第16話『風の使者と揺れる忠誠、騎士たちの陰謀』
王都・セレフィア南門。
そこに現れた使者は、予想以上の“重圧”を纏っていた。
「エルストラ魔術師団、風律第七座――団長、ゼルダ=ラグ・ファリオン、参上した」
白銀の髪をなびかせたその青年は、気品と狂気を同居させたような男だった。
細身ながら異様に整った顔立ちに、どこか感情の読めない瞳。
背に負った六角の魔導器は、“風と空間の干渉”を司る最高術具――【嵐ノ竜骨】。
「本日は、ただの外交で来たわけではありません。
我がエルストラ王からの親書と、“あの男”の資質を見極める使命を預かっております」
周囲がざわつく。
“あの男”――
異世界から来た教師、クロス・カイ。
王都学舎では、その報せが即座に届いた。
「……まーた、ワイかいな」
カイは机に突っ伏しながら、教科書の挿絵を落書きしていた。
「国が変わると、こんなに執着されるもんなんか。数学教師に」
「数学教師“だから”よ」
そう言って教室に入ってきたのは、ルーティアだった。
「他国の魔術師団があなたに興味を示すのは当然。
だって、あなたが王国の“魔導体系”を覆す鍵を持ってるって、みんな分かってるから」
「せやけどなぁ……数学は武器ちゃうんやけどな……」
「でも、私は好きよ。あなたのそういうところ」
ふいに、真っ直ぐ見つめられてカイは目を逸らした。
「……照れるやないか」
◆◇◆
その夜。
ルーティアは護衛をつけて王城の晩餐会へ招かれていた。
名目は「エルストラ魔術師団との非公式懇談会」。
だがその実態は――“交渉材料としての貴族令嬢”の顔合わせだった。
「ヴァレンシュタイン公爵令嬢。お噂はかねがね」
ゼルダ=ファリオンが、にこやかに差し出した手には、剣の冷たさがあった。
「あなたには大いに興味がある。“カイ・クロス”との関係も含めて、ね」
ルーティアはその手を取ることなく、毅然と答えた。
「彼は私の教師です。それ以上でも以下でもありません」
「ふふ……そう。ならば、試させていただきましょう。
あなたの“忠誠”と、彼の“覚悟”とやらを」
深夜零時。
王都の地下魔導層。
ルーティアは――目を覚ますと、暗い部屋の中にいた。
(……なに? これは……)
腕には拘束魔導具。
周囲は完全な魔力遮断空間。
「……くっ……これは外交の名を借りた誘拐……!」
「ご名答」
暗闇から現れたのは、ゼルダの部下である風魔導士たち。
「“ただの平民”である男が、貴族令嬢に取り入る。
そんな前例は、我々には都合が悪いのです」
「クロス・カイは“知識の核”として確保する。あなたは――“交渉の人質”です」
(この……っ!)
ルーティアは必死に魔力を込めるが、術式が起動しない。
魔導封印術式《空律の檻》――
それは、魔力座標ごとに“魔法の発生そのもの”を制限する、カイですら目にしたことのない“高等拘束術”。
その情報は、翌朝、王都の学舎にもたらされた。
「ルーティアが……誘拐された?」
フィリアが蒼白になりながら叫んだ。
「誰が……どうして、そんな……!」
カイは黙って机を離れた。
ゆっくりと、ローブの中から小さな“折りたたまれたチョークの束”を取り出す。
その姿を見て、教室にいた全員の空気が変わる。
「どこへ行くんですか、先生……」
フィリアが震える声で訊いた。
カイは、黒板にひとつの円を描いて、振り返った。
「……教師が、生徒を見捨てるわけにはいかんやろ」
◆◇◆
その夜。
カイ・クロスは――
魔導省が封印魔法すら恐れる“空律の檻”を、ただのチョークと関数式で破壊しに行く。
知識と想いが、戦う力になるなら。
彼は、教師として、男として。
ついに――“戦う”覚悟を決めた。




