬢”として描かれていた。
(あー……これ、まさに“婚約破棄イベント”真っ最中やな)
目の前で、王国第一王子レオン・アーデルハイトが、高らかに言い放つ。
「ルーティア、僕はもう君に心を寄せていない。君との婚約は……破棄させてもらう」
「……っ。理由は?」
「僕には、他に想い人ができた。それだけだ」
(フィリアやろ。ゲーム通りや。……せやけど、この子らは何も知らんのやな)
王子も、ヒロインも、ルーティアも。
彼らにとってこれは“ゲームの中のイベント”やなく、人生そのもの。
破棄される側にしてみたら、それは“バッドエンド”やなく、“人生崩壊”や。
そして――
「……庶民風情が、何をジロジロ見てるのよ!」
「ワイ!?」
ルーティアの怒りの矛先が、なぜかカイに向く。
「王子との婚約を破棄された女を、面白がって見物してたの? さすが平民ね、趣味が悪いわ!」
「いやいやいや、ちゃうやろ! そんな趣味ないわ! ワイは通りがかりで、たまたま見てただけやって!」
「その妙な言語で言い訳しないで!」
(うわぁ……“ゲームではツンツン令嬢”とか軽く考えてたけど、こいつ、生身の人間としてめんどくさすぎるやん……!)
◆◇◆
その日の夜。
教師寮の部屋に戻ってぐったりしていたカイの元に、ノックの音が響いた。
「……あの、“クロス教師”?」
「……ん、誰や。もう今日は話す気力残ってへんぞ……」
ガチャッとドアが開いて、現れたのは、昼間にあれだけ口論した本人――ルーティア・フォン・ヴァレンシュタイン。
その高貴な雰囲気と裏腹に、どこか必死な表情を浮かべている。
「ちょ……何してんねん! 女の子が、夜に男の部屋来たらアカンって、常識やろ!?」
「……お願い。少しだけ、時間を頂戴」
カイはしぶしぶ部屋に彼女を招き入れた。
イスに腰を下ろすなり、彼女はスッと目を伏せた。
「……王子との婚約は、本当に終わった。これで私は“空位の令嬢”よ」
「そ、そら大変やな……」
「このままでは、社交界からも冷遇され、次に繋がる縁談もなくなる。すぐに“使用済みの女”という扱いになるわ」
言葉は冷酷やが、声は震えていた。
(あ……これ、ゲームの“あのシーン”と同じや。破滅フラグが確定して、令嬢が追い込まれる場面……)
カイはゲームの記憶を思い出しながらも、目の前の少女が“ただのキャラ”ではなく、“人間”であることを思い知らされていた。
「せやけど……ワイにできること、なんもないやろ?」
「あるわ」
彼女は真剣な目でカイを見据えた。
「あなた、“貴族”でも“王家”でも“家柄”でもない。誰からも注目されてない“無名の教師”……だからこそ、完璧な隠れ蓑になる」
「…………まさか、それって……」
「ええ。“偽りの恋人”になって。私の、護衛であり、盾であり、味方のふりをして」
「はぁあああああ!?」
「私と恋人関係にあると見せれば、王子も焦り、貴族たちも警戒する。新たな立場を築くための手段よ」
「はぁ……いやな、ワイ、ただの教師やねん。アメちゃん配って、教科書開いて、静かに生きたいだけやねんで?」
「そのアメちゃんを、私に毎日渡してくれたら、それでいいわ。契約成立ってことで」
「いや意味わからんし!」
ルーティアの提案はあまりにも無茶やったが、カイは最終的に飲むことにした。
理由は簡単。
「……ワイな。あんたのこと、見ててちょっと可哀想や思たんよ。あんな大勢の前で晒し者になって……放っとけんかった」
ルーティアは目を見開いた。
(……この男、変わってる)
貴族でもない、功績もない、ましてや家柄もない。
けど、この男はなぜか――“心の奥を見透かしてくる”ような、そんな目をしていた。
◆◇◆
翌朝。
学園の教室にて。
「おはようさん。今日からこのクラスを担当する、カイ・クロスや。関西弁ってもんで喋るけど、気にせんといてな」
シーン……と静まる教室。
そして後ろの席で、ルーティアが口元に手を添えて、そっと呟いた。
「……やっぱり、耳障りなのに……クセになるのよね、この声」
一方その頃。
王子レオンのもとには、ある報告が入っていた。
「殿下。公爵令嬢が、学園の数学教師と“親密な関係”にあるとの噂が……」
「……あの女が、教師と? まさか。あんな冴えない平民と……あり得ない」
しかし――
胸の奥で、何かがチクリと痛んだ。




