第18話『それぞれの想い、それぞれの立場』
王都・ロゼリア中央学舎。
その朝、カイ・クロスはいつも通りのテンションで教室に現れた。
「おはようさん。今日は全員にアメちゃん2個ずつな。昨日ようがんばったし」
だが、生徒たちの反応はどこかよそよそしい。
昨日の“事件”――魔導層で起きた一連の騒動は、瞬く間に王都中へ広まり、
すでに彼の存在は「ただの教師」ではなく、“異界から来た知の英雄”として扱われ始めていた。
◆◇◆
「……先生」
休み時間。教室の隅で、フィリア・エストレアが小さく声をかけてきた。
「先生は、やっぱり……戻るんですか?」
「戻る?」
「……地球、っていう、先生の世界に」
カイはふと、手の中の飴玉を見つめた。
(戻る、か……)
今までずっと考えないようにしていた。
戻る方法もわからないし、何より“戻ったところでどうなる”というのか。
「分からへん。ただな、ワイな……」
「ここに来てから、毎日が濃すぎて。大阪の電車よりよっぽど揺れてるで」
「……そう、ですか」
フィリアは、それ以上は何も言わなかった。
ただ、ポケットの中でギュッと何かを握りしめていた。
◆◇◆
その日の放課後。
ルーティア・フォン・ヴァレンシュタインは、
校舎の裏庭で一人、剣の素振りをしていた。
(あんなに守られて、あんなに助けられて、私はまだ何一つ返せてない)
(彼は“教師”で、私は“生徒”――)
「でも、私は……カイのことが、好きなのよ」
呟いたその瞬間、自分の頬が熱くなるのを感じた。
それを聞いていたのは、王子レオンだった。
「なら、素直に伝えればいい」
「ッ……レオン様……!」
「お前が“誰かを好きになる”なんて、考えたこともなかった。
でも……今のお前なら、きっとあいつの隣に立てるだろう」
「……本当に、そう思う?」
「……いや、思いたくない。
あいつにルーティアを取られるなんて、正直――腹が立つ」
ルーティアは一歩も引かなかった。
「でも、私はもう決めたの。
あなたのそばにいた“貴族令嬢”じゃなくて、
カイのそばにいたい“ただのルーティア”でいたいのよ」
レオンは静かに、優しい瞳で頷いた。
◆◇◆
その夜。
カイは宿舎の屋上で、夜風に吹かれながら座っていた。
空には満月が浮かび、遠く王都の灯りが瞬いている。
(戻るべきか、残るべきか――ちゃうな。
ワイはどこにおっても、“誰かの助けになれるんか”ってことや)
その時。
足音が一つ。
振り返ると、そこに立っていたのは――ルーティアだった。
「……カイ、話があるの」
彼女の瞳は、まっすぐだった。
いつもの尊大さも、ツンとした態度も、そこにはなかった。
「ワタシ……あなたと“契約”してたとき、本気で“遊んでる”って思ってた。
自分でも“恋”だなんて、そんなの、信じたくなかった」
「でも違ったの。私、本当に……あなたのことが、好き」
「ただの教師でも、ただの平民でも、ただの変な関西弁でも……」
「あなたじゃないとダメなの。
誰かを助けるために、本気で馬鹿みたいなことをして、
それでも笑ってる、あなたじゃないと――」
カイは、一拍だけ黙って彼女を見ていた。
そして、静かにポケットからアメちゃんを一つ取り出した。
「……これ、好きな味やろ?」
ルーティアは、受け取った飴玉を見つめて、ふっと微笑んだ。
「……ずるいわね。そういうところが、一番困るのよ」
「ほな、困らせた分だけ、そばにおってやる。……それでもええか?」
その言葉に、ルーティアの頬が赤く染まった。
そして彼女は、小さく頷いた。
◆◇◆
一方その頃――
旧図書棟の書架の隅。
誰にも見られぬように、一人の少女が、再び便箋に向き合っていた。
フィリア・エストレア。
(先生……あなたは、もう誰かの特別になってしまった)
(でも、私はまだ、あきらめない。
私は、私の想いを、ちゃんと伝えたい)
小さな文字で綴られたその手紙は、今度こそ、“渡すために”書かれたものだった。




