第21話『突然の訪問、公爵家の晩餐と影の客人』
その朝。
いつも通りカイは講堂で板書をしていた。
「ほな今日は“対数と魔力減衰”やで。指数関数ってのはな、恋と同じや。盛り上がりは早いけど落ち着くんも早い」
「先生、それ恋で例える必要ありましたか」
「恋は全部の現象に通じるんや」
笑いとざわめきが広がる。
そのとき。
ドォン、と重い音がして講堂の扉が大きく開いた。
「ルーティア・フォン・ヴァレンシュタイン!」
響き渡る低い声。
真紅の外套を纏った壮年の男が仁王立ちしていた。
公爵――ルーティアの父、ジークフリード・フォン・ヴァレンシュタインその人である。
「父上!? な、何故ここに――」
「問答無用! 娘をぞんざいに扱いおって……!」
鋭い眼差しは、黒板にチョークを走らせていた“ただの数学教師”へ向けられていた。
「えーと、お父はん? ぞんざい言うても、アメちゃんは毎回渡してるし」
「アメだと!? 娘に菓子で誤魔化すとは……!」
「誤魔化してへん! これは文化や!」
教室大爆笑。
ルーティアは机を叩きながら立ち上がった。
「父上! 誰がぞんざいに扱われてるって? 私は毎日、誰よりも大事にされているわ!」
「なっ……」
「見ていなさい! 授業の時の彼を!」
しぶしぶ講堂の隅に立つ公爵。
腕を組んで睨みつけるが、授業が始まるとその表情は次第に揺らいでいった。
「先生、対数って何ですか?」
「ええ質問や。つまり“元の形を暴く”んが対数や。たとえばな、仮面を外した王子様の寝起きの顔、あれが“素数”や」
「王子様の寝起き!?」
「おい誰や笑ろてるんは!」
生徒らが次々に質問を投げる。
その一つ一つに、カイは関西弁まじりで分かりやすく、ユーモアを混ぜて答えていく。
「つまり魔力減衰は“お風呂のぬるま湯”や。ほっといたら冷める。けどかき混ぜたり、燃料を足したら持続できる」
「なるほど! すごい……!」
公爵の眉間の皺が、次第に緩んでいく。
授業が終わる頃には――
「……見事だ。あの子らの目を見ろ。皆、生き生きとしておる」
「せやろ? ワイはただ、教えるのが好きなだけや」
「うむ……カイ・クロス殿。いや、もう“カイ”と呼ぼう。お前こそ我が娘の隣に立つべき男だ!」
「えぇ!? はやっ!」
「日取りは……王都大聖堂の空きを確認せねば」
「父上!? そこまで飛ばす!?」
ルーティアは顔を真っ赤にしながらも、胸を張ってうんうん頷いていた。
(お嬢様、否定せぇへんのかい)
◆◇◆
その日の夜。
カイはルーティアと共に、王都でも名高い料亭「蒼穹館」に招待された。
煌びやかな提灯、香ばしい肉の匂い、磨き抜かれた大理石の床。
扉をくぐると、公爵夫妻と二人の青年が待っていた。
「初めまして、私はルーティアの母、エレオノーラです。娘がお世話になっております」
「こちら長男のヴィルヘルム、そして次男のユリウス」
母は優雅に、兄たちは堂々と。
「ども、クロス・カイです。普段はアメ配ってるだけの数学教師です」
「アメ配る……? 妹よ、本当にこんな男でよいのか」
「ええ、最高よ!」
「そ、そうか……」
席につけば、すぐに和やかな宴が始まった。
「クロス殿、貴殿の授業はどれほど独特なのか、私にも教えていただきたい」
「お兄様達にまで? ほな……魔力の流れを、川に例えますわ。川幅が広ければ大河、狭ければ急流。石を置けば渦ができる」
「ほう……! 分かりやすい!」
「母上、僕たちの剣術訓練も、この理論応用できるんじゃないか?」
「なるほど! 兄上、それは実に面白い!」
「せやろ? つまり“魔法の戦いも方程式で解析できる”んや」
「クロス殿! いや、義兄上!」
「おいおい呼び方飛ばしすぎや!」
笑いと共に杯が進む。
エレオノーラ夫人も「この方なら、娘を任せても」と微笑んだ。
◆◇◆
――そのとき。
料亭の奥の襖の向こうから、どん、と荒々しい音が響いた。
店の者が青ざめて駆けてくる。
「お客様、申し訳ございません……! 実は、奥の間を……王都でも指名手配されている“大悪党一味”が占拠しておりまして……!」
ざわめく広間。
公爵が眉を吊り上げる。
「なんと……王都のど真ん中で、奴らが……!」
「はい、先程裏口から治安騎士団に連絡させたところですので…」
ルーティアはすでに立ち上がり、剣の柄に手をかけていた。
カイは大きく息を吐く。
「……まったく。せっかくのご馳走が台無しや」
次の瞬間、襖が乱暴に開かれた。
血走った目の大男たち、魔導を纏った女盗賊、そして背後で不敵に笑う頭領の影。
王都学舎の数学教師と、公爵家一家を相手に、歴戦の悪党どもが牙を剥いた。




